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呼ぶ

2014.10.22 (Wed)
今年の4月、会社の転勤で引っ越したんです。
いや、わたしは転勤族じゃなくて、県をまたいで移動したのは今回がはじめてです。
会社のほうからも、5年はこちらにいることになるだろうと言われまして、
だから単身赴任じゃなく、家族ぐるみ一軒家から一軒家に引っ越したんです。
家族は妻と、中2の娘、小6の息子です。
子どもたちは当然転校しなければならなかったので、
うまく新しい学校に溶け込めるか心配していたんですが、
まずまず問題なくやってるようでした。
場所はちょっと勘弁してください。関東地方の県です。
古墳がたくさんある場所なんですよ。

古墳っていえば近畿地方を思い浮かべるかもしれませんが、
このあたりは5世紀頃と考えられている100m級の前方後円墳が、
郊外にいくつもあるんです。新居・・・といっても築20年ほどなんですが、
その古墳の山の一つから見下ろせる場所にありまして。
会社が借りているものですが、社宅というわけでもないんです。
わたしらが家賃を払うんですが、住宅手当の形でかなりの補助が出ています。
え、会社ですか?医療機器の販売です。ただし、わたしは営業ではなくて開発職。
こちらに新しくできた研究所勤務なんです。
でね、越してきて1ヶ月ほどたったころ、最初の異変がありました。
娘が夢遊病を起こしたんです。

子どもたちの部屋のある2階でドンドンという音がして、起き出した妻が、
パジャマ姿で和室の窓を開け、外に向かって懐中電灯を振っている娘を見つけたんです。
ドンドンというのは外からの風が吹き込んできて襖と障子が鳴る音でした。
「あんた何やってんの?」と聞いても娘は振り向きもしない。
部屋の電気をつけてみたら、目をきつく閉じたままだったということでした。
肩を強く揺さぶったら目を開けましたが、
自分がどうしてそこにいるのかがわからない様子だったんです。
夜中の2時過ぎです。懐中電灯は防災用品として、
袋に入れて2階に用意していた大型のやつでした。妻は仕事をしていませんので、
翌日学校を休ませて病院に連れていきました。

夢遊病というのは「睡眠時遊行症」というのが正式な病名らしいですね。
大学病院の医師の話では、非常用品袋を開けて物を取り出すなどの、
複雑な行動をする症例は珍しいんだそうです。
頭部のスキャンをしたんですが異常は見あたらず、
環境の変化によるストレスからきているものじゃないかということで、
とりあえず薬を処方され、しばらく様子を見ることになりました。
この病気は危険なことがあるそうですね。遊行している本人だけではなくて、回りもです。
患者を無理に起こしたところ、暴れて殺人事件になった事例があると聞きました。
娘を下に寝せようかとも考えたんですが、
それも環境の変化になってかえって悪いかもしれないそうで、
本人も今のままがいいと言ってたので、そのまま部屋におくことにしました。

心配しましたが、薬が効いたのかそれから数週間は何事もなかったです。
で、通院して薬をやめてみようかとなった晩です。
またドンドンという音が夜中にしました。
ここの家は2階からの音がよく響くんです。
それで、医師の話もあったので私が見にいきました。
娘が前回同様和室にいて、開いた窓の外に向かって手に持った火を大きく振っていました。
風が吹き込んできて、火が激しく燃え上がり、娘のパジャマに燃え移りそうでした。
あわてて背後ろから手首をつかみ、燃えている物を畳に落としました。
娘は手足を振り回して暴れましたが、すぐに気がついたようで大人しくなりました。
燃えている物を踏みつけ、わたしの着ていたガウンをかぶせたらなんとか火は消えました。
電気をつけてみたら、燃えたのは娘の数学の教科書で、半分ほどが黒く炭化してたんです。

窓を閉めようとして外を見ました。そしたら黒々としたシルエットになっている古墳の山、
その中腹に赤い光が見えました。かすかに左右に揺れているようでした。
こっちに向かって振っているようにも見えたんですが、ふっと消えました。
懐中電灯の丸い光ではなく、火を灯したものだったと思います。
娘は呆然として、何を聞いても満足に答えることができませんでした。
ただ、音楽を聴いた後11時頃に寝て、
気がついたらお父さんが怒鳴りながら火消していたと言うだけです。
もちろん翌日また病院です。今回はわたしが会社を休んで連れていきました。
主治医と相談をし、薬を継続するとともに私たちの寝室に寝かせることになったんです。
難しい年ごろですからね、嫌がってましたが勉強なども居間でやらせたんです。

それにしても不思議なのは、どうやって教科書に火をつけたのかということで、
わたしも妻も煙草を吸わないので、ライター類は家にはないんです。
仏壇にマッチやチャッカマンはしまってますが、さわった形跡は見られませんでした。
考えられるのは、いったんキッチンに来てガスレンジで火をつけたということですが、
寝ているのにそんな複雑な行動がとれるのは、医師の言うとおり不思議です。
それと睡眠時遊行の目的です。1回目も2回目も外に向かって合図のようなことをしていた。
でも、その方面には家も道もなく、ただ古墳の山があるばかりです。
それと、わたしが見たその古墳上の赤い火・・・娘の行動に呼応する何かがあるのでしょうか。
でね、次の日曜日に古墳に行ってみることにしたんです。
文化財に指定されてますから登れませんが、下から見ることはできます。

近畿地方の古墳は高い木に覆われてるものが多いようですが、
そこは草しか生えてなかったですから。
で、道路はないので歩いて古墳に行ってみました。そんなに高さがあるわけではないです。
草が短いのは明らかに誰かが刈っているせいなのがわかりました。
柵があるので中には入れないんですが、市で管理しているのでしょうか。
あの晩に火が見えたあたりは、少し斜面がくぼんでいるようにも見えました。
もしかしたら穴のようなのがあるのかもしれませんが、そこからははっきりしませんでした。
結局、何もわからず帰ってきたんです。
それからは1ヶ月ほど変わったことはありませんでした。

家族が平穏に戻っていった矢先のことです。夜中、大音響で音楽が聞こえました。
起きると娘の姿がありません。妻も起きてきたのでいっしょに2階に上がりました。
聞こえている音楽は、太鼓の音が強いリズムを刻んでいて、
その中にうめき声のような歌が入っていました。
和室は暗く。その中で音楽が大きく流れていて、
ラジカセが持ち込まれているのだと思いました。
障子を開けると、娘だけでなく弟もいっしょにいました。
2人とも上半身裸で、外に向かって身を乗り出し、今にも屋根に落ちていきそうでした。
わたしが娘に、妻が息子にしがみついて後ろに引き戻しました。
そのとき古墳のかなりの範囲に赤い光が広がっているのが見えました。

それに照らされて、前に見た中腹の穴のあたりで何かが蠢いているのがわかりました。
ミミズのようなものですが、200m以上離れている古墳です。
そのミミズは考えられない大きさだったんです。おそらく人の胴より太く、
長さは出ているところだけでも電信柱ほども・・・ミミズの先端に灯りがともっていました。
何というか・・・アンコウの提灯のようになってたんです。頭がくらくらしてきました。
そのとき妻が息子を離して起ち上がり、バシッと窓のサッシを閉めカーテンを引きました。
わたしは娘のズボンをつかんだまま、床のラジカセのスイッチを切りました。
その頃には2人とも正気に戻っていたようでした。
部屋の電気をつけ、それから、おそるおそるカーテンの隙間から外をうかがってみました。
赤い光はもうなく、闇が広がっているばかりでしたよ。

「さっき大きなミミズがいただろ。お前見たか」妻に聞いたら、首を強く振り、
「たくさんの人が列を作っていた。松明を持って昔の服装をしてた」こう答えたんです。
後でわかったことですが、そのとき流れていた音楽は、娘が学校の帰り、
宗教団体のような人たちが街頭で配っていたCDを断り切れずもらってしまったものだそうで、
試しにかけてみたら気に入って、ずっとヘッドホンで聴いていたということでした。
CDのラベルもジャケットもただの白い紙で、どこにも何も書かれてませんでした。
しかも会社に持って行って再生してみたら、雑音しか入ってなかったんです。
この翌日に家を出てホテルに泊まり、そのまま会社と交渉して引っ越しましたよ。
今は誰も住んでないようですが、もう戻る気はありません。






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