施餓鬼会

2014.08.25 (Mon)
今年のお盆のことです。
実家のお寺で施餓鬼会というのがあったので行ってみたんです。
もちろん夫の実家のほうの墓参りを最初に済ませたんですが、
それとは日にちが違っていたので、
夫に無理を言ってこちらにまわってもらったんです。
なぜそんな気になったかというと、
地元に住んでいる高校のときの友人に電話でこんなふうに誘われたんです。
「今度の○○寺の施餓鬼会、おもしろいものが見られるかもしれないよ」って。
その友人は、昔から霊能力のようなものがあって、
一緒に行動していた私も、何度か不思議な目に遭ったことがあるんです。

実家のお寺はそれほど大きくはないものの、なかなか格式が高いという話で、
社殿の龍や鳳凰の彫刻などでも有名でした。
当日、駐車場に車を停め、夫とともに境内に入っていくと、
お線香のにおいがあたり一面に漂っていました。
お賽銭をあげて本堂に入ると、施餓鬼用の祭壇が築かれ、
その後ろにイスが十数個置かれて、空いている席は残り2列ほどしかありませんでした。
最後列に席をとり友人の姿を探したら、数列前に後ろ姿を見つけました。
近寄って背中をつつくと、「あら来たのね」と言って、
イスの背もたれの陰で一人のお坊さんのほうを指さしました。

「この間から言ってたのがあのお坊さん。
 きっと不思議なことが起きるからよく見てて。あなたもわりと力があるほうだから」
こんなことを言ったんです。
そのお坊さんはまだ30を過ぎたくらいの年齢で、目鼻立ちがくっきりとして、
頭の剃り跡も青々としていました。友人の話では、このお寺の三男坊で、
仏教大学を出てから他のお寺を継がせてもらうべく修行に入っていたのですが、
そちらで女性問題を引き起こし、いられなくなってここに戻ってきているということでした。
そういう事情を知って見るせいか、
7・8人来られているお坊さんの中でも遠慮がちな様子に見えました。
これはたんに若輩のせいなのかもしれませんが。

施餓鬼会というのは、文字どおり餓鬼道に墜ちた亡者を供養するためのもので、
餓鬼はつねに飢えています。目の前に食べるものがあっても、
手を出そうとするとそこから火が出たりして食べられないのです。
ところがお寺で、施餓鬼会として供養したものだけは食べることができるのです。
遠い昔、お釈迦様の弟子の方が、
餓鬼道に墜ちた自分の母親を供養したことが始まりと言われているそうです。
ご本尊の左側に供養壇がしつらえてあり、
五色の幡にそれぞれ如来の名前を書いたものが回りに懸けられてありました。
壇上には「三界万霊」と書いた大きな位牌が安置されて、
水とたくさんの食べ物がお供えされていました。

私も買ってきた果物籠をそこに起き、10分ほどして供養が始まりました。
多人数のお坊さんが並んで座って、一斉に読経する様は荘厳で、
それを聞いただけでも来たかいがあったな、と思いました。
しばらくすると、祭壇の下からなにか黒いものが這い出してきました。
ネズミにしては大きく動きものろいのに、誰も注意している様子がありません。
ぼんやりと黒い、小猿ほどの大きさのものでした。
それがあたりをきょろきょろ見回していると、
その後ろから、押しのけるようにして同じものがいくつもいくつも出てきたんです。
「これが餓鬼というものなんだろう」と思いました。
私には薄ぼんやりでしたが、きっと友人にははっきり見えているのでしょう。

それらのものは折り重なるようにして祭壇にのぼり、
お供えをむさぼり喰い始めました。
もちろんそのように見えるだけで、実際にお供えが減っているわけではありません。
「おおすごい、来てよかった」と思っていると、
私たちが座っている最後列に遅れてきてかけた人がいました。
見ると、髪をソバージュにした若い女の人でしたが、
その横顔が異様に白いのです。
もちろん白塗りにしているわけではなく、病気のような青白さだったんです。
目にも生気がなく、視線を宙にさまよわせていました。
気味が悪かったのですが、今度はその人から目が離せなくなりました。

お坊さんたちの読経が一つの山場に達したらしく、
ご住職が大きく鐘を打ち鳴らしました。
そのとき横の女の人が縦に口を開け、中から白い長いものが飛び出しました。
蛇、だと思いました。蛇は下に落ちて床の上を這い、
左端に座ってお経を唱えている若い三男坊のほうに向かいました。
三男坊はお経に夢中で、気がついている様子はありません。
蛇はちょろちょろと袈裟の膝元まで近寄っていきましたが、
祭壇の下から新たに出てきた餓鬼が、蛇を見つけて走り寄り、
ぱくっと一口で飲み込んでしまったのです。
白い顔の女の人はまた口を開け、今度は白蛇が一気に四匹、
下に落ちて三男坊のほうに向かいました。

蛇たちはするすると這って三男坊に向かいましたが、
さきほどの一匹目で気がついていた餓鬼のいくつかが祭壇から下り、
蛇の三匹までを素早い動きで食べてしまったのです。
でも残りの一匹が膝の下に入りました。
その瞬間、三男坊は「ウッ」という感じで顔をしかめ、体の横に肘をつきました。
しばらくそのまま体を支えていましたが、やがて目をむいてうつ伏せに倒れました。
それに気づいた近くのお坊さん2人が、脇を抱えて奥のほうに連れていきました。
横の女の人が立ち上がった気配がしました。
見ると「思い知ったか」と小声で吐き捨て、
そのままふり向きもせずに出ていってしまったんです。

残ったお坊さんたちで読経は続き、
やがて祭壇に群がっていた餓鬼たちは一匹、二匹と姿を消していき、
たがてすべて見えなくなってしまいました。こうして施餓鬼会は終わったんです。
散会してから、友人に見たモノについて話すと、
「餓鬼は見えるだろうとは思ってたけど、あの白い蛇が見えるなんてすごい。
 あの場にいたお坊さん方でも、見えた人は何人いたか・・・」
こんな風に言われました。
でも、私としてはこんなのが見える力があっても気味悪いだけだと思ったんです。
後日友人からメールが入りましたが、それには画像が添付されていて、
あの三男坊が亡くなったという地元新聞の死亡広告を写真に撮ったものでした。

それにしても、あれだけの僧侶の読経の中でこんなことが起きるなんて、
人の恨みというのは怖ろしいものだと思わせられました。
これで終わります。

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コメント
いやあ、実に興味深い!
施餓鬼をおこなっているお寺は、こういった餓鬼が食べ物や、それを買うことができる金品を常に欲しており、それをたぐりよせるために栄えると申します。
実際、お金持ちの寺が多いです。
台湾にはこれを積極的に活用する民間宗教が盛んで、家の外に食べ物をお供えして餓鬼を呼びつけ、ついでに金品を持ってこさせようとするのだとか。
makakaraten | 2014.08.26 09:08 | 編集
コメントありがとうございます
施餓鬼会はお盆のあたりに行われることが多いですが
これは仏教の盂蘭盆で、道教では中節にあたりますね
様々な東洋宗教の機縁が交わる時期なんでしょう
bigbossman | 2014.08.26 23:47 | 編集
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