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ズレる

2014.04.30 (Wed)
えー私は昔ビル管理の仕事をしていまして、
これはビルのガス・水道・電気から空調、ボイラー、自動ドアやエレベーター等、
ビル内のあらゆる設備のメンテナンスをするんです。
むろんメーカーでないとわからないことは多々あるんで、
専門的な修理や交換などはメーカーを呼びます。
まあビル内のことについて広く浅く知っておくのが役割なんです。
あるとき、3階建てビルの借り主の会社が倒産して出ていき、
新しい貸借先が見つかるまでの間に使節設備の点検をするという仕事が入りました。

とりあえず設備の現状を確認することになって、
若い部下を一人連れて写真を撮りに行ったんです。
まだデジタルカメラのない頃でした。
この後、清掃をして原状回復のための工事をする予定でした。
3階しかないので1日あれば足りるだろうと思い、部下が鍵束を持ち、
私が図面と取扱説明書の束をバックに入れて持ち、
写真撮影しながら地下から上に向かって上がっていったんです。
築25年ということでしたが設備の状態はよく、大掛かりな工事は必要なさそうでした。
3階を見終わって、あとは屋上ということになりました。

屋上へはコンクリの小階段からスチールドアでつながっていました。
ドアの前に畳一枚くらいのスペースがあり、
その右側のほうに段ボール箱が4つほど積み上げられて、ドアノブの前をふさいでいました。
「ああ、屋上は使ってなかったんだな」と思い、部下に段ボールを下すように言いました。
部下が上から私に手渡しする形です。
段ボールには3分の1ほど黄色く日焼けした書類が入ってて、
それほど重くはありませんでした。
3個を下に降ろしたとき、部下が「あれ、いちばん下の段ボールに何か書いてますよ」
そう言って、段ボールのその面を私に向けて見せたんです。

そこには、ほこりだらけの紙が貼ってあり、マジックの太字で、
「厳重注意!絶対にこの右端に立つな!ズレてる」と書かれてあったんです。
・・・まあ、気には留めませんでした。何か意味があるものとも思えなかったし。
部下が鍵束から鍵を探して、段ボールが積んであった右側に寄って鍵を開けようとしました。
そのとき急に「あうっ」と言ってしゃがみこんだんです。
頭をぶつけたようにも見えなかったんですが「おい、どした」と声をかけました。
部下はすぐに立ち上がり、「あ、すみません、何でもないです。
今ちょっと刺すように頭が痛くなって。でも直りましたから」と答えました。

「おい高血圧じゃないか。この前社内検診でひっかかってただろ。あんま酒飲むなよ」
などと言いながら、部下を下して箇所の写真を撮りました。
それからドアを開けさせてもう1枚。その後屋上を見て回りましたが、
鉄製フェンスや給水管にも大きな問題はありませんでした。
足跡もほとんどなく、鳥のフンの汚れが目立ったくらいです。
この後会社に戻り、少し事務仕事をして私も部下も退社しました。
・・・その夜です。この部下が自分のアパートの廊下から飛び降り自殺をしたんです。

4階から頭を下にして飛び降りたんで、遺体の状態はかなりヒドイものだったそうです。
これも後から聞いた話ですが、飛び降りたときにたまたま目撃者がいて、
部下は頭を抱えながら自分の部屋からものすごい勢いで飛び出してきて、
「痛てえよ、痛てえよ」と大声で叫びながら、
まったくためらいもせず手すりを乗り越えたということでした。
田舎から両親やその他の親戚が上京してきて、葬儀には社長を筆頭に私も出席しました。
「やはり血圧のせいなのか、そういえば前にも頭が痛いと言ってたな」
と気の毒に思いましたよ。

そのビルの写真はすぐに現像されてきて、一枚一枚整理しながら書類を作成していました。
今のようにパソコンに取り込めるわけではなく、すべて手作業で編集して印刷屋に出すんです。
中にあの屋上前のスペースの写真もあって、一目見たとき違和感を感じました。
写真の右上に斜めによぎる線が入ってて、その上下がかみ合ってないんです。
うまい例えが思いつかないんですが、地層がズレるように写ってるものがズレてるんです。
額縁のガラスがその端だけ斜めにヒビが入ってるという感じなんです。
・・・2枚目の写真も同じでした。
・・・ズレてるのは、スペースの右端の上。ちょうど部下の頭があったあたりでした。

『マザーグース』ルネ・マグリット



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