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さんさい

2015.02.01 (Sun)
うちの親父がまだ結婚してない時分のことだから、もう何十年も昔の話ですよ。
親父は農業でしたが、稲刈りが終わると仕事にも余裕ができて、
山に入ってキノコ狩りをするのが楽しみでした。
リュック一杯に採ってきたのを、秋野菜と鍋の具にしたり、
焼いて塩をふり、酒のつまみにしたりです。
行くのは家の持ち山と、それに続く国有林です。
当時はリュック一つ分くらいのキノコで文句言われることはなかったそみたいです。
それほど険しい山でもなかったそうです。獣道よりはややましな踏み跡がついてまして、
枯葉がそろそろつもり始めた頃。
午前中いっぱい採ってから国有林のほうに入り、
そろそろ昼飯にしようかというところで、道脇に奇妙なものを見つけました。

一言でいうと塚なんですが、見たこともないものだったんです。
金の・・・といっても塗りなんでしょうが、一つ5cmほどの木製の仏像、
親父はそういう信心方面にはあまり詳しくなかったんですが、
一体一体違った顔つきをしていたので、羅漢様じゃなかったかと言ってました。
それが全部で20個ほど三角山状に積み上げられていたんです。
本来ならね、何か信仰にかかわるもんだからさわっちゃいけないと思うところですが、
興味を引かれた親父は塚を崩してみたんだそうです。
そしたら小さい羅漢様たちの下には、4つ折りにされた和紙がありました。
白いものでしたが、濡れても汚れてもおらず、
たった今入れたばかりのように見えたそうです。まあ当然のように開けてみました。
すると、中に入ってたのは白い粒・・・人間の前歯だったそうです。

それが何かに気がついて、親父は「うわ」と言って放り捨てました。
ただね、気味が悪くなったので、下に和紙を置いて、
また羅漢像は元のように積み上げておいたそうです。
いったん開けた日当たりのよい場所に出て、
枯木に腰掛けて昼飯の包みを広げた。握り飯にかぶりついたんですが、
そのとき上あご前歯にズキンと痛みを感じたんだそうです。
思わず飯粒を吐き出すほどの。握り飯自体は、今朝握ったばかりのものでした。
痛むところを舌でさわってみると、前歯が一本なくなってる。
でもね、散らばった飯粒の中にも抜けた歯は見あたらなかったそうです。
痛みがひどくてたまらず、湧き水のあるところまで走って、
冷水で何度も口をゆすいでいたら、そのうちに治まってきました。

それで中断してた握り飯を片づけて、国有林のほうへ入っていきました。
戦争にも行った昔の人ですから、歯の一本くらい、
たいして気にしなかったんだと思います。毎年の場所へ行くと、一面に舞茸が生えてる。
親父はもう歯のことは忘れて夢中で採っていました。
そしたら大木の根元にまた塚があったんです。先ほどのものとそっくりでしたが、
羅漢様の数が少し増えて、塚自体が高くなっていたようです。
羅漢様の顔も、前のよりも表情が険しくなって怒っているように見えたそうです。
もちろん先ほど同様に崩してみました。中には同様に4つ折りの和紙。
ただし中身は歯ではなく、爪だったんです。それも爪の根元には指の皮膚がこびりついて、
血が和紙ににじんでいたそうです。これもついさっき剥がしたばかりの様子。
前よりもいっそう不気味に感じ、爪を和紙に戻し、それを敷いて羅漢像を積み上げました。

まだ陽は高かったんですが、
そんなことがあったのでもう帰ろうと思いました。収穫は十分でしたし。
いったん渓流に出て下の道を戻ろうとしました。
斜面を下っていると急に足元の土が崩れた。
あわてて近くの灌木をつかんだんですが、元々何かにひっかかって曲がっていた枝らしく、
ぐりんと幹が回って、つかんでいた親父の右の人差し指の爪が弾け飛んだんです。
「あっいててて」親父は尻餅をついて河原まで滑り落ちていきました。
幸い指以外のケガはなく、渓流の水で冷やしてから手ぬぐいで縛りましたが、
きれいに爪一枚が剥がれていたそうです。
ここに至って、さすがに迷信が嫌いな親父でも思い当たりますよね。
羅漢の塚の下で歯を見つけた直後に歯が抜け、爪を見つけた直後に爪が剥がれた。

それは何かあると思うでしょう。びくびくしながら河原を歩いていくと、
下のほうから白ずくめの人が歩いてくる。修験者です。
奥の山地はこの地域の修験場になっていて、修験者は今でもちょくちょく見かけます。
その人たち相手の温泉まであるんですよ。親父はていねいに礼をして行き過ぎようとしたら、
「あ、待ちなさい」と呼び止められた。その修験者は片方の目がつぶれ、
白い顎髭を長く伸ばし、そうとうな高齢に見えたそうです。
「あなた、とてもよくないものに寄られているようです。山中で何かありましたか」
こう聞かれたので、迷ったものの、あったことを話しました。
羅漢像の塚と歯と爪のことです。修験者は少し考え込んでいましたが、
「それは、さんさいというものだろう」こう言われて親父は、「山菜」のことと思ったそうですが、
そうではなく、漢字にすると「三殺」と書くのだそうです。

ほら「相殺(そうさい)」という言葉があるでしょう。あの「殺(さい)」です。
それは何かと親父が訪ねると、修験者は逆に「あなた何か人に恨まれることはありますか」
こう尋ね返してきました。・・・実はあったんですね。その頃親父は親戚の一人と、
激しい土地争いの裁判をしている最中だったんです。
親父はすっかり観念してそれを隠さず話すと、修験者は、
「あそう。じゃ、その相手が三殺を仕掛けてるんだろう。
 このままだともう一度、羅漢塚を見ることになるよ」
あっさりした口調で言ったそうです。「見ればどうなりますか」
「最後の三つめだから命取りになる。塚には臓腑の一部が入っている場合が多いが、
 脳だったこともあるらしい」
親父は驚いて、すがるようにして修験者を見ました。

修験者は「何かの縁だろうから、助けてあげたいが、相手との力比べになるな」
そう言って背の荷から矢立を取り出し、筆を渓流の水に湿して、
親父の首筋になにやら字を書いたそうです。それから親父に、
「帰りの道は目を半眼にして、脇見をせず足元だけ見て歩きなさい。
 村の道まで降りられたら大丈夫だろう。
 家に着いたら、仏壇の前に行って、神さん仏さんをよう拝みなさい。一家全員で」
こう教えたんです。
親父は修験者を伏し拝んで、持ってた物を渡そうとしたんですが、
「効くかどうかはまだわからないから」そう言って断ったそうです。
そこからはもう、おっかなびっくり。自分の長靴の足先だけをみて歩きまして、
なんとか家までたどり着くことができました。

道中、またあの塚を見てしまったらどうしようと思うと、
生きた心地がしなかったと言っていました。その後、家では教えられたとおり、
父の両親と年寄り、家にいた父の弟、妹らで神棚、仏壇に長くお祈りをしたそうです。
まあ、どこまで本当のことかはわかりませんが、
こういう話を子供時分に聞いたんですよ。
え、土地争いの裁判ですか? それが・・・争っていた親戚なんですが。
地裁の判決が出る前に亡くなったんです。
夜に酔って歩いていて溜め池に落ちたのだと聞いています。
裁判はなくなりまして、土地は私ら家のものになったはずです。
親父が死んだときに相続で手放しましたけども。最後にね、話に出てきた修験者ですが、
私も山に入るようになって、何度か見かけたことがある気がするんですよ。

ええ、親父の亡くなった後です。
ありえないほど若々しい身のこなしで滝を登ったりしてました。
そのとき、片目だったのも見ているんです。
でもね、親父の若い自分にすでに高齢だったとすれば、
もうとうに百歳を越えているはずですし、さすがにそれはありえないですよね。
おそらく別の人なんでしょう。
もしあれをやって長生きできるのなら、私もやりたいですけどね。
「三殺」ですか。幸いにして山で見たことはありません。
ええ、人の恨みを買わなければ、そうしたことは起こらないんでしょうから、
せいぜいまっとうに生きるように努めていますよ。
聞いていただいてありがとうございました。






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