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夕刻 2題

2014.10.07 (Tue)
あいさつイナゴ

子ども時分のことだね。農薬の関係で、当時はいろんな生き物が田んぼにいたんだよ。
堰には小魚はもちろん1m近い大ナマズなんかも捕まえたことがある。
カエルやバッタなんかは言うまでもない。
ある秋ね、蝗が爆発的に増えたことがあったんだよ。
蝗害って一般的には言われてるがな。俺の記憶にある限りではその最後のやつだった。
ただね、蝗害ってのはふつうは遠くからくる蝗なんだ。
どういうわけかしらんが、群れの蝗の一匹一匹が集団で行動するのにふさわしい形になる。
体が大きくなって、色が黒くなる。足が短くなって、そのかわり羽が長くなるんだ。
つまり長距離を飛ぶのに適した体に群れ全体が変異してるってわけだな。
ところが、ここらでいう蝗害はそれとは少し違う。

あいさつ蝗って言うんだ。これはな、ここらに元々住んでた蝗が、
まとまって行動するようになるだけだ。だから田畑もほとんど荒らさない。
その時分、俺はまだ小学校の髙学年でね。
家が近くの、一つ年上の竹さんって子といっしょに帰ってた。
まだ稲刈り前の頃の夕方だったな。
田んぼの畦を歩いてると、空のほうでパチパチ音がしたんだ。
見上げると、一つかみの黒雲のようなものがあまり高くない空にあった。
竹さんがそれを見て「イナゴが来てるな」と言った。
数はそんなには多くなかったよ。テレビで見たアフリカなんかの本格的なやつとは違う。
おそらく数百匹程度のもんだったろう。
それが渦を巻くようにして頭上にあった。

足下に何かが落ちてきた。イナゴより大きいもんで、蝙蝠だとすぐにわかった。
どうやらイナゴの群れを食おうとしたのが逆にやられたようで、羽にあちこち穴があいてた。
「あいさつイナゴだ!」竹さんは「急ごうぜ」って俺をうながした。
「あいさつイナゴって何?」俺が聞くと、
「去年村で死んだ人の誰かがあの中にいて、村の稲が実ったあいさつに来るんだって
 じいちゃんから聞いた」「じゃあ稲に悪さはせんのか?」
「そうらしい。ただな、あのイナゴの中に、その死んだ人の顔をしたのが一匹いて、
 それが群れを率いてる。それを見るとよくないことがあるとも聞いたな」
「人の顔をしたイナゴか?小さい顔になってるんか?」
「そうらしい」これを聞いて、ゾーッと怖くなった。

それで俺が走り出すと、竹さんも続いた。
バラバラっと雨のような音がして、イナゴが降ってきた。
俺の頭や顔にもあたって下に落ちた。
「踏むなよ!親玉のイナゴかもしれん」竹さんが言った。
俺は跳びはねるような足取りになって、なんとか家まで帰り着いたんだよ。
でな、当時まだ生きていた俺のじいさんに「あいさつイナゴが来た」って言ったんだ。
じいさんはしぶい顔をして「本当に見たのか? なら、お寺さんに行って相談せねばならん」
俺から詳細を聞くと出てってしまったんだ。こっからは聞いた話だが、
旦那寺には村の主立ったものが次々に集まってきてて、
「あいさつイナゴ」が起きてることを確認し、対策をうつことに決めた。
対策ってもイナゴには何もしないんだ。

そうじゃなくて前年亡くなった人が埋葬されてる墓所を掘り起こして、
別の場所に埋めかえるんだ。なぜそういうことをするのかはわからん。
仏さんにその墓所の土が合ってなくて、
そこでたまたま生まれたイナゴが群れの親玉になるとも考えられてたらしい。
で、翌日、村人総出で前の年に亡くなった何人かの仏さんの埋めかえをした。
効果は覿面、村の田畑の上を飛び回ってた群れはその日のうちに散らばって、
どこにでもいるイナゴに戻ったんだよ。
俺らの村は、火葬の遅れた地域でね。その頃もまだ土葬だったんだよ。
このことと関係があるのは間違いないだろう。
村に火葬場ができたらぴたりと話を聞かなくなったからな。

股のぞき

これは股のぞきそのものが怖いわけじゃないんですよ。
わたしは浜で育ちましたが、そこには幽霊舟の言い伝えがあるんです。
ああ、あの外国映画でやるような大きいものじゃありません。
あれは海賊なんかの帆船でしょう。そうじゃなく、数人乗りの手漕ぎの小舟、
ボートではなく昔の和船です。それが夕暮れの海にいつの間にか浮いている。
中に何人か人が立ってるようだが、
それは黒い影になってて顔や服の様子はわからないんです。
これははっきり悪い物で、
たまたま出会ってしまった舟がその幽霊舟より小さいものだと、
船端をぶつけたり、何とかして沈めようとしてくるんだそうです。
だから、暗くなってから小さい舟で海に出ることは忌まれてたんです。

でね、この幽霊船を見分ける方法というのが股のぞきです。
よくね小さい子どもがやったりするでしょう。
身をかがめて、足を開いた自分の股の間から後ろをぞ覗く。
すると天地がひっくり返った状態になりますでしょう。
この形でその舟を覗くと、もし幽霊舟だった場合は見えないで消えてしまうんです。
まあ、魔を見破る、魔を除ける方法というのは昔からいろいろ伝わってますでしょう。
これもその一つなんですよ。え、出会ったことがあるかって?
ええ、ええ、ありますとも。
あれはわたしが高校生のときの話です。近くの市の水産高校に通ってましたが、
家は漁師でね、ろくに小遣いをもられなかったんです。
でね、ちょくちょく仲間とアワビやサザエをとる漁の真似事をしていました。

漁業権?ああ、それは問題はないです。
他所もんが密漁に来たんならえらい手荒なことになりますが、
わたしらの親は地元の漁師で、もちろん漁協の組合員ですから。
大目にみられてたっていうか、そもそもそこらでは沿岸の漁はあまりしないんです。
採ったアワビなんかは市の料亭に直接持っていくと、
高校生の小遣いとしては十分な金額を払ってもらえましたよ。
で、その日は昼過ぎに仲間と2人で小舟を出して沖の小島に向かったんですが、
いやとれることとれること。もちろんシュノーケルもなしの素潜りです。
箱に二つとってこれ以上だと自転車でも運べないだろうって量になったときは、
日が暮れかけてました。急いで戻ろうとしたんですが、潮も風も普通なのに、
なぜか急に、舟がいくら漕いでも進まなくなったんです。

飛び込んで舟の下を見ても、なにかからんでるのでも、渦の上にあるわけでなし。
二人して必死に漕いでると、沖のほうにこっちと同じくらいの小舟が見えました。
かなり離れてました。あの舟の大きさだと危ないほどの沖ですよ。
それだけ離れてれば怖いこともなし、おそらく冗談だったと思うんですが仲間が、
「あれ、幽霊舟かもしれんから股のぞきしてみんか」と言ったんです。
面白い、と思いましたね。これは魔除けだろうから、もしや舟が進むようになるかもって。
で、櫂を中に入れて、二人して沖に向かって股のぞきしました。
そしたら、足の間からその方角には何も見えなかったんですよ。
「ねえな」「見えねえ」そう言って二人で起き上がったら、
目の前の海に舟があったんです。船縁が接するすぐ近くにいて、人が2人乗ってました。

逆光ではっきりわからなかったですが、白い顔色で髭ぼうぼうでね、昔の着物を着て、
それはあちこち破れててぐっしょりと濡れてたんですよ。
そいつらは笑いながら「もう一度股のぞきやれ!」と命令口調で言い、
わたしらが答えようとしたら、かぶせるように「やらんと沈めるぞ」って怒鳴ったんです。
・・・でね、やりましたよ。生きた者であれ死んだ者であれ、やっぱり怖いじゃないですか。
足を広げて股を覗いたとたん、ぐらっと舟が揺れました。足で船端を蹴ったんだと思います。
わたしらは頭からでんぐり返りする格好で舟の中に転がったんです。
「わはははははは」と大笑いする声が聞こえて、立ち上がると幽霊舟の姿は消えてました。
舟も進むようになってたんで、もう必死で漕いで逃げ帰ったんです。
後で、高校の実習船に乗ったとき船長にこの話をしたら、
「ああそれは、股のぞきした向きが悪かったな」こう笑い飛ばされて終わりでした。
笑われてばっかりですが、そんな時代だったんです。

『蝗害』





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コメント
股のぞきの伝承は昔からありますね。
なぜあんなことするんだろ?
たしか宮地水位が異境備忘録のなかでも大真面目に述べていたような・・・・・
makakaraten | 2014.10.07 11:41 | 編集
 そういえば、とある漫画の冒頭にも、カラスに睨まれた凶兆を祓う手段が出ていましたね。股の間から小石を投げる、だったかな。イギリスの伝承か、作者の創作か、そこは分かりかねますが・・・
 この話の舟幽霊(?)は妙にコミカルというかフレンドリーで、管理人さんの描く怪異としては珍しい印象です。
| 2014.10.07 19:48 | 編集
コメントありがとうございます
この話は完全な創作ではなく、股のぞきで船幽霊を見破るという口承は
実際にある地方に伝わっています
股のぞきは一種の異界ののぞき口で、日常と視点を変えることで
見えるものがあるのではないでしょうか
bigbossman | 2014.10.07 21:55 | 編集
コメントありがとうございます
そうですね船幽霊に遭遇すると悲惨なことが多いですが
この人たちはラッキーでした
bigbossman | 2014.10.07 22:03 | 編集
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