山の怪 3題

2014.09.12 (Fri)
ぺらぺら

これは俺が子どもの頃じいさんに聞いたから、昭和初期あたりの話かな。
じいさんは猟師専業ってわけじゃなかったけど鉄砲を持ってて、
ときどき山で兎や雉を仕留めてきた。
自分ちで喰う場合もあったし、売って金に換える場合もあった。
その日もじいさんは山へ鉄砲を持って行った。
このときは春で、山菜採りが目的だったそうだ。
そしたら慣れた山道なのになぜか道に迷ってしまい、薄暮になった。
それでもなんとか道を見つけ、「やれやれ夜道になるな」と下っていったところ、
突然横手の薮から警笛が聞こえたそうだ。

仰天してそちらを見ると、
ムリムリと雑木を押し分けて蒸気機関車が出てこようとしていた。
これは絶対にあり得ない話で、まだかなりの山の高所で、
当然ながら線路も敷かれてない。
呆然としているうちに、蒸気機関車は煙を吐きながら眼前に迫ってきた。
体を草に投げ出すようにして避けたんだが、通っていく機関車を横から見ると、
ぺらっとした薄い正面があるだけで、横には車体も車輪もなかったんだそうだ。
「これは」と思い起き上がると、
機関車は谷の直前で向きを変えてまたじいさんに迫ってきた。

じいさんは腰を落とし、機関車の正面をねらって鉄砲を撃った。
「ポーッ」という警笛がまた鳴ったが、
最後のほうは「オーン」という獣の鳴き声に聞こえたそうだ。
はたして蒸気機関車の姿はかき消え、山道には額を撃ち抜かれた獣の死体が転がっていた。
それは、じいさんでも見たこともないほど大きな狸で、
口には重い当時の機関車のプレートを咥えていたんだそうだ。
あまりの大きさに持って帰ることはできず、
たたりがありそうで解体もできなかったと言ってたな。
そのままにして帰ったが、2日後に見に行ったときにはなくなっていたそうだ。

お釜

これもじいさんから聞いた話で、前のよりもっと若い頃のことではないかと思う。
ある日、山仲間といっしょに渓流を下っていたそうだ。
水源に近いところだから、流れは浅く速い。
じゃばじゃば水音を立てて歩いていると、
川の中程を緑色をしたお釜のようなものが流れてきたんだそうだ。
ただ、正確にはお釜ではなく、水の中に3本の器の足が見えた。
材質は金属、青銅じゃないかと思った。
蓋がついてて、中に空気が入っているので浮いているんだと思ったという。

じいさんより年配の山仲間が近寄って手で器を止め、
蓋をとって中を覗いたとたん「ほわーっ」というような声を上げた。
じいさんも近寄って中を見たが、乾いて錆が浮いた底が見えただけだったという。
「何を驚いてるんだ?」とじいさんが聞くと、
「これ見えねえのか。宮殿の中だ。天蓋のついた寝台があってきれいな女が寝ている。
 まわりで女官たちが衣笠でその女を扇いでいる」
じいさんは、連れの気が違ったんじゃないかと思ったそうだ。
「なに言ってんだ」と嗤ったところ、いきなり横っ面を張り飛ばされた。

気がついたら、じいさんは河原の石の上に寝かされていて、
連れの姿も、お釜のような器もどこにもなかったんだそうだ。
山を降りても仲間は家に戻っておらず、そのまま行方知れずになってしまった。
家族はかなり悲嘆に暮れて、じいさんもしばらく後味が悪かったという。
ずっと後年になって、中国と国交回復し、
この地方にも中国の博物館の移動展示が来たんだが、
その展示品の中に、川を流れてきた器とよく似たものがあったらしい。
「青銅有蓋鼎」という名だったそうだ。



これもじいさんから聞いた話。
じいさんが猪を追って長期間山に入っていたときのことだ。
猪はずいぶんな金になるんで、
稲の収穫後などに何日も泊まりがけで山に籠もることがあった。
そのときも初日の弁当だけ持って、あとの食い物は山の中で調達しながら大猪を追っていた。
ところがある崖の上にきたとき、急に全身の力が抜けて、
へたへたと地面に崩れ落ちてしまった。
これは「ひだる神に憑かれた」と自分らの地方ではいい、
「ひだる神」というのは山の中で餓死した人の霊とも考えられている。

まあ、今の言葉でいえばハンガーノックというやつだと思われる。
体内のエネルギーがきれて、全身に力が入らなくなった状態。
こういうことはじいさんも十分承知はしていたんだが、
そのときはあまりに急にきたんでどうにもできなかった。
崖の突端でうつ伏せに倒れ込んだまま、だんだん意識が遠のいてきた。
かすれていく視界の先に何か動くものがあった。
見ると、崖から張りだした木の枝に蜘蛛の巣がかかり、
一匹の白い蝶が捕らえられてもがいていた。
葉陰から獲物を覗う蜘蛛の姿がわずかに見えた。

死ぬ前に少しでも功徳を積もうとでも思ったんだろうか、
じいさんは握りしめていた鉄砲でもって、蝶を助けようとした。
力が入らない手を一杯に伸ばし鉄砲で網をひっかけると、蝶は網から外れたが、
じいさんの手から鉄砲が離れ、カランカランと音をたてて崖を落ちていったんだそうだ。
蝶はまるで礼でもいうかのように、
しばらくじいさんの顔の上を回って飛び去った。
何となく力が少し戻ったように感じられ、起きてみると立てたし歩けた。
ほうほうのていで里まで戻ったということだ。
その後じいさんは新しい鉄砲は買わず、猟はやめてしまったんだよ。

『青銅有蓋鼎』




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