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氷継(ひつぎ)神社

2015.01.01 (Thu)
つい昨晩のことです、大晦日の。ある湖畔の温泉宿にいました。
場所は言えませんが、ここの方々ならおわかりになるかも。とても寒いところです。
雪はそう多くは降らないんですが、小さな湖が完全に氷結してしまうほど。
いえ、自分は客ではなく、小規模な旅行代理店のツアーガイドをしてるんです。
それもきわめて特殊な形のものばかり。
昨夜は、去年1年間を通じて募集したお客様18名をお連れして、
その湖のほとりにある温泉宿に逗留していました。
宿自体はねえ、何の特徴もない山間の温泉で、商品価値が高いとはとても言えません。
湯質がよいという評判もないですし、食事はあり合わせのものしか出せませんし。
ただね、営業自体はとてもとても古くからです。
建物は100年ほどで建て替えてるようですが、それがいったい何度あったものやら。

31日の午後に、当社の所有するマイクロバスでその宿に着きました。
そして宿から湖をはさんで反対側にある、氷継神社というところに参拝し、
その前で一夜を明かすんです。こう言うと初詣だと思うでしょうけど、
そうじゃないんですよ。年の明けない大晦日の9時過ぎにお参りするんです。
年が明けると、神社はなくなってしまいますから。
ええ、文字どおり消えちゃうんです。1年のうちに姿が見えるのはほんの数時間だけです。
お参りがツアーの主目的ではありません。
メインはそこで夜を過ごして、湖の神渡りを見ることです。
神渡りはご存じでしょう。諏訪神社の御神渡りが有名ですよね。
昼間の気温上昇で氷がゆるみ、気温が下降する夜中になってそれが収縮し、
大音響とともに湖面上に亀裂が走り氷がせりあがります。

それがまるで神様が湖の上をお渡りになっている途上のように見えるところから、
この名前がつけられました。
ただ諏訪湖の場合は、毎年見られるというわけではありません。
ある程度氷に厚さがないと無理なようです。諏訪湖では、これにまつわる伝説として、
諏訪大社上社の男神が下社の女神の元へ通う「恋路」とされているようです。
他の場所では竜神伝承として語られたりもするみたいですね。
ああすみません、職業柄つい説明口調になってしまいました。
・・・ここの湖では、この神渡りは毎年見ることができます。
それも、必ず1年が終わる大晦日の晩に起きるんですよ。
まあ不思議といえば不思議ですが、先ほど話した、
神社が忽然と現れ消えることのほうがもっと不思議でしょう。

ええ、1年が今の制度になったのは明治からです。
その前は、太陰太陽暦ですから毎年、大晦日から新年にかけての夜というのは、
1年365日の太陽暦とは違っていたはずです。
でもね、その時代時代の1年最後の日に合わせるようにしてこの現象が起きたのです。
つまり、単なる自然現象ではないということです。
・・・ツアーのお客さんは、1年かけて募集したと言いましたが、
毎年参加されるのは似たような方々です。ご夫婦も多い。
ただ、同じ方がリピーターとして参加されることはこれまでありませんでした。
これからもないことを祈っていますよ。
8時半頃に宿を出まして、バスで湖の対岸まで行きます。
ええ、あまり積雪がないからできるんですね。

湖自体は小さいです。周囲16km程度ということでしたから。
片道8kmはあっという間ですよ。外の気温は、昨夜はー18度でした。
ですから、お客様には当社で用意した極地用の防寒衣をレンタルしております。
風の強いところでしてね、体感温度はもっともっと低いですから。
対岸の鳥居の前では、宿の方が大きな焚き火を準備して待っていてくださいました。
ここでお燗をした御神酒をいただくんですよ。
あまり聞かないことでしょうけど、体の内部から暖めるのと、
・・・それとね、これも秘密なんですが、
1年間かけて特殊な薬草を浸出させてあるんです。
いえいえ、麻薬なんてことはありません。習慣性も副作用もまったくない。
これも長い長い間かけて確認されています。

火にあたって御酒をいただいているうち、神主様が到着されました。
もちろん神職のかっこうをしているわけではありません。
水干姿では凍え死んでしまいます。見た目だけで言えば冬山の登山家みたいですよ。
やがて時間が9時をまわり、お客様方には神主様の合図で湖のほうを見てもらいます。
湖をめぐる道路にはぐるりと当社が設置した街灯があり、氷結した湖面はよく見えます。
自分も湖のほうを見まして、神主様の合図があるまで絶対に振り向いてはならないんです。
いや別に、振り向いたら災いがあるとかではありませんが、
そうすると神社そのものも、神渡りも見えなくなってしまうんです。
背後でパンと手を叩く音がして、これが合図でしたので、
「どうぞお客様、振り返って後ろをご覧ください」自分がそう言います。

すると鳥居の後ろのまばらな林だった空間に氷結した小さなお社が出現しています。
何度経験しても、この瞬間は不思議ですよ。真新しく見える白木の神社は4間四方。
近づくとわかりますが、どこもかしこも表面が透明な氷で覆われているんです。
社殿の上部中央に「氷継神社」という扁額が見えます。「氷継(ひつぎ)」という名は、
釘一本使わず、氷結により木材がくっついているためと言われてますね。
自分を先頭に、お客様たちには列になってもらい、鳥居に歩み入りました。
社殿の前にかしずき、凍った扉を開けて神主様のお祓いを受けます。
社殿自体は青白く自発光しているような感じですが、内部は暗くて見えません。
ああ、手水やお賽銭などはありませんよ、そういったものとは体系が違うのです。
お祓いが終わると、特殊な防寒着でもすっかり体が冷えてしまいますので、
また焚き火に戻って2時間ほど過ごします。
それから、湖の水面に張りだした木の舞台に皆で行くんです。神渡りが始まります。

湖は小さいですから一望することができます。まず音から始まります。
ビシッ、ビキッ、バチバチ、始めは小さく、やがて耳をろうするような轟音へと。
湖面を何かが近づいてくるのがわかります。かなりのスピードです。
それは白い亀裂・・・氷が隆起した筋ですが、一筋だけではなく何本もあります。
亀裂の筋の先端に、青白い火のようなものが浮かんでいるのがわかります。
このあたりで、お客様方は口々に何かを叫び始めます。多いのは名前ですね。
その年に不慮の事故などで亡くなった、親しい方のお名前・・・
ここでは、その方にほんの一瞬だけ会えて、一言言葉を交わすことができるんです。
このとき「行かないでくれ、戻ってきてくれ、なぜ死んだ」などの言葉は絶対の禁句です。
そのことは1年間かけてお客様にしっかりと確認してあります。
死者を迷わせてしまってはいけないのです。

その年の亀裂は11本、ほぼ同じ速度でどんどん舞台に近づいてきます。
先端に浮かぶ青い光の中にぼんやりと顔が浮かんでいるように見えます。
ビキビキビキビキ、氷の割れる轟音が迫ってきて、自分は耳を塞いでしまいました。
お客様方は今や、舞台から身を乗り出さんばかり。
両手を前に突き出して抱きしめるポーズになっている方もいます。
亀裂は岸に到達し、青い火はお客様方とほんの数秒だけすれ違います。
そのときに言葉を交わすようですが、
近親者や恋人を亡くしたわけではない自分には聞こえません。
やがて青い火は一つに集まり、サッカーボールほどの球になって鳥居をくぐり、
氷継神社の扉の中へと飛び込むのです。そして神社は消えます。
後には呆然としたり、泣き崩れているお客様方。

・・・ツアーが終わって、このようなお手紙をお客様からいただきました。
概要だけ紹介します。「私の不注意のため、幼い息子を死なせてしまったこと。
 このため自分を責め毎日のように自死を考え、主人とも不仲になりました。
 あるところからこのツアーのお話を聞き、一瞬だけでも息子に会えるのならと、
 夫婦で参加しました。私を恨んでいるだろうと思っていた息子から、
 まさかあのような言葉が聞けるとは思ってもみませんでした。
 再び生きる希望がわき、主人ともども息子のために精一杯がんばろうと話しました。
 このツアーを企画していただき、本当にありがとうございました。
 いくら感謝してもしきれるものではありません」まあこんな内容です。
ええ、自分の担当はこのようなツアーばかりですよ。
もっと不思議な、神秘的な話もありますが、それはまた次の機会にでも。

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コメント
 夢枕や臨死体験で出会うのとはまた違った趣の、悲しくて優しい話ですね。冷静な第三者の視点(しかも直接は見えない)で語られていながら、「確かに何かが起きている」のが分かって好印象でした。
| 2015.01.05 19:15 | 編集
コメントありがとうございます
これはやや毛色の変わった話ですが、この旅行会社の人は
また出てくるかもしれません
bigbossman | 2015.01.05 22:43 | 編集
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