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桜並木

2014.09.20 (Sat)
長くなりますが、よろしくお願いします。
今年の2月の終わりのことです。地元の新聞に「伊沢川堤の桜が咲かない!?」
という記事が載りました。伊沢川堤は、私が通っていた中学校の近くにあり、
橋から橋までの400mほどの堤防の両側が桜並木で、
私たちの市では名所といえる場所です。川の側はコンクリートで護岸されており、
反対側にはテニスコートやバーベキュー広場があります。

私は中学校時代ソフトテニス部に所属しており、
ここの河川敷には毎日のように通ったものでした。
ただ春の桜の時期は花見の人が多いため、校内で練習しましたが。
読んでみると、桜は前年から蕾をつけており鳥や虫の害に遭っているわけでもない。
テングス病など樹木の病気の兆候もない。
それなのにこの時期になっても蕾に成長する様子が見られない、と書かれていました。

この冬から春先にかけての天候不順の影響かもしれず、
市の公園課では、樹木医に依頼して調査を開始する予定だ、と記事は結んでありました。
気にかかる内容でした。私は今、この市のデザイン専門学校で学んでおり、
この春は堤の様子をスケッチする計画を立てていたからです。
「明日は日曜だし、見に行ってみよう」と思いました。
もちろん、私が行ったところで何ができるわけでもないのですが。

翌日は好天で、コートの必要のない陽気でした。午前10時過ぎに自転車で出かけました。
堤防の土手に人通りはなく、中学校の後輩たちが、
少し離れた下のテニスコートで練習する声が聞こえていました。
桜の蕾は記事にあったとおり、なくなったりしているわけではありません。
素人目にはわかりませんでしたが、なんとなく小さく固く感じられました。
100mほど離れた川側の桜の木の根元に、しゃがみこんでいる人の姿がありました。
女の人のようでした。

近づいてみると、知っている方でした。西田先生です。西田先生は地元では有名な
女流の日本画家で、現在も新聞小説の挿絵などを描かれているんです。
もうお歳は70歳に近く、ずっと独身で過ごしておられています。
私の専門学校にも客員教授として日本画を教えにきてくださっていたため、
お顔を存じ上げていました。側らまでくると、
西田先生は立ち上がって、1本の桜の木の根元に花束を立てかけられました。
向こうを向いているので表情はわかりませんでしたが、
沈鬱な雰囲気が感じられ、お声をかけるのがためらわれました。

でも、一本道で知らないふりをするわけにもいかず、
「先生、おはようございます」と後ろから挨拶しました。
先生ははっとしたようにふり返り「あら、おはよう・・・ええと、あなたは?」
「○△専門学校の生徒です」
「ああ、そう」先生は微笑みましたが、どことなくぎこちない感じがしたんです。
先生の手には、もう一つ花束がありました。

「あなた、昨日の新聞を見てここへ来たの?」こう聞かれたので、「そうです」と答えました。
「ここの桜が好きなのね」
「はい、じつは春からスケッチを始めようかと思っていたところなんです。
 でも、新聞でああいう報道をされたので心配になって」
「そうね、心配よね。・・・新聞といえば、
 この土手が去年の秋にも記事になってたの知ってる?」

「・・・ああ、もしかして子どもが溺れて亡くなった事故のことですか」
「そう、その子どもが落ちた現場にもう一度お花を供えたいんだけど、
 歳で足下があぶなっかしくて、下に降りるのを手伝ってくれない」
「ええ、わかりました。体力には自信があります。
 ほらあそこのテニス部、中学校のときはあれに入ってたんです」
「まあそう、じゃあ心強いわね」
花束を置いた桜の木から少し離れた場所のコンクリの斜面を、
西田先生の手を引いてゆっくりと降りていきました。

川は水かさが少なく、護岸の下は泥がむき出しになっていました。
子どもが落ちた場所はすぐにわかりました。缶ジュースなどのお供えが残っていたからです。
そこまで行って、西田先生はそっと花束を置かれました。
「こんなに水が少ない場所で溺れたんですか」
「たまたま、その前の数日雨が降ってたの。運が悪かったとしか」
西田先生が手を合わせたので、私もそれにならいました。
しばらくして目を開けると、西田先生はまだお祈りされていました。

それからまた、私がお手伝いをして2人で斜面を登りました。
「ありがとう、来てはみたものの一人じゃ無理かもしれなかったね。
 歳はとるもんじゃないわ」」西田先生が息を弾ませながらおっしゃいました。
「あの、亡くなった子供は先生のご関係なんですか?」ぶしつけと思いましたが聞いてみました。
「ええ、面識はないけど、知ってました」屈託したところのない声でしたので、
ぶしつけついでに、もう一つ疑問を口にしたんです。

「さきほど、あの桜の木にも花を供えられていましたが・・・」
「それは新聞には出なかったけど、あの木のところでも人が亡くなってるの。
 川で溺れた子のおじいさん」
「どういうことですか」
「それが、事故はそのおじいさんが孫の男の子をつれてここに来ていたときに起きたの。
 おじいさんのほうには面識があるのよ。昔、同じ美術大学の先輩だった人。
 その人は事情があって美術の道には進まなかったけれど、ときどき絵は描いてたの。
 で、そときも孫と一緒にここでスケッチをしてた。
 それがきっと、描くのに夢中になってしまったのね。
 叫び声で気がつくと、孫の姿がなく、声のしたほうの川から水しぶきがあがっていた。
 さっきのあの斜面でしょう。降りるのにてまどっているうち、孫は沈んで流され・・・」

「・・・」
「引き上げられたときには子どもの意識はなく、2日後に病院で亡くなった。
 おじいさんのほうは責任を感じて、さらにその数日後あの木の枝で・・・」
ああ怖い、聞かなければよかったと思いました。
先生は「ここであなたに会ったのも何かの縁かもね。
 あなたには絶対に勉強になるから。もう少し手伝わない。今日の午後、何か予定がある?」
「いいえ、手伝わせてください」

「それからね、たぶんだけど、あなたが心配していたここの桜が咲かないこととも
 関係があるかもしれないから」
「どういうことですか」
「あなたも絵の勉強をしてる人だから言うけど、優れた絵はとても強い力を持ってるの。
 自然の営みさえとどめてしまうほどに」
私は自転車で来ていたんですが、駐輪場に置いたままにして、
タクシーで先生のアトリエに向かいました。
アトリエは2室続きで広く、さまざまな画材が整然と置かれていました。
「こっちよ」ついていくと、木机にかけられた白布を先生がめくられました。

ただのスケッチブックに描かれた水彩です。ですが、信じられない作品でした。
手前から奥へと遠近法が強調されて葉の落ちた桜並木が続き、
道を駆けていく男の子の姿が小さく描かれていました。画面の左に切れ切れに光る川。
「・・・すごいです」私は思わず声をもらしました。
「そうでしょう。子どもの絵の具で短時間で描いたのにね」
「この絵はどうされたんですか」
「内々の葬儀に顔を出させてもらって、そのときにお借りしてきたのよ。
 先輩が・・・おじいさんが亡くなったときに、木の下に置かれてあったんだって」

ここでまた、後から考えると余計な質問をしてしまいました。
「これだけの才能のある方が、どうして絵を続けなかったんでしょうか?」
先生はそれには答えず、小さな子ども用のパレットを取り出し、
赤と白の絵の具をとき始めました。
「絵に勝ち負けなんてないんだけど、負けられない。桜の木を救うためにもね」
こうおっしゃって、慎重に色をつくり、寒々した桜の枝に花の色をぽつぽつと置きだしました。

筆先が流れては止まり、色を微妙に変えてはまた流れ・・・
止まった時間の中を、先生の腕だけが動いている。
ただ私は、息をのんで見つめるばかりでした。
2時間ほどもたったでしょうか。先生は淡く色を置いていっただけなのに、
絵にはすっかり春の雰囲気が満ちていました。
川には手を加えなかったのに、鈍色の晩秋の川がまるで印象が違って見えたんです。
先生は大きくため息をつき、
「どう春らしくなった?冬に向かう気配は消えたかな」と聞かれました。

「ええ、ええ、すっかり春です」
「水彩を描いたのは何年ぶりかしら、でもまだ仕上げが残ってる」
先生は机の引き出しから封筒を出し、中から1枚の写真をひき出しました。
「恥ずかしいけど、私が大学のときのなの。
 最近の写真をご遺族からお借りすることもできたんでしょうけど、こっちがいいかと思って」
先生は少し照れたように笑いました。

満開の桜並木を走っていく男の子、
その向こうに小さく、先生はこちら向きの人物を描き上げました。2分もかかりません。
その人は両手を広げ、男の子を迎えて抱き上げようとするかのようでした。
「完成・・・」西田先生がおっしゃり、どっと倒れ込むように椅子に座り、
引き出しに写真をしまわれました。先生の大きなレンズの眼鏡の奥がキラリと光りました。
「・・・この絵、どうされるんですか」
「明日、堤防の土手に行って、これを見せようと思ってる。
 ああ、また川に降りなくちゃならないのね。あなた明日・・・」

「時間を空けます。お供させてください」
「ありがとう、たすかる。それが終わったら、絵を墓前に捧げて、
 ・・・これでうまいこと自然のしくみがまわってくれるといいんだけどね」
こうおっしゃって、ほほえまれたんです。
桜に関してはご存じのとおりです。
例年にない花の多さで、地元新聞もあきれた調子で書き立てていました。

これで話は終わりですが、最後に秘密というか、一言つけ加えさせてください。
亡くなったおじいさんの姿を描き込むときに西田先生が見ておられた写真。
手の中に入る小さなものでしたが、何度かちらっと見えたんです。
背の高い男の人が、ずっと小さな女の人の肩に手を回していて、
女の人は若い頃の西田先生だったんですよ。

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コメント
泣いちゃいました(ToT)

西田先生のお話、どれも好きです。
椿 | 2014.09.21 10:41 | 編集
コメントありがとうございます
西田先生は自分の話の中では珍しい善の側の人間なので
また出てくると思います
あと、実話怪談的な構成をわざと崩した話をいつも書いていると
ときどきちゃんと起承転結のある話が書きたくなるんです
bigbossman | 2014.09.21 22:30 | 編集
起承転結もですが、管理人さんがこういうロマンスを匂わせる話を書かれるのも珍しいですよね。西田先生への思い入れが伝わってきて、彼女のファンとしても嬉しい限りです。
| 2014.09.23 10:50 | 編集
コメントありがとうございます
べつにロマンスを書かないと決めているわけではないんですが
自分の話は全部が掌編なので
書いても人を感動させるようなのにはならないんじゃないかと・・・
西田先生はまた出てくると思います
bigbossman | 2014.09.23 23:14 | 編集
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