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冬の怪談

2014.12.15 (Mon)
ニュースによれば、北国のほうは大雪ということで、
事故などないように十分気をつけてほしいと思います。
さて、冬の怪談、雪の怪談について少し書いてみましょう。
まず、怪談は夏のものという通念がありますよね。冬場はあまりテレビなどでやりません。
これは夏の怪談には納涼・消夏という意味合いが強いからだと思います。
暑い夏を、怪談でぞーっと背筋を涼しくしてのりきるということ。
今とは違ってエアコンのない昔はそういうのが粋だったんだと思います。
あと夏はお盆もありますし。
それに対して、冬は暗く陰鬱で、それでなくても気分が滅入ることが多いのに、
怪談をやってさらに陰々滅々としなくても、ってこともあるのかも。
経帷子一枚で薄着の幽霊は寒いでしょうしねえ。

雪の怪談で、自分がまっさきに思い出すのは『テーブルを前にした死骸』という話。
これはもともとホラー小説で、S・H・アダムズという人が書いた話です。
「二人で雪山に登山中に遭難して一人が死亡し、
 生存しているもう一人はその死亡者を外に埋葬して眠るが、
 目を覚ますといつの間にか死体が元に戻っている。
 実はその生存者自身が睡眠中に無意識のうちに死体を掘り出し搬送していた。」

これは自分は『怪奇小説傑作集』(創元社)で読みました。
たしか日本で映画の一エピソードとしても使われていたと思います。
これはけっこう古い話で、
まだ個人用ビデオカメラもあまり一般的ではなかった頃ですが、
怪談話に先端機器が出てくる例として読むこともできますね。
ただこの作の場合は、心霊的な結末ではなく理で解決されてしまいます。
無意識の罪悪感と極限状況の中で、夢遊病で友人の死体を掘り返す自分・・・
現代の怪談なら、さらに心霊側にもう一ひねりがありそうです。

雪山つながりで、これは都市伝説なのでしょうが、
『山小屋の4人・スクエア(四角)』という話も有名です。
「登山中に吹雪となり、ほうほうの体で山小屋にたどり着いたパーティ。
 火の気はなく、このまま眠れば凍死してしまう。そこで、
 1人1人が部屋の4隅に陣取り、真っ暗中で隣の隅にいるやつを起こしにいく。
 小屋の中をメンバーがぐるぐる回るというわけです。全員が助かったが、
 後になって考えてみると、実際にはこれはできないことがわかった。」

こんな内容です。

最初は5人パーティだったのが、1人が山小屋にたどり着く前に遭難死していて。
そのメンバーが暗闇の中で生存者を助けてくれた、
という落ちになっているパターンもあります。
これは、怖いといえば怖いですが、よく考えないと状況がつかみにくいという、
怪談としての弱さもあるような気がしますね。
「吹雪の山荘」ものは、推理小説でよく使われるシチュエーションですが、
もし外から殺人鬼、熊、あるいは幽霊が来たとしても、
簡単に飛び出して逃げることができない状況は、書く側に好都合な面があります。

推理小説の話を出しましたが、推理小説の場合は、
「雪と足跡」というのが一つのトリックの類例としてあるようです。
雪が積もってまわりに足跡のない家の中で人が殺されていた。
その人は雪が降り終わった後まで生きていたのは確認されているし、
それ以降は降っていない。こういう状況だと、密室殺人として演出できるわけです。
「足跡のない殺人」トリックのものは、
少し調べてみても日本・海外ともにかなりありますね。
雪が泥になったりしている場合もあります。
ただこれは怪談にはなりにくい。理由はおわかりでしょうが、
日本の幽霊は足がないとも言われていますしw
足があったとしても、宙を飛べたり、壁をすり抜けたりする能力を持つ幽霊なら、
足跡は残さないでしょうしねえ。

これに関して、妖怪系で面白い話があります。
「一本だたら」という妖怪が熊野(和歌山県)方面で伝わっていて、Wikiには
「和歌山と奈良県の境の果無山脈では、皿のような一つ目を持つ一本足の妖怪で、
 12月20日のみ現れるといい、この日は「果ての二十日」と呼ばれて厄日とされた。
 果無の名の由来は「果ての二十日」に人通りが無くなるからだともいう。」

奈良県でも、12月20日に山中に入ると一本だたらに遭う厄日と伝わっていて、
この一本だたらは電柱に目鼻をつけたような姿で、
雪の日に宙返りしながら一本足の足跡を残すのだそうです。

「たたら」は「たたらを踏む」のたたらなんでしょうか。
たたらは鍛冶に使う大型の送風機「ふいご」のことで、
これを扱うには力がいり、踏み損なうと前に数歩のめってしまう。
この状態が「たたらを踏む」なんだそうですね。
タタラ師と言えば鍛冶師のことで、鍛冶師が重労働で片目と片脚が萎えることが多く、
一本だたらの伝承があるところの近くには鉱山跡があることが多いという説もありますね。
実際に一本だたらが出たかもしれないという話もあって、
「2004年春には、和歌山県田辺市の富田という地域の田で1本足の足跡が発見され」
とWikiにも載っています。これはテレビで見た記憶がありますが、どうなんでしょう。
最近は妖怪をテーマにした街興しも盛んですから。

雪の妖怪系の真打ちはもちろん「雪女」ですね。
小泉八雲の小説で知られていますが、伝承は昔からあったもののようです。
室町時代の文献にも登場します。
多くの地域で雪女の伝承がありいますが、共通しているのは美女であり、
白い経帷子を着ていて、見た者は凍死、あるいは精を吸い取られて死ぬ、ということです。
まあ雪、あるいは厳しい冬を擬人化したものという解釈が妥当だと思われますが、
「言うな」のタブーと結びついて語られることが多いようです。

「猟師のグループが山中で雪女と遭遇し、年寄りは殺されるが、
 若い男は見たことを口外しない条件で助けられる。
 後日、雪の中で見た美女とそっくりな女が男の家にやってきて、
 夫婦になり子どもも生まれる。男はある日、妻となった女にふと、
 あの雪の日の体験を話してしまう。すると女は正体を現し、
 「裏切った」と言って男の命をとろうとするが、
 子どもの存在を思い、そのまま去っていく」

こういう話は、冬の後に春が来るという寓話としても読めそうではあります。

また、雪女の話に、暗く寂寥感のあるものが多いのは、
孤独な冬の幻想としての面があるのではないかとも言われています。
ただ1人冬の一軒家で吹雪を聞いていると、風が戸を叩く音が誰かの訪れのように思われる。
自分が待ち望んでいる者が訪ねてきたのではないかと夢想する・・・








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コメント
雪女のお話は、いろんな側面がありますね。
美女が迫ってきて精を吸い殺してしまう、という部分は男性受けしそうな気がしますし。
後半、家に尋ねて来て男と愛し合い、裏切られて寂しく去って行く姿は少女マンガ的、女性的発想な感じです。
語り手としていろいろな人が想像できますね。
だから、現代でも多くの人がロマンを感じ、作品に登場させるのかな、と思います。
椿 | 2014.12.15 12:54 | 編集
コメントありがとうございます
雪女は妖怪として分類されてしまうことも多いんですが
どっちかというと「文学性の強い民話」の主人公という感じがします
bigbossman | 2014.12.16 02:26 | 編集
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