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泥川

2014.05.01 (Thu)
俺が中学生の時分の話だよ。
その頃の中学校はどこも荒れててね。
シンナーまでいかなくてもタバコ吸うやつはけっこういた。
そういうやつらはたいがい部活やってないからすぐに帰る。
その下校時間から1時間ばかり、生徒指導の教師が学校の回りを巡回するんだよ。
つかまえられると親呼ばれるし、それなりに気を遣ったもんだった。
溜り場はあちこちにあったけど、族とかが出入りするとこは怖くて近寄れなかったし、
だんだん行動範囲がせばめられてきた。まあ半端もんだったんだな俺らは。

ダチの一人が「いい場所を見つけた」って言ってきた。
学校の近くを川が流れてるんだが、その河川敷の土手に古びたベンチがあるって話だった。
「そんな広いとこじゃすぐに見つかるだろ」と答えると、
土手のその部分だけ外側にずれていて支流のドブがある。しかもそこへ行くには、
工場の高い塀と労働者アパートとのせまい小路しか道がないらしかった。
「そりゃいいかもしんねえな」
「まあ近くだし帰りにちょっと寄ってみるか」そう話はまとまったんだ。

工場街の印象は安っぽいトタンの空色と赤錆の色だった。
デカイ建物の並ぶ入りくんだ区画を抜け、俺と2人のダチは小路までたどりついた。
季節は夏前、ちようど今頃だったと思う。
アパートは薄汚い2階建てで、隣の工場の塀とあまり変わらない高さだった。
アパートの窓は小路に向いていたがみな閉まっていて、
住人はまだ働いてる時間帯のようだった。
幅1mほどの小路に踏み込むと、足のやり場がないほどゴミが散らばっていた。
窓から投げ捨てていんだろうと思った。

「ひでえ臭いがする」ダチの一人が言った。
ゴミの臭いも混ざっているが、酸とか金属とか、よくわからないが薬品臭がキツかった。
「しょうがねえだろ。工場から離れればマシになるかもしれん」
「もうここで、だれもわからねえだろ」
ダチの一人がバッグからタバコを出してオイルライターで火をつけた。
俺ともう一人もタバコをくわえ、そうすると臭いもいくらかましになった。
跳びはねるようにしてゴミを避けながら、かなり長い小路を通り抜けると土手へ出た。

3mばかり低いとこを、ほとんど水のないドブ川が流れて本流とつながってた。
ドブ川は白く塗った金属の手すりで囲まれていて、
その手前に朽ちかけた木のベンチが2つあった。
ここへ出て、臭いはかえってひどくなったような気がした。
「こりゃダメだ、こんなとこで落ち着けるはずがねえよ」
「だな、ダメダメだ。これ吸い終わったら帰ろうぜ」
ベンチには座らず、そこらをうろうろした。
一人がドブ川に吸い殻を投げ入れたとき、こっちを見て「あれ、なんだろ」と言った。

のぞき込んで見ると、昔の黒いゴミ袋が10個ばかり川の脇の泥土の部分に積み上げられていた。
一つが大きめのバッグくらいだった。
「ただのゴミだろ。アパートのやつらが捨てたんじゃないか」
「それにしちゃいやにきちんと積み上げられてるし、今なんか動いたような気がしたんだ」
「中のゴミがずれたんだろ」俺がそう言って、
足元からコンクリのかけらを拾って一番上の袋に叩きつけた。
すると空気で膨らんでいるという印象はなかったのに、ゴミ袋がボンとはじけ、
液状の泥が飛び散った。ますます臭いがキツくなった。

「中、泥じゃねえか」袋の中の泥が破れ目から流れ落ちてきたが、その中に白いものが見えた。
眼窩のようなのがついていた。「動物の頭蓋骨じゃね?」
その骨はドブまで滑り落ちるかに見えたが、グンと頭をもたげるように宙に浮き上がった。
泥の体に白い犬かなんかの頭を持った1mくらいの・・・生き物?!
泥の中に細長い白い骨が見え隠れしていた。頭蓋骨以外にも骨格が中に入っているようだった。
「なんだよあれ!」ダチの一人が叫ぶと、
その声が聞こえたようにそれは頭をもたげ、黒々とした眼窩でこっちを見上げた。
「・・・怪物じゃねえか」俺らは次々石を投げたが、当たっても体の泥にもぐり込むだけだった。

それは俺らに興味を失ったように後ろを向くと、積まれている袋の一つを食い破った。
泥が流れ落ち、中からまた同じのようなのが出てきた。
「あの袋全部あれが入ってるのか」「もう逃げようぜ」「吐きそうだ、この臭い」
俺らが逃げ腰になって小路のほうへ戻ろうとしたとき、
小路から男が出てきた。色が浅黒く、髪の毛も黒く縮れていた。
今から考えれば、南米人とかじゃなかったかと思う。
そいつは背が低かったが筋肉質で、片手にギラギラする包丁のようなのを持ってた。
「◯☓□□△!!」そいつが日本語ではない言葉で叫び、こちらを睨みつけた。

「ヤベ、逃げられないぞ」男はずんずんこっちに近づいてくる。
「川へ逃げろ」「あれがいるぞ」「包丁で切られるよりマシだろ」
俺はそう言ってドブ川の柵を乗り越えた。下を見ると、泥の怪物は4匹に増えていた。
そいつらから3mほど離れたコンクリの側面を、一気にかけ降りるとドブの中に足を入れた。
飛び越えられる幅じゃないからしかたがない。
ズック靴にぬちゃっとじつに嫌な感触がした。
そのまま泥を跳ね飛ばしながら向こうの護岸まで走った。ダチ2人も後に続いた。
4匹の泥の生き物が最後に降りてきたダチの足元まで近づいていたが、
タッチの差でコンクリに取りついた。

3人が土手の向こうに上がると一段高くなった本流の土手があり、そこを通る歩道が見えた。
泥の怪物はコンクリを登ってはこれないようだった。
ドブ川をはさんで、さっきの男が包丁を持った手をだらんと下げ、こちらを睨みつけていた。
「逃げようぜ!」ダチがそう言ったとき、
男が2本指をくわえて「ピイイイ」と口笛を吹いた。
身を寄せるように固まっていたドブ川の中のものが、一瞬にして崩れ落ちた。
いろんな形の骨が半ば泥の中に沈んで浮いたり、突き出たりしていた。

そこまで見て、あとは後ろを向いて全力で逃げた。
土手を息せき切って走ってるうちに、車が通る橋が見えてきた。
足を洗っても風呂に入っても、しばらく体から泥の臭いがとれなかった。
2日後ダチの一人が熱を出したが、このことと関係があるかはわからない。
1週間くらいで治った。
その区画にはずっと近寄らなかったが、10年後くらいに工場は閉鎖になり、
アパートも取り壊されたはずだ。
まあこんな話。


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