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忌み名

2014.05.17 (Sat)
小学生の頃のことなので、もう50年も前の話なんですが、
わりと最近それに関連しているかもしれないことがあったので、ここで話をさせてもらます。
えー、私らの住んでた町のある三叉路のところにちょっとした林があったんです。
中は田んぼ半分くらいの広さでしたね。今もあるはずですよ。
そこに自販機くらいの小さなお堂があったんですが、鳥居もなかったし、
どうやら正式な神社ではなかったみたいです。
かといってお地蔵さんとか仏教関係でもなくて、
もっと素朴で古いものなんじゃないかと思います。
教義などで体系づけられていない古代の信仰のようなものでしょうね。

地元の古くからある家の年寄り連中が月番で掃除やお供えをしたりしていました。
それでそのお堂なんですが、名前を呼ばれることは滅多になかったんです。
いつも「林の神さん」とか「三叉路の艮(こん)さん」などと呼ばれていました。
忌み言葉みたいになってるんですね。
ちょうどほらハリー・ポッターの映画で、
悪役のことを魔法使いたちが「例のあの人」と呼ぶあんな感じです。
当時まだ生きてたいうちのばあさんに、どうして名前を言わないのか聞いたことがありますよ。
そしたらちょっと困った顔をしていましたが、
「もし、間違えて名前を言ったらその人に祟りがあるかもしれないから」と、
これだけ教えてくれたんです。

でも、絶対に口にしないというわけでもなかったんです。
お堂の横に「艮地賓」と字が彫られた石の塔が立ってまして、
秋の年に一度のお祭のときは近くの諏訪神社の神主が祝詞を捧げるんですが、
その中に「こんじびん」という言葉が出てきました。
そのお祭りのときには近所の子供らも出ていました。
終わってから篝火で焼いた餅をもらえるんですよ。
おやつなんて芋とかの時代でしたからね、これはけっこう楽しみにしていました。
で、私が小学校6年のお祭りのときです。
終わって大人たちのほとんどが帰っても、近所の子供らが何人か残ってたんですよ。

餅も食い終わりまして、どこか別のとこに行ってもう少し遊ぼうかとなったとき、
その中の一人が石塔を見ながら、「こんじびん」ってつぶやいたんです。
するとそれを聞きつけた別の子が、
「あーそれ、名前を呼んじゃいけないってうちのじっさ(爺さん)が言ってたぜ」と、
なじりました。
そう言われた最初の子は嫌な顔をしましたが、
「んじゃあ、少し変えればいいんだろ」と言うと、
「こんびんじ、こびんじん、びんこじん、じんびんこ・・・」と、
語の順番を変えてわめきだしました。

すると、何回目かに名前を変えて言ったときに、
ヒュンと鋭く風をきる音が聞こえて「あいたあっ」その子が額を押さえて膝をつきました。
拝んでいるような格好で頭を押さえている指の間から、だらだらと真っ赤な血が溢れてきました。
その前の草の中に何か赤っぽいものが落ちてたんで、よく見ると、
真ん中の穴にヒモを通して結わえられた5cmばかりの硬貨の束のようなものでした。
それも当時使われていたお金ではなかったんです。
古銭というんですか、そういうものだったと思います。
血もついてたから、その子の顔にあたったものだろうと考え、
気味が悪いんでだれも拾わなかったんですね。

まだその界隈でお祭りの後始末をしていた年寄りに向かって、
「◯◯が怪我した」と叫ぶと、寄ってきて泣きわめく◯◯の手を引きはがすと、
手ぬぐいで止血をしてくれました。
それから別の年寄りにわけを聞かれたので、あったことを話すと、
「・・・ありゃあ、呆れた」そうとだけ言って、◯◯をどこかに連れていったんです。
そのときに落ちていた古銭も焚付の新聞でくるんで持っていってしまいました。
その場では怒られるということはなかったんですが、子供らはみな気まずくなって、
それぞれ家に帰ったんです。

晩飯を食ってからばあさんに納戸に呼ばれました。
いや、怒られたというより諭されたという感じでした。
「あの艮地賓さんというのは、元々は祟り神で、なんとか今のように封じられた。
 それができたのは、だれもが本当の名前を呼ばないようにしたことも効能があったからだ。
 艮地賓というのも響きは似ているけれども本当は漢字では書けない別の名なんだよ。
 少しだけ変えてある。だからみだりに名前を口にしちゃいけないんだ」こんな話をされました。
・・・◯◯は別に死んだなどということもなくて、しばらく額に包帯を巻いてはいましたが、
体育の授業も出てましたし、けっこう元気でしたよ。
私はといえば、しばらくは「こんじびん」というのが頭から離れずに困りました。

このことでこりたせいか、私の年代の子らは林のお堂には近づかなくなり、
それ以後のお祭りにも出ませんでした。
私は◯◯とは中高と同じ学校でして、
やつは高校を卒業してから東京に出て印刷会社に就職しましたが、
十数年後に独立して印刷会社を始めまして、一時はたいそうな羽ぶりでしたが、
3年前にそれらの事業をすべて売り払って、地元の自治体に全額寄付したんです。
それから別荘のあった山に一人で入っていって、行方しれずになりました。
今もって見つかっていないんです。
・・・あんまり怖くなくてすみませんね。こんな話です。

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