血のトマス2

2014.06.17 (Tue)
私は都内で美術商をやっておりまして・・・自己紹介はこれだけしか言えませんね。
昨夜、この場で「血のトマス」という言葉が出てくる話をされた方がいると聞きまして、
やってきたんです。え、お見えになってない。
そうですか、それは残念です。まあ、せっかく来たんですから話はしていきますよ。
私自身も不可解に思っていることでして、事情が少しでもわかれば有難い。

2か月ほど前のことです。油絵のあるグループ展を見にいきました。
・・・私らは美術商ですので、転売専門のブローカーとは違うんです。
有望な新人を発掘して業界の隆盛のお手伝いをしたい。
儲けが二の次というわけではありませんがね。
だから、あちこちの個展や卒業制作展なんかをこまめに見て回っているんですよ。

そのグループ展は、同じ美術の専門学校を卒業したという4人が開いたものでしたが、
正直とるべき作品はないと思いました。
ところが、その4人以外の作品が一点だけあったんです。
その絵の題名が「血のトマス」でした。不気味な絵でねえ・・・キャンバスは60号。
広間のようなところに逆Y字型の柱が立っていて、
足を広げた人が縛りつけられてるんです。

男の体つきでした。全身にぼろ布をまとっているんですが、
ところどころ破れていて見える膚から血がにじんでいるんです。
そのまわりを10人ほどの人物がとり囲んでいるんですが、
それらの人はヨーロッパ中世風の衣装で、みな不気味な仮面をつけているんです。
仮面は一つ一つ違った意匠で、おそらくモデルがあるんだろうと思いました。

構図の全体は古典的なキリスト教徒の殉教図に似ていないこともありません。
それから柱に縛りつけられている人物も、
俯いているんですが仮面をつけているように見えました。
ただ・・・他の人物の人工的な仮面とはちょっと色合いが違ってたんです。
赤黒い、それは不気味な、不安を掻き立てるような色彩が出ていまして・・・
そこに才能を感じたわけです。正式な絵の題名は「血のトマスⅣ」でした。

気になったので、グループ展の同人の一人に、
その絵の作者について聞いてみたんです。
何でも・・・彼らがグループ展を開くと決まってから、
彼らの5年上の卒業生と名乗る人物から電話があり、
ぜひ一点でいいから一緒に絵を展示してほしい、という内容だったそうです。

卒業生名簿を調べてみると確かにその人物の名前があり、
しかも送られてきた絵は一種異様な迫力があったため、
実害はないどころか、むしろ宣伝効果があるだろうと考えて展示しているとのことでした。
彼らから連絡先を教えてもらいましたが、関東の有名保養地が住所でした。
電話をかけ、単刀直入に「絵を見て気に入った。他の作品も見せてほしい。
場合によっては購入と制作資金援助の契約をしてもよい」と話しました。

相手は了承し、日時を決めてこちらから会いにいくことになったんです。
その日、私が車で2時間ほどかかってたどり着いたのは、山間の別荘地でした。
その中でも、とりわけ壮麗な一軒を訪れると、
30代と思われる痩せて髪の縮れた男性が出てきました。

男性は「別荘の管理を仕事にしている。
暇な時間を使って地下室で制作に取り組んでいる」と、無愛想に話しました。
お茶一杯出ることもありませんでしたが、
芸術家にはそうした気質の人も珍しくはありません。
私は電話の用件をもう一度くり返し、さっそく絵を見せてもらうことになりました。

別荘内は何部屋あるかわからないほど広く、
その一角にあるキッチンの床下から、石の階段で地下室へと下りていきました。
食品貯蔵用の部屋ということでしたが、
中はコンクリ打ちっぱなしで10畳以上の広さがあり、
絵の具の溶き油の臭いが充満していました。

10枚ほどのキャンバスが画架に立てられており、完成作は5点ほどでした。
見せてもらって、はっきりと失望しました。どれも同じモチーフの作品だったんです。
みな「血のトマスⅣ」と同じ場面を、やや構図を変えて描いたもので、
画面に登場する人物の人数や、
トマスと思われる人物の大きさに多少の違いはあったものの、
印象はどれも同じでした。・・・このような例はけっこうあるんですよ。

ある一つのモチーフに取り憑かれたようになって、
同工異曲の作品ばかりを描いている人です。
本人にとっては細部の違いは重要なのでしょうけど、
まったく売り物であることが意識されておらず、これではどうしようもありません。
はっきりそう言おうかとも思ったんですが、見放してしまうには惜しい点もあったんです。

それで一枚だけ購入させてもらうことにしました。
そうやって関係だけは保っておこうと考えたんですね。
絵をもう一度よく見て、トマスが最も大きく描かれているものを購入したいと申し出ました。
やや高いところから見下ろした構図で、トマスの頭頂部の髪、
その下に分厚い赤黒いパンのように垂れ下がった顔面がのぞいていました。
「血のトマスⅡ」という題名でした。

私が◯十万の金額を言うと、男性はぱっと顔を輝かせ、
お金に困っていたのか、揉み手をせんばかりに卑屈な態度になったんです。
時期は4月でしたが、暖房を入れていない地下室はかなり気温が低く、
また男性の態度の急変も嫌らしく感じたので、早々においとますることにしました。

いつもワゴン車の荷室に載せている薄葉紙とエヤー梱包材で購入した絵をくるみ、
送ってきた男性に玄関先で別れを告げて、帰路につきました。
・・・ところがです。10分もしないうちに、
絵の細部を見るのに使った老眼鏡を忘れたことに気がつきました。
無意識のうちに今日あった出来事を反芻していて、思い出したんです。

面倒でしたが、引き返すことにしました。何度か曲がってその別荘に戻ると、
建物の横手・・・さきほど私が車をおいたところに、
黒のベンツの大型SUVが停まっていたんです。
運転席のウインドウにまで、違法のスモークが施されてありました。
来客だろうか、この手の車は別荘の管理元の不動産屋かもしれないなと考えながら、
庭を通ってドアの呼び鈴を鳴らしました。

ところが、いくら待ってもインターホンからの返事ありません。
ノブに手をかけて回すと鍵はかかっていないようでした。
少しだけ開け、中に頭を突っ込むと、
草刈機のようなキーンという音がかすかにしていました。
「すみませんーん、先ほどの◯◯でーす。□□さーん、おられますかー」と叫びました。

そのとき、広い玄関につながった廊下の奥のほうから、
「オーン、オオオオオーン」という雄牛の鳴き声のような声が響いきました。
いや・・・人の声ではなかったと思いますよ。
人間があんなに大きく、あんなに動物じみた声を出せるわけがありません。
鳴き声のようなのはそれ一度だけで、草刈機のような音も消えてしまいました。
その後はいくら呼びかけても静寂が続くだけでしたね。

しょうがないので、老眼鏡は後で電話をかけて送ってもらおうと思い、
都内の私のギャラリーに戻り、
そこのガラクタ倉庫に「血のトマスⅡ」を放り込んでおきました。
で、2日後です。ギャラリーに侵入者があったんですよ。これが不思議で、
警備保障会社と契約して赤外線センサーもつけてあるのに、まったく反応なし。
高価な作品も多数置いてあるのに、いっさいなくなった物はなかったんです。

じゃあどうして侵入者があったかわかったかというと、倉庫の鍵が壊されていたんですね。
まあここは、なくなっていいようなものしか入れてない物置なんですが、
中の物の配置が変わっていて、「血のトマス」の梱包が破られていました。
キャンバスはそのままでしたが、絵の面に何かの薬品がかけられて、
完全にダメになってしまっていました。

焼け焦げたようになっていたので、酸の一種ではないかと思いましたが、私にはわかりません。
それと・・・ほら、これを見てください。革製のマスクに見えますでしょう。
これが油紙に包まれて、キャンバスの脇に落ちていたんです。
皮革製品は専門外もいいとこですが、急いでなめした仕上げのように思えます。
素材は何なんでしょうねえ。

そして、このマスクの裏側のツヤのないほうに、
「警察には連絡するな」と書かれていました。・・・だから警察には連絡していません。
いやいや、脅しに屈したとかじゃあないんです。
私だって、長年この闇の深い業界を生き抜いてきたんですからね。
むしろ面白いです。裏に隠されたものがあるんでしょう。探ってやろうと思ってますよ。

ああ、あと「血のトマス」の作者の男性ですが、
老眼鏡のことで電話しても連絡がとれないんです。
携帯もそうだし、別荘の電話もどっちも「現在使われておりません」になってるんです。
まあもう一度訪問するつもりですから。
その後また、わかったことがありましたらこの場でお話したいと思います。
楽しみにしていてください。

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コメント
ううむ、事態が語り手を巻き込みつつ進展していますね。

・「血のトマス」とは何か?(ロクなものでははなさそう)
・画家氏はどうなったのか?(ロクな目にあっていなさそう)
・美術商氏はどうなるのか?(ロクなことにならなさそう)

悪い予感しかしませんねぇ…
| 2014.06.21 00:22 | 編集
コメントありがとうございます
これは実は悪魔と悪魔崇拝をイメージして書いたんですが
なんとなく日本ではなじみのない悪魔の使い方がわかってきた気がします
bigbossman | 2014.06.21 00:40 | 編集
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