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ノスタルジックな淵

2014.11.13 (Thu)
私が子どもの頃の話ですよ。もう50年以上前の夏休みのことです。
当時は、今のように学校からあれこれ禁止事項が言いわたされるなどということもなく、
子供らは野山でさまざまな遊びをしておりました。
今のようなアニメ、ゲームなどはもちろんなく、
自分の部屋を持っている子すら少ない時代でしたから。
兄弟がぞろぞろいる家が多かったし、あれこれ用を言いつけられるもんだから、
機会があれば家から抜け出してたという子が多かったと思いますよ。
6年生のリーダーを中心に、いろんな学年の子が混じって多人数で遊ぶ場合も、
自分らの学年だけで遊ぶこともありました。
そんな夏休みの一日、私は村を流れる川の上流の淵にいました。水遊びです。
その日集まっていた仲間は5年生の男子6人ほどだったと記憶しています。

ええ、それは川遊びは危険なこともあります。
県全体では毎年のように死者が出ていたと思いますが、
学校から禁止を言われてはいなかったはずです。なんせ当時は子どもの数が多くて。
そこの淵は周囲が岩で囲まれていまして、天然の水風呂のようなものでした。
水はそれは冷たくて、数十分漬かっていれば、
真夏でも唇が紫になって体に震えがきたものです。
2mばかり流れ下る小滝があり、その下は深い壺状になっておりました。
水の色は青く、下から泡が渦を巻きながらわき上がってきて、
透明な水でも底を見通すことはできませんでした。
当時は底なしと言われてましたが、今から考えれば5mもなかったと思います。
私らはその壺に、岩の上から次々に飛び下り始めました。
臆病な子は足から、大胆な子は頭から勢いをつけて飛び込むのです。

水の中で目を開ければ、神秘的な青と緑の霧の中にいるようでした。
そこは元来、大岩魚などの棲家になっていたのですが、
子供らが遊び始めると魚は姿を隠し、見えるところには出てきません。
冷たい青の中を漂っていると、いつまでもここにいたいという気がしてきます。
当時は息止め競争などもやりましたが、
私は2分が限度で最後に残った息をすべて吐いて浮上していきます。
しぶきとともに水面に顔を出すと、
水の中とはまた違った鮮やかな青い色の夏空が見えるんです。
・・・ああ、すみません。すっかり昔話に夢中になってしまいました。
タケちゃん、という同級生がいまして、
女の子のように色の白い華奢な子だったんですが、
壺に飛び込んだのですがなかなか浮かび上がってきません。

1分、2分とたち3分に近づいてみなが心配になり始めた頃、
タケちゃんはやや離れた場所に頭を出し、
大きく息を吸い込むと慌てたように泳いで近くの岸にあがり、
河原から草むらに走り込んで、何かを探すような仕草をしました。
私が「おい、どうした」と声をかけると、「ザルかなんか、入れ物どっかにないか」
と聞き返されたので、「お前、何言ってんだよ」さらに尋ねると、
「餅もらえるんだけど、裸で入れる場所がないだろ。だから何か入れ物」
と両手を拳に握ったまま、わけのわからないことを言います。
おかしいと思い、3人ほどが側に駆け寄って、肩を押さえて草の上に座らせました。
「まず落ち着け」
「何だ餅って?ちゃんとわかるように話せよ」

「いやあ、今、俺 壺に飛び込んだだろ。そしたら水の中に家が建ってて、
 棟上げをやってた。餅を撒いてたんだよ。
 だけど俺ぁ裸だから餅を2つしかとれなかった。
 だから入れ物を持っても一回水に潜るんだよ」
これを聞いて「ははあ」と思いました。長く息を止めすぎて幻覚を見たのだろうと。
脳が酸欠状態になっていたんだろうってことです。
「お前、あの壺の中に家が建ってると思うのかよ」
「しゃきっとせえよ。来年には6年だぞって、先生いつもゆうてるでないか」
タケちゃんははっとした顔をして「・・・ああ、そうだよな。
 家があるわけないか。俺 何言ってるんだろ。
 しかしなあ、餅は持てるだけ取ってきたぞ」そう言って両の拳を開きました。
その中から10cmに満たない小魚がこぼれて、草の上でぴちぴちと跳ねたんです。

翌日です。また同じ淵に泳ぎにいきました。昨今、温暖化などと言われていますが、
私からすれば、どうしても子供時分の夏のほうが暑かったような感じがするんです。
始めみなで、河原石を起こして積み上げるという遊びをしていましたら、
タケちゃんがさっさと服を脱いで、また壺に飛び込んだんです。
「あいつ、餅撒きやってないかどうか確かめにいったんじゃないか」
誰かがそう言ったとき、前日と同じくらいの長さに潜って顔を出したタケちゃんが、
「おい、早く来いよ。水の中に蚊帳が吊ってある」と、
またとんでもないことを言い出したんです。
みなはそれを聞いて、次々服を脱いで飛び込んだんですが、
もちろん蚊帳などあるはずもありません。
水の色は場所によっては緑の蚊帳に似てないことはありませんでしたけども。

水面で「またかよお前、いいか蚊帳は家の中で吊るもんだぞ。
 水の中のどこにひっかけるとこがある?」と言いましたら、
タケちゃんは不満そうな声で、「うんでもなあ、昨日のはマボロシかもしんないけど、
 今は確かに蚊帳を見たと思ったがなあ。
 中にきれいな女の人が腰巻きだけで寝ていて、俺を手招きしたぞ」
最後のほうは小さくつぶやいたんです。
これも意外な答えだったので、私はぽかんと口を開けました。
タケちゃんはなおもぶつぶつ言いながら岸に泳いでいきました。
・・・われわれはいつも裸で泳いでいるわけですが、
そのときね、河原に立ったタケちゃんのおちんちんが、
ぴんと とがっているのが見えたんですよ。

われわれは2時間ほども遊んで、それぞれ家に戻りました。
最も暑い2時前後をのりきると、夕方には少し涼しくなり腹も空きました。
当時蚊帳は吊っている家が多かったですね。
けっこう高価なもので破れれば繕って使ってましたし、質草になるときもあったんです。
冬場は質に入れておいて、暑くなってきたら請け出してくる。
洗濯や洗い物は川で、西瓜を冷やすのは井戸水で・・・
どこの家も貧乏でしたけれど、心は豊かだったような気がしますねえ。
・・・ああ、また話がそれてしまいました。すみません。
それでさらに翌日です。ほぼ同じ仲間が集まって、
水遊びも飽きてきたので虫取りにいこうという話になりました。
カブトをつかまえて相撲させようってことになったんです。
タケちゃんも来ていましたが、額に大きなたんこぶがありました。

「どうしたんだよ?」わけを聞くと、「蚊帳を切ったろうって殴られた」と言います。
当時の家はどこも間数だけはありまして、タケちゃんは弟妹らと寝ていたそうですが、
朝になってみると蚊帳が大きく破れていた。それも自然にほつれたとかではなく、
腰ほどの高さのところで、刃物で切ったように一直線に裂けていたんだそうです。
当然タケちゃんは自分がやったのではないと言い張ったんですが、
誰がやったとしても年上のお前の責任だと父親に言われ、
きょうだいを代表して拳固をもらったのだそうです。
虫ちょっとクヌギなどの多い雑木林に入れば大量にとれたもので、
家で飼うということはしなかったですね。
カブトを2匹、切り株にのせて向き合わせると、ツノで弾かれたほうは、
面白いように吹っ飛んでいきました。タケちゃんはずっと額のこぶを気にしてさわっていて、
3時過ぎ頃に頭が痛いと言って一人で帰ったんです。

さらに翌日ですね。半鐘が鳴ったり、
朝から村が騒ぎになっているのが気配でわかりました。
母親に聞いたら、タケちゃんがいなくなったということでした。
朝布団におらず、朝飯の時間になっても戻ってこない。
・・・それだけならそう心配することもないんですが、すぐ下の弟に聞いたら、
夜中物音がして目が覚めると、
タケちゃんが白い人に手を引かれて蚊帳から出て行くところだった、こう答えたんです。
どうやらその朝も、蚊帳が大きく裂かれていたようでした。
白い人とはどんな人か、弟にいくら聞いてもそれ以上の答えはなかったそうです。
青年団が出てあちこち探しましたし、私ら子供も集まって心当たりの場所を回りました。
それであの淵に行ったら、タケちゃんを見つけたんです。
真っ白なお尻を上にして、淵の壺に浮いていたんですよ。






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