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ワシコフの庭

2014.09.18 (Thu)
IT関係の企業に勤めています。よろしくお願いします。
この夏、2週間ほどバカンスをとりまして。ええ、ええ、うちの社は休みが長いんです。
仕事はヨーロッパと関連が深いですから、向こうに合わせて休みます。
でね、とある避暑地にある別荘に行ったんです。
・・・場所は言わなくてもいいんでしょう、察しはつかれると思います。
そこはバブル期にできた別荘地で、今はあまり使われてはいないんです。
持ち主が手放して不動産屋の管理に入った空き家ばっかり。
その一つを私が買い取りまして、かなり手を加えて改修したんです。
妻、10歳になる長男、愛犬のコリーのトムも連れて、
私がワゴンを運転して行きました。

12時前には着いて鍵を開けると、
管理会社の手が入っているとはいえやはり黴臭くなっており、
すべての窓を開け放って空気の入れ換えをしなくちゃなりませんでした。
その間に私は家の外を見回って修繕箇所を探し、妻はキッチンまわりの掃除、
息子はトムの小屋の清掃をしました。家の前庭に犬小屋をしつらえてあるんです。
なんとか過ごせるようになるまで半日かかりましたね。
・・・別荘の右手はちょっとした林があって、その下は崖になっています。
左側との境に塀と櫟の植え込みがあり、たいそう立派な石造りの洋館が建っています。
ここはロシア人のワシコフ氏という人が住んでいるんですが、つきあいはありません。

別荘ではなくて、やはりバブル後に手に入れた家に1年を通して住んでいるんです。
見かけたことは何度もありますよ。60年配の大柄な男性です。
言葉をかわしたことはないんですが、
自分で買い物などをしているようなので、日本語はできるんでしょう。
何の仕事をしているのかはわかりません。もう引退した人じゃないかと思ってました。
噂は聞いたことがありますね。ずいぶん若い日本人の奥さんをもらったものの、
数年前に病気で亡くされているということでした。
運転と大工仕事で疲れたので、早めの夕食にしました。庭でバーベキューです。
その後、書斎に使っている2階の部屋を片づけようと階段をのぼったとき、
廊下の窓からワシコフ氏の庭が見下ろせました。

時刻は7時少し前ぐらいで、まだ薄暮の状態でした。
櫟の木の枝の切れ目に、黒いスエットの上下を着たワシコフ氏の姿があり、
手に籠を持って大きな体でちょこまか動き回ってました。
櫟の陰の背の低いイチジクの木から実をもいでいたんです。
なんとなく興味をひかれて見ていました。
籠が一杯になると、ワシコフ氏は庭の隅のほうに向かって歩いていき、跪きました。
その奥に何があるかは葉陰になっていて見えませんでした。
籠を前に置き、手を組み合わせてお祈りをしているようでしたので、
墓でもあるのかと思ったんですが、屋敷内に墓というのも変です。
祭壇か何かかもしれないとも考えました。
ワシコフ氏は組み合わせていた手をほどき、右手を伸ばしスエットをまくり上げ・・・

ナイフか何かを出して、右の手首を切ったように思えたんです。
どっと血がこぼれました。薄暮の中で液体は黒い色になって見えました。
ぞっと背筋が冷たくなりました。跪いたまま、ワシコフ氏が真上に顔を上げました。
こちらの様子が見えたとは考えられませんでしたが、その場を離れて書斎に入りました。
胸がドキドキしていました。今のは自殺なのだろうか、警察に知らせるべきなのか・・・
でも、そうでなかった場合、大変失礼なことになってしまいます。
それで20分ほどしてからもう一度廊下に出て、さっきの場所を見ました。
すっかり暗くなっていましたが、かろうじて人が倒れたりしていないのはわかりました。
やはりさきほどのは見間違いなんだろうと思い、
書斎に戻ってネットの回線をつなぐなどの作業をしたんです。

翌朝、早く起きて散歩に出ると、大型のSUVが隣家の前の道に止まっていました。
ワシコフ氏が中から出てきましたので、ああ、やはり昨夜のは勘違いだったかと、
ほっとしかけたんですが、氏の右手首には厚く包帯が巻かれていたんです。
ワシコフ氏は車のバックドアを開け、そのときにふり向いて私と目が合いました。
無言で、顔には何の表情も浮かんでいませんでした。
私はあわてて小さく会釈をし、その場を離れたんです。
車の荷台に、大き目の帆布の袋がいくつも入っているのが見えました。
数日して、家族を連れて下の街に降りました。
そこは観光地になっていて、他所から来た客が土産物屋に溢れていました。
妻と息子が、ショッピングモールで買い物をすると言ったので、
人ごみが苦手な私は、モールの玄関で待ち合わせることにして散髪に出かけました。

床屋は、この別荘地に来る度にいつも寄っている古い店で、年配の主人とは知り合いです。
待ち時間もなく散髪が始まり、その間に話し好きの主人とあれこれこの街のことを話題にしました。
観光客は昔より少なくなったがうるさくなくていいとか、そういったことです。
その中で、奇妙な話を聞かされました。街の住人の飼い犬が盗まれているらしいんです。
つながれていた番犬が、朝になるとリードと首輪を残して姿が消えている。
しかし夜中に鳴き声や音を聞いた者はいない。
もう5・6匹は被害に遭っているだろうとのことでした。
つながれていたのなら野犬狩りではないし、高価な犬がねらわれているのかとも思いましたが、
すべて成犬なんだそうです。それなら新しい飼い主になつくとは思えませんし、不思議な話でした。
買い物をおえた家族と合流し別荘に戻ってみると、まさにさっき聞いたとおりに、
首輪を残してトムがいなくなっていました。

息子が泣いて騒ぎ立てたので、この地に住んでいない者がわずらわせるのも
申しわけないとは思ったんですが、警察に連絡しました。
警察が到着するまでの間、近所をうろうろしながらトムの姿を探しました。
隣家の前を通ったとき、塀が切れて生垣になったところからワシコフ氏が顔を出しました。
「どうしましたか」流ちょうな日本語で聞かれましたんで、ざっと事情を話しました。
すると氏は「それはお気の毒です、見つかるといいですね」と言いましたが、
それ以上話は続かなかったんで、礼をして家に戻ろうとしました。
ワシコフ氏が最後に「まだ・・・足りない」と言ったので、ふり返るとあらぬ方を向いていました。
独り言だと思いました。やがて警察が到着し、親切な対応でトムの特徴を聞いていきました。
そのときには、下の街で話題になっている犬の盗難の話も出たんです。
同じ犯人かもしれないが、はっきりしない・・・警官の口ぶりは慎重でしたね。

その夕刻です。ワシコフ氏の庭を2階の窓のカーテンに隠れてずっと見ていました。
・・・ここまでの話でおわかりだと思いますが、トムの件に関してワシコフ氏を疑っていたんです。
別荘に来た日と同じ時間帯にワシコフ氏が現れました。
ここからは見えない何かの前に跪き、祈りを捧げました。
それは20分以上も続き、暗さが増してきました。ワシコフ氏は立ち上がり、いったん姿が消え、
灯油缶を手にして戻ってきました。蓋を開けて両手で持ち、
傾げて中身を振りかける・・・そんな動作をしました。
やがて・・・ワシコフ氏の庭に霧が立ちこめてきたんです。
ワシコフ氏のまわりだけ、白く濃く発光したような霧が・・・それは渦巻きながら凝縮し、
ベールを被った人の姿のように変わっていったんです。
ワシコフ氏が叫んだのが厚いサッシ戸ごしに聞こえました。
私は怖ろしくなって部屋に戻たので、その後どうなったかはわかりません。

ここからは、皆さんご存じのとおりです。1週間後、地元の警察から、
別荘地の街の幼い女の子が行方不明になっているという発表がありました。報道協定をやめ、
公開捜査に切り替えたんですね。このときには私たち家族は東京に戻ってました。
情報があったのでしょう、警察はワシコフ氏の家を急襲しましたが、
中はもぬけの空で、庭の小屋からたくさんの犬と、行方不明の女の子の遺体が発見されたんです。
みな血を抜き取られたのが死因だったそうです。
トムもその中に入っていましたので、私も東京で事情聴取されました・・・
あと、これは報道されていないことですが、別荘地の知り合いから電話で聞いたんです。
ワシコフ氏の庭にはロシア十字架の立った墓?のようなものがあり、
その土は大きく掘られていて、中には何もなかったそうです。
ワシコフ氏の行方は今もって知れないのも、知ってのとおりです。


*敬愛する俳人、西東三鬼氏の作品から啓発されて書きましたが、
 話がうまく転がらなかった気がします。三鬼先生、もっと頑張ります。
 『 露人ワシコフ  叫びて石榴  打ち落す  西東三鬼 』

『ロシア十字』




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コメント
 生贄による死者蘇生ものは成就しない展開がほとんどですね。いや、成就しちゃったら問題なんですが・・・個人的には「成就しそうになる」くらいが好きです。おぞましいものが見られる可能性が高くなりますのでw
| 2014.09.23 11:12 | 編集
コメントありがとうございます
東洋では反魂香とか、人を魂を持った状態で復活させる話もありますが
キリスト教国では完全なタブーになってますね
ゾンビみたいな形でないと難しい
復活できたのはキリスト教のトップのあの方だけ・・・
bigbossman | 2014.09.23 23:17 | 編集
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