硫黄神社

2014.12.09 (Tue)
準大手クラスの製薬会社に就職できたんです。
といっても、自分は薬学知識とかないし営業部としてですけどね。
でね、1年目の新人研修のときの話です。
これが同業他社と合同のものでした。研修のカリキュラムは、
1年にわたって実施されるんですが、5月の中旬に10日間の合宿研修があったんですよ。
これがものすごい山の中にバスで連れて行かれまして、
そしたら着いたのが研修に参加してるもう一つの会社の社員保養施設だったんです。
そのときは経費節約なんだろうって思いました。
周囲は杉林がどこまでも続く山で、見るようなものはありませんでした。
民間の集落も見あたりませんでしたから、もちろん店なんて一軒もなし。
そのかわりゴルフのハーフコースが隣接してましたし、
テニスコートも10面以上ありました。

施設のまわりの山を切りならして平地にしてあったんです。
あと大浴場は温泉、かなり臭いのきつい硫黄泉でしたよ。
食事は3度とも大食堂のテーブルで、調理師のおばさんらが数人いて作ってました。
建物自体はバブルの頃の建設で、古びた感じもありましたね。
保養の目的で来る社員はあんまりいなかったんじゃないでしょうか。
研修に参加したのは30名ほどですね。内容はほぼ毎日講義でした。
薬科大出のやつらとそれ以外に分かれてやることが多かったですね。
でも俺も何日かは、白衣を着せられて、
ビーカーや試験管を使って簡単な実験をさせられたりもしましたよ。
何の役に立つのかはわかりませんでしたが。部屋は洋室の2人部屋で、
もう一つの会社に研究員として入った石崎ってやつといっしょでした。

これが実に嫌なやつで、理系バカの典型というか、
完全に営業職の俺なんか見下した態度でした。
自由時間もバッグから分厚い洋書を引っぱり出して読んでました。
まあこんなやつにあれこれ話しかけられるより、
俺としてもそのほうがよかったですけど。でね、こいつが異様に風呂が好きで、
大浴場には始めの頃に何度かいっしょに行ったんですが、
毎日2時間以上長湯するんですよ。俺は、じつはあの硫黄の臭いってやつが苦手で、
汗だけ流して終わりでしたけど。あ、そうそう、硫黄といえば、
石崎の会社で出してる「ルルイエ」というドリンク剤が、
たくさん部屋の冷蔵庫に入ってましたが、これが薬臭くて俺はまったく飲めなかったんです。
石崎は一日何本も飲んでましたけどね。あ、すみません、話がそれちゃって。
で、おかしな夢を見るようになったのは研修の3日目の夜からです。

そこの施設の近くの林の中に立ってるんです。施設より高いところでしょうね。
木の合間から建物の屋根が見えてましたから。
でね、夢の中なのにキツイ硫黄の臭いがしたんです。
そうですねえ、俺が温泉に入ったときに体についた臭いが、
夢の内容に影響してたというのはあるかもしれません。
でね、木立の中に細い道があって、施設のある反対側の谷に続いてるようなんです。
後ろに道はないのでとぼとぼそこを下っていくと、
大きな赤い鳥居が見えてくる。どうやら神社に向かってるらしいんです。
もっと下ると、鳥居の向こうに特徴のある神社の大屋根。
千木っていうんですか、あれが見えてくる。
鳥居の下までくると、見上げる高さに神社の名前を書いた額がかかってまして、
「硫黄神社」と読めました。そのあたりでだいたい目が覚めるんです。

翌朝ね、起きたら石崎はもう着替えて朝の体操に出る支度をしてましたんで、
見た夢の内容を話したんですよ。そしたらいつもは、
俺と話すのは時間の無駄みたいな顔をするやつが、ふっといぶかしげな表情になって。
「硫黄神社・・・不思議だな、その夢俺も見た」って言ったんですよ。
で、詳しくその内容を話すかと思ったら、冷蔵庫からドリンク剤を取り出してぐいっと飲み、
そのまま出て行っちゃったんです。
それ以後ですか?俺はほぼ1日おきごとに神社の夢を見てました。
3回目くらいのときにはもう鳥居の中に入っていたんです。
だんだん社殿に近づいていくんですね。
ふつう、神社の参道にいると何となく清々しい気分になるでしょ。
俺は寺社仏閣が好きで、学生時代に何回か京都・奈良をめぐってますんで、
そのあたりの感じはわかります。

ところが、その鳥居をくぐるとすごく不安な気持ちになったんです。
「いたたまれない」という言葉がぴったりです。
神社なのに、社殿のほうには考えられない禍々しいものがいて、俺を待っている・・・
いや、もう石崎には神社の話はしませんでした。
だってまた無視されたら嫌じゃないですか。
10日間とはいえ、あんなやつといっしょに過ごしてると、
殴りたいような気分になってくるんです。
ま、そういうのも研修の内容には入ってるんでしょうが。協調性とかってやつ。
でね、終わりまであと3日というときに、
薬学部出のやつらが実験をしてるとこを見学にいかされました。
説明はちんぷんかんぷんでしたが、石崎もいて難しい顔で機材を操作してました。

その部屋も硫黄の臭いがすごくてね。マスクをしてても気持ちが悪くなりそうでした。
俺ら営業・事務職は11人でしたけど、列になって6人ずつ3グループで実験してる
薬学組のテーブルを回ったんです。
それぞれ別の実験をしてるみたいでしたが、石崎のテーブルはやつがリーダーで、
かなり大きなフラスコに入った毒々しい緑色の液体を、
得意そうに掲げてなにやら説明をしてました。そのときですよ。
これは俺の目の錯覚というか・・・幻覚なのかもしれませんけど、
フラスコの中の緑の液体が揺れると、
中から白い触手・・・ちょうどイカの足みたいなやつです。
それが飛び出して、びちゃっと液面を叩き、また引っ込んだように見えたんですよ。
「え」と思って目をこらしてビーカーの中を見ましたが、
液体の色が濃くってよくわかりませんでしたね。それは2度とは出てきませんでした。

で、いよいよ研修の最後になりました。この日は特に研修内容はなく、
午前中に近くにある神社に全員でお参りをし、それからバスに乗って帰る予定でした。
・・・もうおわかりですよね。
その向かった先の神社というのが、夢の中で見たのとまったく同じだったんです。
鳥居の色といい、木の質感といい夢の中そのまま。
だからね、本当はまだベッドにいて、夢を見てるんじゃないかっていう、
奇妙な感覚に襲われたんです。「硫黄神社」という額も実際にあったんですよ。
びっくりして、やや離れた場所にいた石崎の顔を見ると、やはり呆然としてましたね。
それだけじゃなく、他の研修員らも口々に「ああ、これ夢と同じ」「本当にあったのか」
「どうして・・・」とか小さく驚きの声をあげてたんです。
ねえ、変な話でしょう。30人近い研修員の全員が同じ夢を見るなんてこと、
考えられますか?ああ、話の後で説明してくれる。そうですか。

研修を担当してる人材開発センターの人たちを先頭に、講師の先生、
それから俺たちがややざわつきながら進んでいくと、参道の途中に神職が待っていて、
合流して社殿まで進みました。社殿は一般的な神社の形式で、屋根は夢で見たとおりでした。
手水をとって参拝して・・・でもね、その手水の水も、
透明に澄んでるのに、硫黄臭い臭いがしたんです。硫黄神社だから温泉成分なんでしょうか。
でね、横3列ほどに全員が並んで社殿の前でお祓いを受けることになったんです。
その後、目をつぶって祝詞を聞いていたときです。
「ボフッ」というなんとも形容のしがたい音がして、あたりの硫黄臭さが急激に増したんです。
目を開けると視界がゆがんでました。陽炎のように空気がゆらゆら揺れて見えたんです。
俺は吐き気をこらえきれず、その場に膝をついて吐いてしまいました。
他の研修員もほとんどが同じような状況で。

「ガスが出てる、みな逃げろ!」人材開発センターの班長の怒鳴り声が聞こえたと思います。
咳き込みながら、立ち上がって鳥居のほうへ向かいました。
途中で研修員の1人が俺の肩をささえてくれたんです。
みながよろめきながら鳥居を出たんです。そしたら少し苦しさがおさまりました。
後ろをふり返って・・・社殿の前に3人、人が立ってたんです。
1人は石崎の後ろ姿のように思えました。
硫化ガスだったんだと思いますが、それがまったく平気なようにまっすぐ立って・・・
そのとき社殿の暗い奥から何か白いものが出てきました。
電信柱ほどの太さのそれは先細りの形で、くねりのたくりながら、
先端で3人の顔を触っているように見えました。「高いとこに出るぞ!」という声が聞こえ、
俺らは這うようにして坂を登っていきました・・・こんな話なんですよ。

宿舎に帰り着いて、薬を飲まされたり、俺は吐き気がひどかったので
施設の医務室で注射も打たれました。そしたら嘘のように気分がよくなったんです。
しばらく休んでから、予定から4時間ほど遅れてバスで帰ってきたんです。
神社の前に立ってた3人の姿はありませんでした。
「神社からは出たが、特に具合が悪いようなので大事をとって入院させた」
というような話がありましたね。
でね、そいつらは死んだとか行方不明とかそんなことはありません。
1人は俺の会社で、あと2人は別会社のやつでしたが、
新採用2年目から異様なペースで出世してるんですよ。
石崎はなんとまだ20代なのに、社の研究所の副所長にまでなっています。
まあ、理系の世界はそういうことがあるのかもしれませんが、どう思いますか?

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