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船で逝く(征く)

2014.04.15 (Tue)
この間、親父の13回忌が終わったが、
当時の記憶がこれ以上薄れないうちに、亡くなった前後の状況を話しておくことにするよ。
親父は太平洋戦争に行ってて、それも非常に生還率の低かった南方の戦線。
ずいぶん嫌なことがあったらしく、親父の口から戦争の話を聞いたことはほとんどない。
戦後復員してきてからはずいぶん苦労して設計士の資格を取り、事務所を立ち上げ、
体育館を設計してこの地方では少しは有名になったが、60過ぎで引退した。
年金暮らしになってからは悠々自適の生活で、模型の製作を趣味にして過ごしていた。

模型と言ってもプラモデルじゃなく、
バルサ角材なんかで部品を自分で一から作って組み立てるもの。
建築用模型の制作や図面を引くのはお手のものだし、
長い時間をかけてかなり大きな、寺院や橋なんかを造ってた。
完成作はそのうち家に中に置くところがなくなり、庭の一角にプレハブの離れを建てて展示し、
電気を引いたり作業台やベッドを入れたりして、その中で過ごすことが多くなった。
模型作りの興がのってくると、離れに泊まり込んで徹夜ということもあった。

まあ家族にしてみれば、趣味を持つのはいいことだと思うものの、
もっと外出して、人中に出たほうがいいんじゃないかみたいな心配もあった。
ある朝、俺が少し早目に出勤しようと家を出たときに、ちょうど離れから親父が出てきた。
かなり憔悴した様子だったんで、徹夜明けだなと思った。
「父さん、なんかやつれてるよ。あんまり根を詰めると体に障るから・・・」
そんな感じで声をかけた。
すると親父は「昨日、夜中に戦友が訪ねてきた。船をつくらなくちゃいかん」
こんなことを言った。意味がわからず、少しボケてきたのかと不安になったんだ。

仕事から帰って離れを覗いてみると、親父が作業台に向かって船の設計図を引いていた。
「これ何だい?」と尋ねると、「戦争中に南方で乗った兵員輸送船だよ」という答え。
さすがに船の設計は専門外だと思って「難しいんじゃない?」と続けたら、
「商船を改造したもので資料がないからな。記憶を頼りに描いてる。
この船にはいろんなものが詰まってたんだよ」こんなふうに言った。
それと離れの中がなんだか磯臭いことに気がついた。そのことも話すと、
「だから戦友が訪ねてきたって言ったろ。お前も船に乗れって」

次の日から親父はその船の製作にかかりっきりになってしまった。
それまでは朝夕の食事の時間には居間にきてたんだが、まったく離れから出てこなくなった。
妻が心配して食事をトレイに載せて差し入れたりしたが、ほんの少ししか食べない。
連日徹夜が続いて、日中はずっと寝ているという昼夜逆転の生活になってしまった。
親父は太っているほうだったが、どんどん痩せていき、
心配していくら話しても「もうすぐこの船にのっていくからいいんだ」
とりつく島がない感じだった。その頃には船の外観はほとんど完成していて、
甲板を外して内部の細々したところをかなり正確に作っていた。

医師に相談したほうがいいかもしれないと家族に話すと、
「じいちゃん、夜中に大声で叫んでいるよ。2時ころに何回かかなり大きい声で」と、
息子が言いだした。
「受験勉強してて、窓を開けてるから聞こえるんだ。
毎日じゃなかったけど、このところ叫ぶ回数が多くなってる。
『わかったから、すぐにいくから』こんふうに怒鳴ってる。それで下の離れの窓を見ると、
電気がついてて、おおぜいの人間が離れの中にいるように見えたんだ。
真っ黒い影がせまい中にひしめいていて、じいちゃんが大声で怒鳴ってる。

真っ黒い影はありえないと思ったが、
これはやはり病院に行くように親父に勧めなくちゃならないと思った。
昼に起こしても不機嫌なだけだし、ちょうご明日は休みだから、
夜中に叫んでいるときに離れに行って話そうと考えたんだ。
その夜の2時過ぎ、玄関を出るとすぐ親父の叫び声が聞こえてきた。
「いくと言ったらいく。悪かったよ、お前たちといっしょでなくて。
だがもうすぐだ。これを見ろ、あと少しで完成する」
離れの窓を見て目を疑った。

息子の言っていたように、大勢の人間がひしめいているように見えたんだ。
離れの中は作業するためにかなり明るいはずなのに、その人たちは黒い影になっていて
しかも輪郭がなんだかギザギザしていた。
ボロ布をまとっているか、海藻でもまとわりつかせているみたいなんだ。
その人たちは親父が叫んでいるまわりで、ゆ~らゆらと揺れているように見えた。
怖かったが、離れまで走る間に人影はかき消えた。
入り口の鍵がかかってなかったので開けると、作業台に乗った1m以上の軍船を前に、
放心したように親父がベッドに座り、壁にもたれかかっていた。

プレハブの中は、前にもまして磯臭く、潮臭かった。床に大きな水たまりができていた。
「父さん、今のは?」と叫ぶと、親父は、
「戦友たちだ・・・全員名前を思い出した・・・みんな怒ってる・・・いかなくちゃならない」
とぎれとぎれにこう言った。
まさかと思ったが、何か得体のしれないものを見たのは確かだ。
混乱したが、親父の顔が真っ青なのを見て目的を思い出し、
ベッドの脇に座って病院にいく話をした。親父はそれを聞いて少し笑い、
「無駄だよ。もうすぐ船はできるんだ」作業台の軍船を指さしながらそう答えた。

翌日、夜のことを家族に話すと、息子がほら本当だったろという顔をした。
妻が、病院より霊能者みたいな人に相談したほうがよくはないか、
というようなことを言ったんで、それも考えたが、
さすがに霊能者に心あたりはなかった。そしてそうする必要もなかった。
2日後の火曜日の朝、離れを見にいくと親父は亡くなっていた。
ベッドにうつ伏せになり、両手は泳ぐようなポーズに広げ、両目を見開いて事切れていたんだ。
強い磯の臭い・・・船は塗装されて作業台に乗っていて、完成しているように見えた。
布団の下から親父の書いたメモが見つかった。
それには「私が死んだら、どこでもいいから船を海に浮かべてくれ」と書いてあった。

親父の火葬、葬儀が済んだ後に、船を車に積んで家族で近くの埠頭にいった。
桟橋まで出て船を水にそっと置くと、船は見事に浮き、
推進装置などついてはいないのに、南のほうを指してするすると進み始めた。
妻も息子も驚いてはいなかった。
なんとなくこういうことがあるんじゃないかという予感がしていたんだ。
船はゆっくりと数十mも沖に向かって進み、そこで何かに引っかかったように止まった。
そして一瞬で垂直に沈んだんだ。まるで海中から何かが引っぱり込んだみたいだった。
俺も家族も、自然に手を合わせていたよ。


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コメント
 この老人は、やましさや悔いのある生き残り方をしてしまったのでしょうか。そう考えると、これも悲しい話です。サバイバーズギルト系はいい話にもなりやすい類型の一つだと思いますが、中にはこんな例があってもおかしくはないなぁ、と。
| 2014.04.17 03:18 | 編集
コメントありがとうございます
ごくふざけたナンセンス話をのぞいて
基本的にハッピーエンドの話というのはないのではないかと思います
怪談は怪異そのものもそうですが
それを見る人の心も怖いところに入り込んでしまっている・・・
bigbossman | 2014.04.17 20:44 | 編集
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