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妻の実家

2014.12.29 (Mon)
えー今晩は。自分は妻の実家の話をさせてもらいます。ここは怪談を語る場所だって?
いやわかってます。でも、きっとみなさん興味深いと思いますよ。
まずですね、自分が妻と結婚したのが25のときで、今から10年前です。
大学3年のときに知り合いまして。それから4年つき合ってゴールイン。
え? のろけはやめろって? いや、そうじゃなくて・・・
この妻の実家というのがね、ある県の昔からの大地主で。それだけじゃなく、
その地方の精神的な支柱というか、祀り事を代々受け継いでる家系だったんです。
自分は親は平凡なサラリーマンですし、自分もそうですから、
妻の里帰りにつき合うと、そりゃびっくりすることだらけで。
結婚のとき反対されなかったかって?うーん、それはなかったです。
妻は次女でして、向こうには跡取りの息子も婿取りをした長女もいましたから。

餅を食べる

でね、息子が生まれる前は、年に一度くらいはそっちの実家に行ってたんです。
息子ができて、もっとひんぱんになりましたけど。
もちろん妻の実家には、結婚の前後、あいさつとかで何回か行ったんですが、
そんときはわからなかったんですよ。その・・・なんというか、世間と違ってることに。
ただ蔵や馬小屋まである大きなお屋敷だってことと、親戚の数が異様に多いくらいしかね。
ところが、結婚したのが10月で、その正月のことでしたね。
大晦日までは自分の実家のほうにいて、元旦からは妻の実家に行ったんです。
ぜひ来て、正月の様子を見ていってくれって義父に言われまして。
早朝に車で出て10時頃に着いたら、なんと使用人10人以上で、
庭で餅つきをしていました。でかい臼と杵を使った、昔ながらのやり方です。
つきたてを昼餉に親戚一同で食べるということでした。

40畳以上ある大広間に通されまして、親戚が20人以上膳についてました。
結婚式のときに紹介された人もいましたが、わからない人も多く、
ご挨拶するのが大変でした。で、近くの人と世間話をしてると、
次々餅が運ばれてきたんですが、これがね、三宝にのせられた巨大な塊なんですよ。
直径40cmはあったと思います。高さが10cmほど。
信じられないことに、これで一人分なんです。
まあね、儀礼的なもんだと思ったんです。ちょっと食べるだけであとは残すんだろうと。
普通そう考えますよね。そしたら、「これより一族で餅を食べますが、
 当家の血筋でないお客様はその間、ご案内しますので、
蔵の収集物をご覧になっていてください」当主がこう言ったんです。
それで自分は他の何人かと大広間を出され、血筋をひいている妻は残りました。

蔵の中の美術品はたいしたものでしたよ。かなり古代の物もあったと思います。
昔、歴史の教科書で見た、正倉院の収蔵物に似たのもありました。
でも出してあるのはほんの一部みたいでしたけど。
15分ほどそれらを見せてもらってから広間に戻ったら、
なんとどの人の三宝の上にも餅がなかったんですよ。驚きました。
あれって、重さにしたら5kg以上あったでしょう。
だからやっぱり少し食べて、残りは片づけたんだろうと。
ところがです、後で妻に聞いたところ、「餅は全部食べたよ」って言ったんです。
「えー。どうやって?」 「どうやってって、普通に一口ずつ」
「あれ全部をか?」 「そう。残しちゃいけないしきたりなの」こんな感じでした。
べつに、会席者のお腹がふくれてるとか、苦しがってる様子はなかったですよ。

集まってくる

それとね、ひっきりなしに客が来るんです。
まあね、旧家で地域の有力者となればそんなもんなんでしょうけど、
当主はいちいち出て行かなくてはならず、たいへんそうでしたね。
お客さんは、県や市の議員さんなんかが何人も来られたんですが、
それ以上に、変わった風体の修行者の方が多かったんです。
山伏の恰好をしてホラ貝を持った人とか、尺八片手の虚無僧とか、
頭巾をかぶって鼓(つづみ)を抱え猿を連れた人とか、琵琶法師とか。
で、そういう客は、庭の一角にある一族の神社に案内されるんです。
氏神神社って言ってました。塀の内側の敷地内にあるんですが、そう大きくはないです。
2間四方くらい。ほら、旧家だと庭にお稲荷さんの社がある家ってあるじゃないですか。
あれは小さいお堂が多いですけど。

それで、そういう不思議なお客さんたちがその氏神神社に入っていくのが、
大広間でお酒をごちそうになってるとき、ガラス越しに見えたんですよ。
最初のうちは、あのせまいとこによくあの人数が入れるもんだと思ってましたが、
次々に入っていくだけで、出てくる人がいなかったんです。
これも変ですよね、さっき2間四方って言いましたが、一辺が4mない建物なんですよ。
そこに、見てるだけで30人以上入っていきましたから、
立錐の余地なしなんてもんじゃない。
ぎゅうぎゅう詰めで立ってるのがやっとじゃないですか。
でね、その日の夕方になって、巨漢のお客さんがまた一人案内されてきたんです。
それが、冬だというのにすねと腕を出した野良着のようなのを着てまして、
でかい和太鼓を背中に担いで丸太のバチを持っていました。

その人なんですが、遠目でも髭ボウボウのボサボサ髪、
むき出した手足に剛毛が生えてるのがわかりました。巨漢って言いましたが、
相撲取りなんて比じゃないくらいでかい人・・・
昔、プロレスでアンドレ・ザ・ジャイアントっていたでしょう。
youtubeで見ましたけど、あんな感じで、身長2m数十cm、
体重も300kgはあったんじゃないかな。北斗の拳の山のフドウみたいでもありました。
その人も横にまわって神社に入ってったんですよ。
で、妻に「あの氏神神社って、地下に抜け穴とかあるのか?」って聞いてみました。
「いやね、高床だって見たらわかるでしょ。子どもの頃から何度も入ったけど、
 そんなものないわよ」こういう答えが返ってきました。
まあそう言われればそうなんですが、じゃああのお客さんたちは・・・

雨を止める

妻の実家には正月3日まで逗留させていただきました。でね、その3日の日に、
東方に向かって一族総出でお祈りをする儀式ってのがあったんです。
庭の東側に、数mの高さの望楼が築かれてありまして、
そこに一族が登って、日本の泰平を祈るんだそうです。
当主を先頭に20数人でやるので、望楼もそれなりにでかいもんでしたよ。
妻はその中には入ってませんでしたので、自分といっしょに下で見てました。
それを拝見してから帰る予定だったんですよ。
でね、その日は朝から冷たい雨が降ってたんです。
場所がわかると困るので言わなかったんですが、実家は南国で、
雪のほとんど降らない地方なんです。ああ、わかりますか。さすがですね。
時間になって、傘をさして出ようとしたら、妻が「いらない」って言うんです。

「雨は必ず晴れるから」ってね。でも、土砂降りとまでは言えないけど、
かなりの降りでしたから、そんなことないだろうと思ったんですが、
法衣のようなものを着た当主が一歩屋敷を出た途端、空にあった黒雲が四方に割れたんです。
そこから日の光が二筋さしてきまして、
望楼と、それから氏神神社の上にあたったんですよ。そしたら賑やかな音楽が、
氏神神社の中から聞こえてきて、屋根から鳩のような鳥がたくさん飛び立ちまして・・・
いや、形は鳩に見えましたが、金色に輝く鳥でした。
雲の裂け目は望楼のちょうど真上で、そこだけぽっかりと晴れた状態になったんです。
そこへね、当主始め一族が白衣をつけてしずしず登っていく。
儀式は小一時間もかかったでしょうか。その間じゅう音楽が響いていて、
ずっとあたりの空気の中にキラキラ光るものが漂ってた気がします。

こんなことが、実家に行くとあるんですよ。
最近は慣れたせいか、あまり不思議とも思わなくなってきましたね。
でね、結婚5年目のときに待望の息子が生まれまして、
もちろん実家には見せに連れていきました。なにやら儀式のようなことをされましたよ。
そのおかげか、病気一つすることもなくて。
去年の正月も妻の実家に行きました。息子が5歳になる年なんでぜひ連れてこいと言われて。
相変わらず、不可思議なお客さんがたくさん来てました。
でね、あの餅を食べる儀式に息子も参加させられたんです。息子はもちろん、
妻から血筋を受け継いでますし。自分は前と同じに別の場所で時間つぶしさせられましたが、
戻ってきてみると、当然のことのように、息子の前の巨大餅もなくなってました。
どうやって食べたか聞いても「おいしかったよ」としか言いませんでしたね。






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コメント
 あけましておめでとうございます。今年もこちらの怖い話を楽しみにさせていただきます。
 さて、オカルトのテーマで旧家というと陰惨な因縁話が多いですが、これは妙に明るい雰囲気ですね。特に「雨止み」のくだりなどは正月にぴったりのおめでたさ。ただ、さらっと「見るなのタブー」が仕込まれているような・・・
| 2015.01.01 20:25 | 編集
あけましておめでとうございます
正月が近かったので、少しおめでたい話を書いてみました
怖い話ではないのでナンセンス話に分類しましたが
それもちょっと違うような感じですね
本年もよろしくお願いいたします
bigbossman | 2015.01.01 23:56 | 編集
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