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霊を視る

2015.01.15 (Thu)
今晩は。じゃあさっそく話をさせてもらいます。
個人的にオカルトを研究しておりましてね、さまざまな幽霊事件に関する資料、
あるいは心霊画像、動画、はたまた曰くつきの骨董品、そういった物を集めております。
ええ、心霊スポット、パワースポットと言われる場所にも何度も足を踏み入れましたよ。
ところが、自分では1回たりとも幽霊を見たことがなかったんです。
それを、とても残念に思っておりました。
こういうことは生まれつきの才能が関係あるものなんでしょうか。
視力のよしあしによって夜空に見える星の数が違うように、
あるいは音感力のようなものに近いのかもしれませんが、
その人の持って生まれた霊感力のよしあしで、
霊体験をするしないが決まってしまうものなのか。

それとも、霊体験というのはきわめて稀なもので、
よほど運がよくなければ一生で体験することができない、
宝くじに当たるようなものなのか。
または他人様から強い念を受けてなければ霊を見られない、
例えば強力な恨みとかですね、そういうのがなくてはならないのか。
そんなことを考えておりました。ところがですね、
ある方面を通じて、たいへん優れた霊能者の先生を紹介していただきまして、
霊を見る、霊に遭遇するためのいくつかの方法を伝授していただいたんです。
ええ、結果的には霊を見ることはできました。とてもとても興味深い体験でしたよ。
ここにおられるのは、みなそういった方面の専門家の方のようですから、
とっくにご存じのことなのかもしれませんが、いくつか紹介させていただきます。



お会いした霊の者の方は、年の頃は50代といったところで、
山伏、山岳修験者といえばいいえしょうか。あの装束を、隙なく身につけておられまして。
それが、頼もしいようでもあり、また胡散臭いようでもありました。
いや、胡散臭いなどと言うのは失礼ですよね。向こうにしてみれば、
何が何でも霊を見てみたいなどという私のほうが怪しく思えたかもしれないですから。
でも、恰好とは裏腹に気さくに話をされる方で、今でもお世話になっておりますよ。
最初に連れていかれたのは、関西方面にある、とある神社の裏の杜でした。
有名なところですので、おそらくご存じでしょう。
時間は夜の10時過ぎでした。別に夜でなくてもかまわないんだそうです。
ですが、他の人がもし通りかかったりしたときに怪しまれるので、ということでした。
そこの斜面の草にゴザを敷いて、その上で「屈」をやらされました。

「屈」というのは、膝を折って正座した状態で、上半身を前に倒すことです。
これは、やってみられるとわかりますが、かなり苦しいです。
胸が圧迫されて息ができなくなりますね。
霊能者の先生は「まあ30分が限度で、それ以上やると失神することもあります。
 でも効果は確実ですから。大丈夫です、暗くても見えますから」
このようにおっしゃられて、そのまま行ってしまわれたんです。
いやあ、それは不安でした。怖いというより、何が起きるかわからない不安がありましたよ。
そのままの姿勢で、5分、10分とたちまして・・・
ガン、ガン、と木を木で叩くような音が聞こえました。
背中を強く、両側から押されている感じがしたんです。そして膝を折った姿勢のまま、
ひょいと宙に持ち上げられました。

左右に、とても力の強い者がいて、抱えられているという感じがしました。
そのままの状態で闇の中を運ばれていきました。
私の体にあたる感触で、両側の者は毛皮を着ているんじゃないかと思いました。
運ばれたのは長い距離ではありません。数百mといったところでしょうか。
急に、どっとばかりに地面に下ろされました。すぐに背中を押さえられ、
何かを体に巻きつけられ、まったく身動きができなくなりました。
その姿勢のまま、くるりと裏返されたのです。
いつの間にか私は、浅い穴の底にいるようでした。
そして、穴のまわりを囲んでいる者たちの顔が見えたんです。
みな髪の毛伸び放題、髭もじゃらの男たちでした。
私は叫びそうになりましたが、どさどさと上から土を落とされ意識が遠のいていきました。

ふと気がつくと、仰向けの状態で寝ていましたが、姿勢は前と同じで、体が動きませんでした。
霊能者の先生が私を見おろしておられました。どうも最初にいたゴザの上のようでした。
「どうでしたか? 霊に会えましたか?」
「ええ、・・・毛むくじゃらの男たちを見ましたが、あれが霊ですか?
 想像していたのとまったく違いました。何者なんでしょうか?」
「古代人ですよ」と、先生はこともなげに答えました。「あなたは屈葬されたんです」
「ええ?」 「あのポーズをして地縁のある場所にいると、
 この現象が起きることは知られています。強い呪力があるのでしょう」
「うーんでも、不自由な姿勢が苦しくて幻覚を見たのかも・・・」
「幻覚ではこんなことは起きませんよ」先生はそうおっしゃり、
小刀で私の体を縛っていたものをぶちぶちと切り、見せてくださいました。
太い蔓を何本も束ねたものでしたよ。



それから数日は体が痛くてたまりませんでした。
調べてみましたところ、「屈」の姿勢は、ヨーガのポーズに似たものがあるんですね。
その後、先生にお会いしたときに、このように聞いてみました。
「あのとき、古代人とおっしゃってましたが、巷では縄文人などの古い霊を見ることはない、
 なんて話もありますが、古代人の霊というのもあるものなんですか?」
「当然です」先生はこともなげにおっしゃいました。
「あれはあれで、実に興味深い体験でしたが、もう少し・・・なんというか、
 普通の方法はないでしょうか。あれはちょっと、あまりに霊体験のイメージとかけ離れてて」
こう言うと「まあそうでしょうね。わかりました。では、もっと簡単な方法をやってみましょう。
 水を使用するものです。ただそれは、わたくしが特殊な処理をした水で、
 つまりは特殊な方法ということです。それでよければいくらでも見られますよ」

ということで、細々と指示をされました。
先生が力を込めた水を、1Lのペットボトルの1/5ほどまで入れます。
これを通りの道が見える部屋のテーブルの上に置きます。この条件が難しいんですよね。
たいがいの家というのは塀があって部屋からは通りが見えないようになってます。
あとは黄昏どきに、寝転んだ状態で通りの方向を、
そのペットボトルの水を通した状態で見ている。
すると、かなりの確率で霊的なことが起こるというのです。
なんとか諸条件をクリアした場所を見つけて短期間借り、さっそく実験してみました。
といっても前回のように苦しいことはありません。ただ寝転んでいればいいだけですから。
ペットボトルからせまい庭を越えた通りの景色は、ゆがんでぼんやりとしていました。
そこは住宅街の小路で、車はめったに通りませんし、人通りも少ない。

それでも日が沈む30分ほどの間に10人ほどは通行人がありましたが、
特別なことは起きませんでした。かなり暗くなってきて、
「ああこれはダメかな」と思ったとき、道の真ん中に女の人が立っているように、
ペットボトルごしに見えました。青い柄のついた白い着物を着ているようでした。
「ん?」と思うまもなく、女の姿はずんずんと大きくなり、
ペットボトルの水がさわってもいないのにバチャバチャ揺れたんです。
中いっぱいに女の顔が浮かび上がり、くわーと大きく口を開け、
そっからくるんと裏返るようにして消えたんですよ。
呆然としていると、先生が入ってこられましたので見たものを言うと、
ペットボトルを持ち上げ、「ふむ、たしかに入っている」そうおっしゃって、
御札のようなもので口を封印しました。

「これはあまりよくないもののようですね。恨みを持った女のようです。
 ですが心配はいりません。女からはあなたの姿は見えないし、こうやって閉じ込めましたから」
「それをどうなさるんですか」「ご縁ですので、浄化してやりますよ」
「それにしても、今回はいやに簡単でしたね」「満足なさいましたか」
「はい。・・・どういう仕組みなのか、少しでも教えていただけますでしょうか」
「うん、霊的なものはつねに漂っていますが、黄昏どきが一番見えやすくなる。
 それと、この場合はペットボトルがレンズのような効果を果たしているんです。
 だんだん大きくなって見えたでしょう。・・・昔、陶器の器しかなかった頃は、
 このようなことも少なかったのですが、ガラスやこうした透明容器が増えた現在は、
 かえって霊が見えやすくなっているのかもしれません。
ですから、ペットボトルの水なんかを飲み残して放置しておくのは危険な面があります」
こう言い残して、ペットボトルを持ち帰られたんです。







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