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起子の冬

2014.05.28 (Wed)
自分が中1のときの正月の話ですから、もう30年も前の話になります。
隣の家がその年の「起子」番になりました。
「起子」番の家は自分らの住んでる地域で、
古くからある20数件の家のどこかが1年交代で務めるしきたりなんです。
単純に回り番というわけでもなくて、
例えば子どもや若い男のいる家ではできないとか様々な条件があって、
それに適う家でとり行うんですね。
それと、まる1年間「起子」を祀るということにはなっていましたが、
実質は正月の間だけが大変で、それが過ぎてしまえば、
残りの期間はそれほど手のかかるお務めはないということでした。

元日の朝に櫃に入れられた「起子」が隣家にやってきました。
・・・これは自分が見たわけではありません。この年は12月の最後の週から、
自分は遠くにある親戚の家に預けられていましたので、すべては後で聞いた話です。
「起子」の櫃は厳重に縄で縛られ、軽トラックの荷台に載せられてくるんです。
昔は輿に載せて運んでいたということでしたが、いつか軽トラに変わったのだそうです。
・・・この地区では、滅多に「起子」のことは口にしないんです。
まるで恥ずかしいことでもあるかのように隠してるんですね。
もちろん他の地区で知らないということはありませんが。
それと、どうしても「起子」のことを口にしなくてはならない場合は、
できるだけ、たいしたことのない、何でもないつまらないことのようにして言うんです。

それでも隣家に「起子」が着いたときには、町会長やら地域の氏神の神主やら、
十数人の男たちがものものしくつき添ってきたのだそうです。
・・・その年の「起子」番の家になるための条件は、まず家に年ごろの若い男がいないこと。
それから若い女もいないことです。
男の場合は「起子」に魅入られてしまうから、女の場合は嫉妬されるからということでした。
ただ若い男女がいないという条件に当てはまる家がそうそうあるわけではないので、
その正月の期間だけ「起子」番の家の若者は、
他の家の世話になって暮らすということもあったそうです。
その年の隣家は、70過ぎのじいさんと町役場勤務の50代の長男夫婦、
嫁にいかなかった40代の娘さんだけでした。

自分は正月の第2週の終わりには親戚のところから家に帰ってきていました。
次の週の月曜から学校が始まるからです。
帰ってきたとき親父からかなりキツイ調子でこんなことを言われました。
「夜には部屋の窓から隣の家のほうを見るな。あっち側の窓のカーテンを閉めていろ。
 まだテストも先だろうし、12時前に寝ろ。隣から物音が聞こえてきても一切気にするな
 絶対にかかわりを持ってはいけない」
すぐに「起子」番のことだと思いました。
・・・こうは言われたものの、
好奇心の強い年頃だったので「起子」のことは気になっていました。
だから、その晩12時少し前に部屋の電気消し、
隣家のほうの窓を細目に開けてのぞいてみたんです。

冷たい風が吹き込んできました。
自分の家は高台の奥にあって大きな道路とは離れていましたので物音はほとんど聞こえません。
何もないのか・・・と少し失望して、窓を閉めようとしたとき、
かすかに女の人の歌う声が聞こえてきました。
言葉ははっきりは聞き取れなかったんですが、古い童謡のような、子守唄のようなメロデイでした。
それがしばらく続き、突然隣のじいさんらしい声で、「寝ろ!」という叫びが聞こえました。
自分が言われたのかと思いビクッとしましたが、そうではないようでした。
歌声はやみ、「ビシッ!」というムチで何かを叩くような音。か細い悲鳴のような声。
叩く音はそれからずっと、30分あまりも続いたでしょうか。
いつの間にか悲鳴は聞こえなくなっていました。
やがて12時をだいぶまわったあたりですべての音はやみ、自分は寝ました。

その翌日です。夜の10時過ぎに町会長さんが家を訪ねてきました。
隣の家に行って様子を見てきた帰りのようでした。
ここらは町内会といっても、
町会長は1年交代ではなくこの80過ぎの地区の長老がずっとやってたんです。
11時頃、夜食を探しに台所に降りたら、
酒を燗していた母親にうながされてあいさつに出たんです。
そしたら町会長さんと父親が、深刻そうな様子で話込んでいました。
よくはわかりませんでしたが、雰囲気では、
この年の「起子」番がうまくいっていないことについて話しているようでした。
自分は簡単にあいさつして部屋に戻りました。

12時少し前、町会長さんはまだ帰っていないようでしたが、
昨日と同じように部屋の窓を開けて隣の様子をうかがいました。
その日は雪は降っておらず、月が青かったのを覚えています。
童謡のような唄、叩く音とか細い悲鳴、すべてが昨夜と同じでしたが、
大きく「ああっ、おじいさん!」という悲鳴が聞こえました。
続いて「起子が逃げたぞ!」という叫び声。隣の長男の人の声だと思いました。
「ガッシヤン!!」隣の1階のベランダの窓が割れ、中から白いものが飛び出してきました。
それは積もった雪の上を獣のような動きで駆け上がり、自分の部屋の窓に近づいてきました。
驚いて窓とカーテンをいっしょに閉めましたが、
それとほぼ同時に一気に部屋の窓が割れ、白いものが飛び込んできました。

「起子」でした。「起子」は全裸で、電気を消した部屋の中でも肌が白いのがわかりました。
長い髪が腰のあたりまで伸びていて、顔は見えませんでした。
「起子」は自分の目の前に立ち「ハハッ」と笑いながら髪をかき上げました。
「起子」は両手を伸ばして自分を抱きとめようとしました。
甘い息が顔にかかり頭がくらくらとしました。
そのとき、階段を駆け上がる音がし、
「大丈夫か?」と言いながら親父が部屋に飛び込んできましたが、
こちらの様子を見て息を呑んだようでした。
「起子」は舌を伸ばし、自分の顔を舐め始めました。
蜘蛛の網にでもかかったように、自分は動くことができませんでした。

「これは・・・大変」という町会長さんの声がしました。
町会長さんは横から、赤い着物を両手に持って広げ「起子」の頭にかぶせようとしました。
「・・・ううう、じゃまをするな」
「起子」が吠えるように言い、首を曲げて町会長さんの肩に噛みつきました。
その拍子に自分は体が動くようになり、後ろにのけぞるようにしてベッドに倒れました。
町会長さんは「起子」に噛みつかれながら、
たじろぎもせず「起子」の頭から赤い着物を被せました。
部屋の電気がつきました。親父がスイッチを押したのだと思いました。
赤い着物をかぶった「起子」は強く頭を左右に振っていましたが、
へなへなと床に崩れました。

自分はベッドから起き上がり、「起子」を見て「あっ!」と声を上げました。
さっきまで生きた人間と思っていたのが、
両手を前に伸ばし、礼拝をするような形でうつ伏せになった女性の木像に変わっていたからです。
白木の背中の木目の上に、ムチで叩いたような跡が無数に走っていました。
小柄なワイシャツの肩に血をにじませた町会長さんが「ふーっ」と大きくため息をつきました。
・・・ここから書くことはあまりありません。
隣のじいさんは救急車が呼ばれましたが、心臓発作で病院に着く前に亡くなったのだそうです。
「起子」を叩いている最中のことだったそうです。
「起子」番はうちからずっと離れたところの家に代わり、「起子」の木像はそこに運ばれて、
地域の長老総出で何とか眠りにつかせたということでした。

・・・「起子」というのは、古い古い忌みなのだそうです。
20年ごとに木像を彫ると、そこに自然に命が宿る。
これを正月にムチで叩き、子守唄を歌って眠りにつかせるのが「起子」番の家の役割です。
無事に眠ってくれれば、1年の残りは簡単なお祀りをするだけでいいのだそうです。
もし眠らなかったら?・・・それはわかりません。
これまでそういうことはなかったということでしたから。
ここまで話しても、まだ「起子」が何なのかわからないと思います。
当時は自分が子どもだから教えてもらえないのかと思っていましたが、
どうやらそうではないようです。

ただ20年ごとに木像を作って、
それを毎年眠らせるということだけが地域に伝わってるようでした。
もし木像を作ったり、祀るのを止めてしまったらどうなるかって?
それもわかりません。
・・・この地域も高齢化のためにずいぶん人口が減ってしまい、
昔からの「起子」番の家も絶えてしまったり、他の地域に越して行ったところも多いのです。
あのとき自分を救ってくれた町会長さんも、とうの昔に亡くなっています。
木像を彫れる宮大工も一人しかいないとも聞きました。
もしかしたら、「起子」番を止める年がくるかもしれないのです。
そうしたら、何が起きるのかわかるかもしれませんね。
これで終わります。


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