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無言ルーム2

2014.05.04 (Sun)
*この話は最初に『無言ルーム』を読んでいただければ意味がわかると思います。
関連記事 『無言ルーム』


大学で地政学の講師をしてたんですが、4月に契約更新できなかったんです。
新たな口はあちこちに声をかけてますけど、見つかるかどうか・・・、
運よく見つかったとしても、同じ大学に長くいないといつまでも臨時講師のままで、
年収も300万いかないくらいなんです。
論文書いて名を上げればいいんだろうけど、これもなかなか・・・ねえ。
何のために博士号まで取ったんだろうなって思って。
あっ、すいませんね、ここ愚痴を聞いてもらうとこじゃないですよね。
それで、1ヶ月ばかり前、市の図書館で調べ物をしてたんです。

昼時になったんで、外食しようと外に出たんです。
最近胃の調子が悪いんでソバでもと考えながら歩いてました。
そしたら後ろから声を掛けられました。
名前で呼ばれたんで、誰か知り合いかと思ってふり向くと、
スーツをビシッと着た柔和そうな老紳士でした。
「前に勤めておられた大学から紹介されてきました。
 事前に連絡できなくて申しわけありません。携帯がつながらなかったもので」
仕事の話ならいつでも歓迎なので、近くのホテルの喫茶店でうかがうことにしました。
紳士からは名刺をいただきましたが、
それには「ブリギッテ記念心理学研究所」とありました。

「これからお話するのはたいへん奇妙な内容ですから、信じらないかもしれません。
 ですが、謝礼は前金で今お支払いさせていただきますから」
こんな切り出しで始まった話は、紳士の言うとおり実に不可解なものでした。
「当研究所では夢についての研究を行っています。
 あなたにその被験者になっていただきたいのです。
 何も難しいことはありませんし、期間は今晩1夜だけです。
 法に触れるようなことは一切ありません。
 報告書は後で送っていただくことになりますが、アンケート程度のものです」
CDと封筒をテーブルの上に置きました。
「このCDを今晩寝る前に聞かれて、そのままお休みになってください。
 もしプレイヤーがなければお買いください。謝礼にはその分も含まれてますから」

「その晩に見た夢の内容をこの封筒の中の用紙に記入して、投函していただきたいんです。
 ああ、もし夢を見なかったらですか? おそらくそうはならないと思いますが、
 見なかったら見ないでかまいません。それでも謝礼は満分にお支払いします」
紳士はこう言って、分厚い別の封筒をバッグから取り出して目の前に置きました。
「40万入っています。どうか引き受けていただきたい」
貯金が心細くなっていましたので願ってもない話でしたが、やはり不可解です。
「どうして自分が被験者に選ばれたんでしょう?」と尋ねてみました。
「それは当然の疑問です。
 最近の博士号取得者はすべて当研究所のデータベースにありますが、
 今回の実験では、あなたのプロフィールが最もふさわしいと考えられるんです」
紳士はこう言うと封筒を手前に押し出しました。

少しためらいましたが、引き受けることに決めました。
紳士の言うとおりならCDを聞いて寝るだけなのだから、危険があるとも思えません。
自分はあまり普段夢を見るほうじゃないんですが、
見なかった場合でも謝礼はそのままというんだから、
こんなおいしい話を引き受けない手はない、そう思ってしまったんです。
承諾したと返答し、CDと報告書の封筒、謝礼の厚い封筒をバックパックに入れると、
紳士が握手を求めてきました。乾いた冷たい手のひらだったのを覚えてますよ
その日は、午後もずっと閉館まで図書館で過ごし、スーパーに寄って食材を買ってから、
自分の部屋に戻りました。
CDプレイヤーは古いものがあったんで、それで大丈夫だろうと思い購入しませんでした。

部屋では久しぶりにステーキの夕飯にしました。胃もたれするかとも思ったんですが、
謝礼をもらって気が大きくなっていました。あと、普段は焼酎を飲んでるんですが、
実験の禁止事項としてアルコールや他の薬品の摂取は禁じられていまして、
それが少し残念でした。
まだ自分には早い時間でしたが、11時過ぎにはCDをセットして布団に入りました。
CDを事前に聞くのも禁じられていましたので、そのときが始めてでした。
スイッチを入れるとしばらく間があり「シャーッ」という雑音が流れてきました。
音楽か何かだと思ってたので、これは意外でした。
どうやらどこかの場所の音を録音したもののようです。
「ザッザッ」という何かが歩きまわるような重い音。

・・・微かに動物の唸り声のようなのが混じってましたが、
何なのかははっきりとわかりません。
「ザッ、ズッ、ウォォン、ザザッ」こんな音が数分続いてるだけでした
急に「ダムン」とくぐもっているけれど強い音がし、
「ドザッ」と大きな思いものが倒れる音・・・「ザーッ」と強い雨が屋根に当たるような音、
不思議なことに、まったく眠気を感じてなかったのに、ここまで聞くと、
吸い込まれるように眠りに入ってしまったんです。
すぐに夢が始まりました。ああ、これは夢だなとわかったんです。
その中で、自分はどこかの企業の会議室のようなところの長机に座っていました。
寝るときに着ていたジャージのままです。

4人がけの長机が縦4列に並び、十数人の性別も年齢もバラバラな人が座っていました。
自分は最後列の長机の右端で、隣はガウンを着た上品そうなおばあさんでした。
その場の人はほとんど身じろぎもせず前の黒板を見つめていました。
部屋の前のドアが相手、スーツの人が入ってきました。
昼に会った老紳士よりずっと若い、自分と変わらない年代の男性に見えました。
男性は演台に手をついて「今回も参加いただけてありがたいです。
では、いつものように無言で過ごしていただきます。席も立ったりしないでください」
それだけを言うと、そそくさと出て行きました。
あとは・・・夢の中なのに、実際にその場にいるかのような退屈な時間が続くんです。
自分は最後列なのでよくわかるんですが、みなほとんど体を動かさず、
前を見たまま時間が過ぎるのを待っているようでした。

しばらくすると気持ちが悪くなってきました。
夕飯にステーキを食べたのが悪かったのかもしれません。しかしこれは夢の中です。
キリキリと胃が痛み出しました。絶対に目が覚める、それほどの痛みなのに、
自分はまだ夢の中にいるんです。脂汗が流れてきました。
隣のおばあさんが心配そうに自分を横目で見ているのがわかりました。
気持ちの悪さが頂点に達し、胃の中のものがこみ上げてきました。
自分は机につっ伏して吐いてしまったんです。
鮮血でした。吐血は1度だけでなく、自分は体を痙攣させながら何度も何度も吐いたんです。
ガタッと音がして、隣のおばあさんが立ち上がったようでした。自分の肩に手を置き、
「誰か、誰か来てください、私は元医師です。食道静脈瘤か出血性の胃潰瘍です。
 誰か病院に連絡してください。この人は死んでしまいます」こう叫びました。

このあたりからは意識が途切れがちで記憶があいまいですが、
部屋のドアが開いて白衣の人が数人入ってきたようでした。
自分を助けてくれるのかと思ったらそうではなく、叫んでいるおばあさんを抱きかかえ、
部屋の外に連れ出していきました。自分のほうは一顧だにしませんでした。
・・・目が覚めました。自分のベッドにいて窓の外が白んでいました。
ベッドのシーツには大量の血液が飛び散っていました。
夢の中と同じに吐いたものだと思いました。貧血のせいか体に力が入りません。
転がってベッドから落ち、携帯のあるところまで這っていて、
119番へ連絡しました。
そのままうつ伏せに倒れていると救急車の音が聞こえてきました。

出血性胃潰瘍との診断で緊急入院となり、その日のうちに内視鏡手術を受けました。
麻酔で眠らされ、気がつくとベッドの脇に田舎から出てきた母親がいました。
かなりの量の失血をしているということで、輸血を受けましたが、
入院は3週間くらいで済みました。
母親にアパートの部屋からタオル類と着替えをとってきてもらいましたが、
その際、老紳士から渡された報告書の封筒なども頼んだんです。
しかし母親の話では、40万の現金はむき出しのまま見つかったものの、
報告書も、CDもどこにもなかったということでした。
部屋に戻って探してもやはり見つからなかったんです。
・・・救急車で搬送されたとき、
隊員に鍵のある場所を話して戸締まりしてもらったはずなのに・・・

その後、なんとか回復し、治療費も40万まではいきませんでした。
あのおかしな夢は一度も見ていませんし、老紳士からの連絡もありません。
サイフに入れていたはずの研究所の名刺さえもなくなってしまってるし、
連絡のつけようもありません。
今考えると一連の出来事が、長い長いひと続きの夢のようです。
それにしても気になるのは、
夢の中で自分を助けようとしてくれたあの元医師というおばあさんのことです。
夢の中の登場人物の安否を心配するというの変な話なんですが・・・
とても嫌な、底寒い感じがするんですよ・・・


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