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日本四大怪談

2014.09.19 (Fri)
 今日は少し趣向を変えて、日本四大怪談について雑感でも書いてみます。
よく言われるのは「日本三大怪談」で、
普通は『四谷怪談』『番町皿屋敷』『牡丹灯籠』ですが、
自分は『累ヶ淵』が怖いし、興味深いと思っているので、これも入れさせて下さい。
この項は前に書いたものと少し重なります。

『四谷怪談』
 実話とされる元話がある、と言われています。実際にいくつか文献も残っているのですが、
内容は文献によって微妙に異なっています。
ここでは混乱をさけるため、
鶴屋南北の歌舞伎狂言『東海道四谷怪談』の筋を元にして話します。
これは日本で最も知られた怪談ではないでしょうか。
現代でも芝居や映画、小説などさまざまなジャンルで扱われ、
関係者はお祓いをうけないと祟りがあるなどとも言われます。
ただ、どうでしょう。怪談としてみた場合、二つの点から、
そんなに怖いのかなあという疑問が自分にはあります。

 一つは、前半部分は生きた人間の愛憎劇であるということです。
伊右衛門に嫌われたお岩は薬と偽って毒薬を飲まされ、髪が抜け顔が腫れて死にます。
お岩の心情を思いやるとなんとも気の毒なのですが、
このあたりはあくまで、生きた人間の犯罪劇としての怖さです。
二つ目、後半部分は、お岩の亡霊によって伊右衛門が苛まれ果ては狂い死にするという、
因果応報の劇となります。因果応報は仏教の言葉ですので、
必然的に勧善懲悪劇となります。悪が栄えるという結末にはできないのです。
そう考えたとき、戸板返しなどの芝居的な趣向を抜きにすれば、
怖いというより「伊右衛門ザマミロ」という感のほうが見ていて強いんですね。
悪い人間が自らの罪業によって滅び去るのですから。
江戸の観客も、お岩の亡霊に感情移入をして快哉を叫んだ部分があったのではないでしょうか。

『牡丹灯籠』
 明代の小説集『剪灯新話』に収録された小説、
『牡丹燈記』が元になって作られたと言われています。
他の怪談諸作が因果物であるのに対し、これは中国の説話が元になっているため、
仏教的な因果応報物ではありません。
お露にたまたま見初められた浪人、新三郎が一方的に害を受けるという話です。
ここに出てくる中では最も現代的というか、
ストーカー犯罪などに通じる部分があります。
まあ、お露側からみれば、焦がれ死んだほどの恋が成就したのに、
死人とわかって離れていった信三郎が憎いという理屈は成り立つのかもしれませんが、
やはり理不尽さはぬぐえません。

 例えばこれを、『耳なし芳一』と比較したらどうでしょう。
芳一も何の罪もないのに平氏一門の亡霊に目をつけられてしまうのですが、
とはいえ芳一は平家の滅亡劇である平曲を生業としていましたし、しかも上手い。
そこで因縁がついてしまっているわけです。
このような死女に一方的に見初められてしまう話は中国には多いのですが、
『牡丹灯籠』の場合は、印象的な赤い牡丹の灯籠、カランコロンという駒下駄の音
(この幽霊に足があるのも中国話のせいでしょうか)
御札はがしの場面など、
怪談として印象的な小道具がふんだんにちりばめられています。
坊さんではなく、むしろ『チャイニーズ・ゴーストストーリー』『霊幻道士』のような
中国の道士が出てきたほうが似合いそうです。

『番町皿屋敷』
 播州姫路が舞台の『播州皿屋敷』と、
江戸番町が舞台の『番町皿屋敷』があり混乱しています。
播州ーのほうはお家騒動が絡んだ複雑な筋で、『鍋島猫騒動』などもそうですが、
単にお家騒動を芝居とするのは武士の世では難しかったため、
わざと怪異を絡めて筋が作られているという意味合いがあるようです。
ここでは番町皿屋敷について述べます。
下女のお菊が家宝の皿を割ったため、主人の青山主膳に責められ井戸に身を投げる。
夜な夜なその亡霊が現れ、それが世に知れて主膳の家はおとりつぶしになるという、
典型的な因果応報物ではあります。

 ただ、現代から見ての感覚とは少し違う面もあります。
現在なら人権意識が浸透していますので、
「たかが皿ごときと人命ではしょせん重さが違う」
と考える人が多いでしょうし、もちろんそれがあたり前なのですが・・・
しかし時代背景を考えれば、身分の高い武士が使用人の小者を
手討ちもふくめて処罰する権限はありましたし、
また主家からの拝領の宝物(この場合は皿)などであれば、
紛失破損した場合は大きな処分を家の当主が受ける可能性もあったのです。
だから、当時の武士側からすればそれほど無理無体な話でもないのですが、
やはり人命より物が重いということ、武士と町人の身分差など、
本質的に隠しきれない時代の矛盾はにじみ出てしまい、
こういう怪異の形で現れているのだと思われます。 
(自分は、民衆に広まる怪異現象は時代矛盾の現れの一つという説をとっています)

『累ヶ淵』
 この話は最も典型的な因果応報物です。
百姓、与右衛門の後妻お杉の連れ子、助は足が悪く顔も醜かったので、
与右衛門は川に投げ落として殺してしまいます。
この無個性かつほとんどしゃべりもしない、か弱い子どもであった助が、
この後、腹違いの妹である累、その夫の谷五郎の5人の後妻、さらには6人目の後妻の娘、
菊にとり憑いてさんざんに祟りをなし、たくさん死人が出ます。
最後に当時の浄土宗の大立て者、江戸時代を代表する呪術師である祐天上人が現れ、
すべての因業を消滅させることになります。

 この話のポイントは、他とは違って、田舎の百姓家が舞台であること、
代々祟るのが、無個性に描かれた子どもという点です。
「累ヶ淵」は、茨城県常総市羽生町の法蔵寺裏手辺りの鬼怒川沿岸の地名ですが、
この手のことは、当時の農村ではどこにでもあったのではないでしょうか。
おそらく、間引きや口減らし、子売りなど、子どもに対して後ろめたい点の多々あった
当時の農村社会の闇を凝縮して、このような話ができたのだと思われます。
助、累の背後には、無辜にして死んでいった無数の子どもの霊が積み重なっているのでしょう。
そういう点が怖いなあと思います。

*今、累ヶ淵の風景画像を入れた瞬間にブラウザがクラッシュしました(マジです)
  怖いです。
*ブラウザは引用した画像を削除したら直りました。しかしこんなのにウイルスが・・・

『怪談 かさねが渕』





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