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2014.11.30 (Sun)
建設現場で働いてた。高校を卒業して2年目だな、そんときにあった出来事。
バイト、バイトのつもりでやってたんだが、もう現場暮らしが10年近くなる。
秋のことだったな、10月の終わり。木曜の仕事が終わったとき、
本社の酒田さんから「飲みに行かないか」って声をかけられた。
本社ってもゼネコンとかじゃなく、ただの地方都市の建設会社なんだけどな。
酒田さんは当時50近かったがまだ現場に出てた。叩き上げの作業員だったんだ。
そんな年でも、腕がぶっとくて力も強かった。
ああ、もう亡くなってる。去年、事故でな。・・・定年間際だったのに。
酒田さんとは渓流釣りの趣味がいっしょで、ときどき2人で釣行に出かけてた。
だからそんときも釣りの話かと思ってたが違った。
居酒屋で聞いたのは「今度の土曜、いっしょに墓参りに行ってくれないか」ってこと。

これはちょっと面食らった。なんで俺が同行しなきゃいけないかわかんないだろ。
それと土曜は仕事が入ってたんだ。そのことを言うと酒田さんは、
「休め。俺が上に話しといてやるし、日当も出すから」って。
くわしく聞くと、娘さんの墓に行くってことで、これもビックリした。
酒田さんは家族の話とかしたことないし、てっきり独身だと思ってたんだ。
娘さんは8歳、小学校の低学年のときに事故で亡くなったということで、
墓は奈良県の山奥にある。車で片道4時間はかかるらしい。
そこは酒田さんの生まれた土地で、嫁さんをもらって農業をやってたのが、
娘さんの事故がきっかけで離婚し、その後こっちに出てきたってことだった。
意外なことばっかりで、俺はてっきり最初から現場作業員だと思ってたよ。
知識が豊富で、資格もたくさん持ってたしな。

そこの集落はだいぶ前に過疎で廃村になり、
墓所なんかも寺ごと新しい土地に移ったそうなんだが、
酒田さんの娘さんの墓はまだそこの山の斜面に残ってるってことだった。
で、何で俺がいっしょに行く必要があるのか聞いたら、
酒田さんは少し口ごもった後、「怖いんだよ」とぽつんと言った。
土曜の朝8時に酒田さんが来るまで迎えにきてくれた。それが新車のマークⅡ。
前は古いハイエースのバンだったんで「すげえですね」って言ったら、にやっと笑った。
俺が助手席に乗り込んで出発。12時前後には墓のある廃集落に着く。
すぐに車の後部座席にでかい荷物があるのに気づいた。
ビニール袋をすっぽり被せられた白いもんが横になってた。1m以上あった。
「あれなんスか?」って聞いたら。「ヌイグルミの人形」って答え。
「ああ、娘さんへのお供えですか?」 「・・・まあそうだ」

車通りの少ない国道を走ってると、朝から曇ってたのが小雨が降り出した。
「ああ、雨降ってきたっスね。墓参りのとき晴れりゃいいスけど」
「大丈夫だ。てかお前、天気予報見ねえのか。
 奈良県は雨になるって出てたから雨合羽2人分借りてきた」
「用意いいっスねえ」 「つか現場の基本だろが」
こんな感じで話が進み、「娘さんの墓参りって毎年行ってるんスか?」
「いや、それがな。もちろん7回忌あたりまでは毎年だったが、
 その後はぽつりぽつりだ。・・・夢でわかるんだよ。そろそろ出てくる頃だって」
「出てくるって、何がスか?」 「だから人形だよ」
話がかみ合わなかった。酒田さんは酔ってるときでもこんなことは言わなかったんで、
変に思ったが、ずっと気になってたことを口に出した。

「怖いって言ってましたよね。何が怖いんスか?」
「それは・・・人形というか、娘がだよ」酒田さんは思い切ったように言って、
車のラジオのスイッチを入れたんだ。雨脚が強くなってきた中、
俺らは押し黙ったままラジオを聞きながら走った。
「車、快調っスね」沈黙に耐えきれなくなって俺が言うと、酒田さんはうれしそうに、
「そうだろ。前からマークⅡが欲しくてな。
 こんくらいの贅沢はしたって罰はあたらないだろ。
それからずっと車の話になった。2時間ほど走ると、車は市街地を出て山中に入った。
雨はその頃にはザーザー降りで、ワイパーを最大に動かしても前が見えにくかった。
さらに1時間走ると県道からもっと細い道に入り舗装が切れた。
「スゴイとこに住んでたんスね。こりゃ廃村になるわ」

「ま、電車も通らねえどころか、こんな砂利道だからな。おして知るべし。
 お、もうすぐ集落に入るぞ」前方の雨の中に鳥居のようなのが見えた。
と言っても赤くはないし、横木は一本だけに見えた。
「なんスか、アレ?」 「昔、湯治場だった宿の広告用のだが、俺が子どもの頃からある」
その下をくぐり抜けたとき、ドコという感じで車の天井で音がした。
「あ、今、屋根になんか落ちたんじゃないスか?」 「・・・・」
酒田さんは前方を見据えたままハンドルを握り続けてて、
車の屋根からフロントガラスに白いものが滑り落ちてきた。激しい雨でよく見えなかったが、
濡れた毛が固まったようなもの。「あ? 動物!」 
それはボンネットを転がって見えなくなった。
「今の見たスよね。白いから野生動物じゃなく、
 ノラ犬とか? 新車、傷つかなかったスか。降りて見たほうが・・・」

「前に来たとき埋めたヌイグルミだよ。5年かかって這い出してきたんだ。
 ・・・これまでの例だと墓に先回りして俺らを待ってるはずだ」
またわけのわからない話になったんで黙った。
車はそれから20分ほど走ったが、道の脇に古びた農家がいくつか見えた。
雨が少し小降りになってた。やがて山の斜面に石段が続いてるとこに出て、
酒田さんは車を停めた。シートを倒して後ろの席をごそごそ探ってたが、
俺に黄色い雨合羽を渡してよこした。2人でそれを着て車外に出た。
雨が合羽のひさしにあたってパチパチ音を立てた。
酒田さんは後部座席の下から引っ張り出したものを俺に渡し、
自分はシャベルとヌイグルミの袋を抱えた。俺が手にしたのは、短めの卒塔婆だった。
筆字は読めなかったが一部分「毒女」と書いてるように見えた。

酒田さんがアゴで上を指し、俺らは並んで石段を登ったんだよ。
石段の両脇は太い杉の木で、ちょうど正午頃だというのに夕方みたいに暗かった、
やがて石段の右に横道が見えた。酒田さんが曲がったので俺もついてったが、
すぐに木立がぽっかりと切れ、枯葉の溜まったところに出た。
木の枝が上に張りだしてるんで、あんまり雨があたらない。
そこに墓らしきものが10ほど見えた。といってもただの漬け物石並の大きさで、
字が彫られてるわけでもない。で、その石のすぐ近くに穴が開いてたんだ。穴は5つ。
どれも子ども1人が入れそうな大穴。酒田さんは持ってきた大きな袋を下に置いた。
「これって・・・」俺がつぶやくと、「娘の墓だよ。どれも全部」
酒田さんは大声を出した。「来たぞ!また来た。埋めに来たぞ」酒田さんが怒鳴ると、
カサリと木の葉を踏む音がした。

そっちを見ると、杉の木の陰に1m少しほどの白いものがいた。
それは木に手をかけながら前に出てきて・・・
ぐっしょり濡れた白いヌイグルミだったんだよ。
土がかなりついてるのと、濡れ固まってるせいで犬なのかクマなのかもわからなかった。
「よし、おいで」酒田さんがヌイグルミに向かって言った。
さっきとは違って優しい声だった。酒田さんが手をさしのべると、
ヌイグルミは四つん這いになり、よたよたと近寄ってきた。
酒田さんの足下に来て黒い目玉を上に向け・・・「おとうさん」って言ったんだ。
その頭に、酒田さんは両手で持ってたシャベルの先端を振り下ろした。
・・・たいして音はしなかった。ヌイグルミにシャベルを突きさした音だよ。
人間の頭の音じゃなかった。ヌイグルミの頭はシャベルの下の泥に半ば埋まってた。

そのまま10秒ほど固まってた酒田さんが「穴を掘るぞ」と言って、
シャベルを枯葉に突き立てた。土は柔らかく、どんどん掘れていったが、
穴が大きいため時間がかかった。
途中で俺が「代わりますか」と聞いたが、酒田さんは首を振った。
でかい穴、子ども1人楽々入れそうな穴だ。
酒田さんはその穴にさっきのヌイグルミを丁寧に入れ、
さらに袋から新しいヌイグルミを出してそれも上に重ねて入れた。
新しいほうも白で、これは俺にはかわいらしい大ネコに見えた。
2つのヌイグルミが入ると穴に土をかけ、酒田さんが「手伝ってくれ」と言って、
2人で近くの石を転がして穴の上に載せた。
「これでまずまず、終わった」酒田さんは大きくため息をついた。

そうして俺が石を転がすときに近くの木に立て掛けてあった卒塔婆を手に取り、
石の後ろに突き立てたんだよ。それから人で来た道を戻った。
車内が濡れるのもかまわず酒田さんは合羽のまま車に乗り、俺にもそうしろと言った。
引き返すのかと思ったが、車は集落の奥に進んで行って、
ボロボロの寺の建物に突きあたった。
そこでまた車外に出て、固く閉まった扉の前で手を合わせたんだ。
お賽銭をあげることもなかったし、俺は何どうしていいのかわからなかった。
ただ酒田さんがそうしたんで、真似して娘さんの冥福を祈ったよ。
「これで全部だ。あと5年は大丈夫だろう・・・あるいは」
5分ほども手を合わせていた酒田さんが言った。
あとは集落を出て市に戻るだけだった。

半日仕事で、穴掘りはあったが、普段の現場に比べればどうということもない。
でも酒田さんがぐったりと疲れた様子だったんで、
俺が「運転代わりますか?」と申し出た。
「ああ、頼む」酒田さんは俺にキーを渡してよこした。
雨はかなり小降りになっていて、町のほうの空は明るかった。
湯治場の横木の下を通ったとき、助手席の酒田さんはちらっと後ろをふり返った。
時間は2時を過ぎてたから、廃集落の中に2時間はいたことになるな。
「腹が空いただろ。もう30分ほど走ると、県道に出るとこにドライブインがある。
 ラーメンもいいがカツ丼もうまいぞ」目を閉じていた酒田さんが言った。
その店を出てまた運転を代わり、市内に戻って俺の寝屋まで送ってくれた。
降りぎわに「娘さんはなんで亡くなったんスか?」と聞いてみた。
酒田さんはゆっくり首を振っただけだったよ。

*「穴」という題にしてたんですが、前に同じのがあるのに気がついて変えました。







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コメント
 「娘が怖い」と言った酒田さんですが、ただ怖いだけなら後輩の助けを借りてまで墓参りはしないでしょうね・・・全編で降り続けている雨が薄ら寒く、おぞましさよりも切なさを感じました。
 ぬいぐるみの怖い話といえば、近年では「ひとりかくれんぼ」でしょうか。映画も観た気がしますが印象に残っていない・・・
| 2014.12.02 15:07 | 編集
コメントありがとうございます
「ひとりかくれんぼ」は儀式自体はヴードゥーのようでもありますが
微妙に違うし、どのような力が働くのかオカルト的によくわからないです
浮遊している悪い物を拾ってしまうとかでしょうか
bigbossman | 2014.12.02 23:02 | 編集
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