水中観音 (上)

2014.12.07 (Sun)
俺が大学2年で探検部だったときの話。夏休みの終わり、もう9月に近い頃だったな。
部としては、毎年最大の行事である新入生鍛錬のための合宿を終えて一息つき、
休みの残りの日々を各自の活動にいそしんでたんだ。
たまたま部室に顔を出したとき、耳よりな話を同じ2年の吉崎ってやつが持ってきた。
それは「東北のある洞穴に、地中湖に沈んだ観音像がある」というもんだった。
どうだコレ、一言聞いただけで胸が高鳴るような話じゃないか。
しかも「そこは有名な観光地でもなく、現地には数ある洞穴の一つで、
 仏像のことを知っている者も、わずかな地元住民しかいない。
 理由はわからないが地元ではこの話を広めたくないらしい。
 俺が他の学部で付き合いのあるそこら出身のやつから個人的に聞き込んだ」
どうだ、これはぜひ行ってみようって思わずにいられないだろ。

具体的な計画を頭に思い浮かべても障害は少ないと思った。
交通費がかかるくらいで、洞穴に入るのは前にも経験してる。
特別な装備も知識も必要なかった。地底湖はやっかいだが、潜るつもりはなかったし。
ダイビングの資格を持ってるやつが海外に出てたんだよ。
だからそこは上から強力な水中ライトを入れて、撮影できたらいいとしか考えなかった。
ただこれは地元で宗教的な対象としてあつかわれているかどうかで、
できるできないが違ってくるとは思った。なんにしても情報不足。
当時はネットもまだ始まったばかりで、検索もままならなかったし。
現地に行ってからでないと作戦は立てられないと思った。
俺は幸い月末にかかってバイト代が入る時期にきてたし、金銭的な問題はクリアできる。
3年生は就職活動で引退の時期が迫ってるし、
ここは俺が隊を率いてもいいんじゃないかと思った。

隊員を募ったら、吉崎、それから山田という1年が参加したいと言ってきた。
あと当時俺の彼女だった芽菜、それとこれは隊員でも部員でもないが、
吉崎にこの情報をもたらしてくれた工学部の戸木(これは「へぎ」って読む)が、
地元に帰省していて、向こうで合流するという話だった。
ウイークデーの火曜午前の電車で出発することにし、4時間ほどの行程。
そっからはレンタカーを借りて俺が運転する。
装備はヘルメット付きのヘッドライト人数分の他に、前に部の予算で買った
7万円の水中ライト一機を借りていくことにした。これを竹竿のようなものにくくりつけ、
水中を照らして仏像の写真を撮るつもりだった。もちろん撮れればの話で、
その時点では、仏像がどんな地形のどのくらいの深度にあるかも不明だったし、
水の透明度もわからなかった。

俺と芽菜はいっしょに住んでたアパートから、他の2人はそれぞれ別に駅に集合し、
出発した。東北新幹線から乗り換えて、着いたのは辺鄙な駅。
それでもいちおう市だったし。駅前にレンタカー屋はあった。
そこでミドルサイズの四駆を借りて、さらに1時間運転して海沿いに出た。
吉崎の話から洞穴は山中というイメージがあったが、
そうではなく海岸沿いのやや高所といったところにあるようだった。
しばらく走ると寂れた漁村が見えてきた。このころすでに過疎化が始まってたんだな。
その町の道の駅に寄った。吉崎の友人の戸木と待ち合わせをしていたんだ。
俺らが入っていくと、黒い革ジャンの背の高い男が手をあげた。
テーブルで話を聞いた。・・・洞穴はここから50分ほど。
ただしそのうち30分は車が入れないので歩き。

洞穴は暗く各自ヘッドランプが必要。洞穴はそのあたりにたくさんあるが、
水中観音のあるところはそれほど深くはない。
分かれ道はなく50mほど進めば地底湖に出て行き止まり。
その近辺にはわずかな件数の集落があり、
洞穴内の祭壇に月番でお供えをしているようだが、特に入ることは禁じられていない。
ただし地元民には了解を取ったりしないほうが、
かえってトラブルにならなくていいだろう、どうせ1日入るだけだし。
実は水中観音を見たのは幼児のときで、ほとんど記憶はない。
親にそんなことがあったと言われて、おぼろげに思い出せる程度。
ただ幼児でも見られるくらいだから、水のそんな深いとこにあったわけでもないだろう。
・・・こんな情報を聞いたんだ。

その日はあらかじめ予約していた民宿に一泊し、翌日朝から行動。
民宿では、海水浴場が閉鎖された後の客だったので、
いぶかしがられたが来た目的は濁して言わなかったよ。
戸木もいっしょに泊まって、その夜はかなり飲んだ。
そんな体力を使うような探検でもないと思ってたんだ。
翌朝7時に宿を出発し、小山の中で砂利道が途切れたところで車を乗り捨て、
戸木の案内で薮の中の獣道のようなところを歩いた。
やがて山の表面にゴツゴツとした大岩のむき出した地形となり、
そこここに数mから数十cmの穴が開いているのが見えてきた。洞穴地帯に出たんだ。
さらにしばらく進むと、地上3mほどの高さのところに直径2mない岩穴があり、
その上部にしめ縄がめぐらしてあった。俺らはヘルメットをつけて準備を整えた。

「ここだよ」戸木が言った。岩に石段が刻まれていて、
それを10段ほど登ると洞穴の前に出た。外からは日の光が入らないようで中は真っ暗。
「予想よりずっとせまいな」俺が言うと、戸木は、
「鍾乳洞じゃないんだ。わざわざ昔の人が掘り込んだものらしい。
 だから中は頭をかがめないと入れないし、人2人並んでも通れない。
 そのかわり一本道で分岐もないから絶対に迷うことはないよ。
 地底湖のところは広くて天井も高いはずだ。お前らまさか水に入ったりしないよな」
こう言ったんで、「そのつもりはない」と答えると、
「中はすげえ気温が低いんだよ。そんなに地上と高低差があるわけじゃないのに、
 かなり寒いって話だ。だからウエットスーツなきゃ無理だから」
困ったことが一つあった。

水中撮影用にライトをくくりつける竿を用意してきたんだが、それを持って中へ入れない。
「誰かが体を伸ばしてライトを持った手を水中に伸ばし、それを後ろから支えるしかないな。
 仏像自体は岸の近くで、そんなに深いところにあるわけじゃない。
 明かりさえあれば写真は撮れると思う」戸木が言った。
俺が先頭になり、2番目は探検部ではないが何かのときのために戸木に頼んだ。
3番目が1年の山田で、次が芽菜、しんがりが吉崎という順番。
身をかがめて進んでも、ヘッドライトをつけたヘルメットの上部がときおりこつんと、
洞穴の上部にあたった。せまいし、中の空気も黴臭かった。
岩の壁を手探りしながら進んだが、距離感がわからない。途中で2回ほど曲がったと思う。
突然広い場所に出た。水音がした。
そちらにヘッドライトを向け「すげえ」思わず俺は言った。

高さ10m以上ある岩のホール。正面に幅数mの地底の滝が流れ落ちてた。
その前に黒々とした地底湖、直径7~8mくらいか。ほぼ円形をしていて、
水面を滝の流れ落ちる場所から出た泡が走っていた。
他のメンバーも穴から出てきて俺の横に並び、思い思いに歓声を上げていた。
「この水、滝から落ちた分はどうなってるんだ?」
「おそらく、水中に穴があって他の場所に通じてるんだと思う。
 あの滝の水量からすればそうとうな大穴で、潜れば吸い込まれる危険があるかもな」
「水中観音は?」「たしかあのあたりだと聞いた」
その水面を高光量の水中ライトで照らしてみたが、光が暗さに負けて何も見えなかった。
「やっぱ水に差し込まなきゃだめか」
「俺が中に差し込みます。体重軽いし、万一落ちても泳ぎ得意ですし」1年の山田が言った。

ちょうど岩が平たい台になったあたりで山田が腕まくりして水中ライトを持ち、
腹ばいになったのを俺と吉崎が両足を上から押さえた。
芽菜はカメラ、戸木にはビデオカメラを持ってもらった。
水中にライトを差し入れた。透明度が高いようで、水の中が広範囲に明るくなった。
視界の右に、ちらっと白い丸いものが見えた気がした。
深くはない、水面から数十cmのところに何かがある。
少し山田の体の位置を移動させた。
そしたら見えたんだよ。観音像の頭・・・というかふつうの仏像とはちょっと違ってた。
頭に仏像にある出っ張りがなくつるんとしてたんだ。
ベールをかぶった人の頭のような感じ。それに表面はなめらかで、
ずいぶん長く水中にあるだろうに、苔ひとつついてなかった。

関連記事 『水中観音(下)』

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