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燐光

2014.10.25 (Sat)
経営コンサルタント会社勤務です。つい1週間前の話です。
もうみなさんおわかりかと思います。あの事件の当事者だったんです。
警察にマスコミに、ほとほと疲れ果てましたが、
ここでは事情を説明してくださる方もおられるだろうという勧めがあって
やってきたんです。よろしくお願いします。

会社に新しくテーマパークを開きたいって依頼があったんですね。
これはけっこう珍しいことなんですよ。
今はテーマパークの新規開業なんてほとんどないし、
仕事は廃れてきたパークの再生ばっかりでしたから。
石炭廃鉱山跡を利用した坑道体験施設を考えているということでしたが、
・・・会社から聞いた話は、これは無理だろうとしか思えないものでした。
まずアクセスが悪い。最寄りの空港からバスで2時間以上かかるんです。

それと冬期間の豪雪ですね。この2つだけでも、
採算がとれるようにするのは無理だろうという気がしました。
アゴアシはすべてクライアント持ちですし、
プランを説明して、無理ならあきらめるということだったので、
おそらくそういう方向になるだろうと腹づもりして、
若い部下を一人連れて飛行機に乗ったんです。

向こうの空港に着いたのが2時過ぎ。ミニバンで迎えが来ていました。
依頼主はそこいらの不動産会社の社長で、鉱山跡のある土地を二束三文で入手し、
昭和初期に造られた設備や坑道がそっくり残っていたので、
有効利用できないか考えているということでした。
迎えに来ていたのは2人。社長は60年配でしたが、
田舎のダンディーとでも言えばいいか、首に紫のネッカチーフを巻いていました。
あと一人は40代の役場の係長のような男性。お付きなんだと思いました。

詳しい話は明日するということで、2時間以上かかって山間の温泉宿に案内されました。
木造の鄙びたいい宿でしたが、人集めの一助になるほどのものとも思えませんでした。
勧められて一風呂浴び、その後宴会という段取りのようでしたが、社長に、
「まだ少し時間が早いので、鉱山跡を見てみませんか?」と誘われたんです。
聞いていた場所は、その宿からかなり距離があると思ってましたが、
どうやら坑道の一本が近くまで延びているということでした。

正直断りたかったんですが、そうもいきませんし、
ちょっと見るだけだと思ったので了承しました。
車で5分で、木づくりの作業小屋のようなところに案内され、
その中に小さな坑口があったんです。人がやっと立って歩ける高さで幅は2mほど。
坑道の中は真っ暗でした。「これ、照明はあるんですか」
「一番坑から採鉱場までは照明は引いてあるけど、ここにはない。
 けど、それほど暗くはないよ。この地方の名物があるんだ。
 それもね、客寄せにならないか考えてる」

「何ですか?」「まあ、行って見てもらおうか」
社長はそう言って、懐中電灯で坑口を照らすと、
黄色の鉄パイプで組まれたトロッコがあったんです。
「これはディーゼルエンジンがついてるし、万一のときは人力にも切り替えられる。
 それと強力な投光器もつけてある。往復で20分ほどだよ」

社長がそう言って前の席に乗り込みましたので、
自分と部下は後ろのベンチシートに座りました。社長はお付きをアゴで指して、
「万が一のことがあったときに連絡できるよう、コレは待たせておく」
「しゅっぱーつ」社長は陽気な声で叫び、トロッコのエンジンをかけて発進しました。
スピードは時速20kmも出てなかったでしょう。
投光器の光で近くの前方はまぶしいくらいだったんですが、
坑の先まではさすがに見通せません。

左右は木組みの壁からむき出しの岩盤に変わりました。
ところどころ天井部分が低くなっているところがありましたが、
頭をかがめるほどではないし、スピードが遅いので危険な感じはありませんでした。
「どうしてこんなところを買われたんですか」
「いやね、一番の理由は安かったからだよ。投げ売りしていたからね。
 それと、実はわたしの祖父がこの鉱山で働いていたんだ。その縁もあってね」
「そうですか。お祖父さまから、
 ここが現役で石炭を出してた頃の話なども聞かれました?」

「私が産まれる前に、祖父は落盤事故で亡くなったんだよ」
「・・・それはお気の毒でした」「ちょうど60年前の今日だった。
 即死じゃなく、仲間数人と閉じ込められて、1週間ほどは生きていたらしいよ」
ちょっと気まずくなったので話題を変えました。
「先ほど、この地の名物とおっしゃっていましたが、どのようなものですか」
「もうすぐ見ることができる。ちょっとたいしたものだから」

やがてトロッコに乗ってから10分ほどたったあたりで、
投光器に照らされて、前方が開けているのが見えてきました。
投光器の白色光とは違った、やや紫がかった緑の光が見えてきます。
「ネオンでもあるんですか?」
「光苔だ」「こうたい・・・ですか」「そう。ヒカリゴケとも言うね」
「ああ、なんか聞いたことがあります。
でもこれって確か天然記念物じゃなかったですか」部下が言いました。

「そうそう、よく知ってるね。日本の一般種のヒカリゴケはほぼすべてそうだけれど、
 ここのは少し違うんだ」「どんなふうにですか?」
「一般種のヒカリゴケは自発光はできない。体内に持っているレンズ状細胞というもので、
 わずかな外光を反射してるだけなんだが、ここのは違うらしい」
「光を発してるんですか!それってスゴイことじゃ」

「うん、大学の先生に研究してもらっているが、世界にもそういうのはないらしい。
 だからね、もしここの坑道をテーマパーク化できるものなら、
 その開業と同時にコケのほうの発表もしようと考えてるんだ」
「・・・・」ちょっと話が違ってきたと思いました。
廃鉱のテーマパークは他所にもいくつかありますが、
貴重な自然物と一緒なら、これはもしかしたらものになるかもしれないと考えたんです。

トロッコは広々とした地下の空洞に走り込んで止まりました。高さが10m以上、
さしわたしは40mほどもあったでしょうか。奥の側に2本坑道が分かれて続いており、
その中間部分に崩れたように石が積み上げられていました。
そして岩盤のあちこちが、神秘的な緑色に光っていたんです。
トロッコから岩盤に降り立ちました。
「祖父はこの石場で死んだんだよ」社長が暗い声でつぶやきました。
「こんな地上に近いところで・・・」

「うん、残念だったろうね。閉じ込められても空気孔と水はあったらしい。
 死因は餓死だったと聞いている。戦時中だったんでろくな救助活動もなかったんだろうね」
部下が岩壁のヒカリゴケに近寄り、
「これ素晴らしいですよ。人気が出るんじゃないかな」と声を上げ、
「大声出すな。それから、さわるなよ」自分がたしなめました。

「いやいや、ヒカリゴケは鉱山の照明をひいていない部分のほとんどに繁殖してる」
社長はそう言って、石が積み重なった部分に向かって歩いていきました。
ちょうど投光器の光があたっている部分に、身長3mほどの観音像がありました。
その後頭部の後ろ側、光背と言うんですか。あれが特に強くコケの緑に光っていました。
おそらくその部分に、はがしたコケを集めてあるんだと思いました。
「この観音様ね、わたしが造ったんだ。祖父の鎮魂のために」
よく見ると、仏像の顔には実際に生きた人の面影が残っていました。

「お祖父様に似せて造られたんですね」
「そうだ。今日が命日だから、お供えをしないと」
社長が静かにそう言って仏像に手を伸ばすと、足下の感触が消えました。
突如として大穴が出現したんです。「うわーっ」と部下の叫び声が聞こえ、
自分は宙に浮きながらも目の前の社長の足にしがみついたんです。

「こら、離しなさい」社長が大声を上げながら後ろに下がりました。
必死で穴の縁に片足をかけ、岩盤に転がるように身を投げ出しました。
部下は10mも下に落ち、そこは一面のヒカリゴケで埋め尽くされていたんです。
ピクリとも動かず、首が異様な角度に曲がっていました。
社長が仏像の背後に走り込み、サイレンが鳴り出しました。
頭上で黄色い光が点滅し始めました。カッと頭に血が上り社長を追いかけましたが、
社長は仏像の後ろにあったドアに逃げ込むところでした。

首筋に手をかけたと思いましたが、ネッカチーフを引き毟っただけで逃げられ、
そのとき社長の首筋が緑の燐光を発しているのを見ました。
あっけにとられている間に、社長は中に走り込んでドアを閉められてしまったんです。
どうやっても開きませんでした。サイレンは止んだんですが、
奥の坑道のほうから誰かが走るような音が聞こえてきました。

トロッコまで戻りました。エンジンはかかったままで、
勘に頼ってギアを操作すると、バックに入ったらしく逆方向に進み始めました。
どうやら双方向に走ることのできる構造のようでした。
後ろから声が聞こえ、遠くに懐中電灯の光が見えました。
トロッコのスピードは人が走るより速いのですが、乗っていた10分ほどの時間が
永遠のように感じられました。
坑口らしき光が見えてきたところでトロッコを飛び下り走ったんです。
叫び声を上げながら小屋の中に出て、そこにいたお付きの男を殴り倒しました。

外は月明かりがあり、とにかく走り続けて旅館を過ぎ国道まで出ました。
体はもうボロボロでしたよ。
幸い、携帯と財布は持ってましたので、しばらく国道脇を歩いてからバス停を見つけ、
警察に連絡したんです。バックに暴力団とかがついていなかったのが幸いでした。
あとは皆さんもニュースでご存じのとおりですよ。



この話は武田泰淳の戯曲『ひかりごけ』から発想を得ました。

『ヒカリゴケ(本物)』





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コメント
 悲しいような、薄気味悪いような、滑稽なような、不思議な話ですね。
 仏像のくだりが妙に懐かしく感じるのは、少年探偵団ものに出てきそうなロケーションとギミックだからでしょうか。思えば、乱歩の児童書も一種のホラー原体験だったなあ・・・
| 2014.10.27 22:13 | 編集
コメントありがとうございます
これは最初けっこうシリアスな雰囲気を想定して書いてたんですが
すぐにそれだと長くなってしまうことに気がついて
途中で修正したので、書き割りを並べたような感じになってしまいました
bigbossman | 2014.10.27 22:32 | 編集
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