節足

2015.02.02 (Mon)
1ヶ月ほど前のことです。会社の新年会がありまして、普段は1次会で帰るんですけど、
その日はなんだか調子よく飲んでしまい、2次会のカラオケ、
3次会のバーにまで行ってしまったんです。先輩の真紀さんに誘われたせいもあるんですが。
それでも、真紀さんといっしょに終電前には店を出たんです。
私はかなり酔ってしまってましたが、
乗る電車が真紀さんと同じ方向なので心強かったんです。
タクシーで駅に行くと、ホームに人はパラパラとしかいませんでした。
電車が来たので真紀さんと並んで座りましたが、
そのうち2人ともこっくりし始めたんです。
私は終点で降りますし、真紀さんはその一つ手前でした。
そうですね、そのとき車両にいたのは私たちを入れて5人ほどだったと思います。

ガクンと揺れがあり、どこの駅か確かめようと目を開けました。
すると、向かいの座席に女の人がいたんです。
その姿を見た途端、一気に酔いが覚めた気がしました。
とても不気味な印象だったんです。黒い長い髪を無造作に両脇にたらし、
大きなファッショングラスをしていました。年齢はよくわかりませんでした。
同じ女の目から見てもはっきりしなかったんです。
40代にも見えるし、もっとずっと若いようにも・・・
でも、異様と言ったのは顔のことではないんです。スタイル、体型ですね。
かなり痩せていて、手足が細くて長かったんです。
服装は肌にぴったりした黒のセーターと同じく黒のスキニーデニムでしたが、
肩、ヒジ、ヒザの部分がぐっと突き出ていて、
なんというかその、節足動物みたいに見えたんです。クモやエビの仲間のことです。

それと、ファッショングラスの中の視線です。レンズは薄い青でしたが、
肩をすぼめて首を埋めるような姿勢で、
そのレンズの中の小さな目でじっと私たちを見つめているように思いました。
「ああ、気味悪い人」と思い、目をつむってしまいました。
でも気になったので薄目を開けると女の人の口がマンガのようなひし形に開いていたんです。
あくびをしてるのかなとも思いましたが、そうじゃなく、視線は私たちに向けたままでした。
そして、その口から白いものが出てきました。
糸・・・だと思いました。クモの糸のように細い。照明で光っていたのでわかったんです。
糸は何の支えもないのに、生きて意志があるようにシュシュシュッと伸び、
私たちの手前まできて先端が2つに枝分かれしたんです。
そして一方が私の顔、もう一方が真紀さんの顔のほうに・・・

頭を動かして避けようとしたんですが、どういうわけか体が動きませんでした。
糸はキラキラ光りながら目の前まで迫って、ぴっと下唇にあたった感触がありました。
横目で見ると、もう一方は同じように真紀さんの唇に。
いくら酔っていたとしても、これほど体が動かないというのは考えられないことでした。
麻痺してる、という感じがしたんです。
もしかしたら、その人の視線で射すくめられた状態になっていたのかもしれません。
ほら、蛇ににらまれた蛙って言葉があるじゃないですか。
その女は、ますます肩を高く上げ、両手を口の前にあてて、
あの絵、ムンクの叫びのようなポーズになりました。そして・・・
口から、白いヒルのようなのが2匹出てきました。
背筋にぞくぞくと冷たいものが走りました。

それらは器用に、通路に伸びている糸にそれぞれ乗り、
ゆっくりゆっくりと私と真紀さんのほうに這ってきたんです。
叫ぼうとしたんですが声も出ませんでした。目の前にせまってきた白いヒルは、
5cmほどで丸々と太っていました。目も口も触覚もなかったと思います。
ヒルが唇に触ったのがわかりました。吐き気がこみ上げてきました。
でも動けない。必死で歯を食いしばっていました。
唇の上をヒルが這い回る嫌な嫌な感触がしました。
横目で見ると、もう一匹のほうはよく寝ている真紀さんの唇にするりと入り込み、
見えなくなってしまったんです。そのとき電車が駅に着き、
その女は私のほうをにらんだまま立ち上がりました。そしてそこで降りたんです。
何人か乗客が乗ってきて通路を通りました。

だから糸や私のほうに来ていたヒルがどうなってしまったかわかりません。
気がつくと体が動くようになっていたので、真紀さんを揺り起こしました。
「うーん、なにもう着いた?」かなり眠そうな真紀さんを揺さぶって、
今あったことを話しました。
真紀さんは途中まで聞いて「それ・・・夢じゃないかな。だってねえ、そんなこと」
こうおっしゃいました。そう言われると、私も自信がなくなってきたんです。
口から糸を出してヒルを送り込んでくる女・・・なんて普通いるはずがないですよね。
そんな気になってきました。真紀さんの降りる駅に着き、真紀さんは、
「じゃあ、月曜にまたね」と言って降りていきました。
私は部屋に戻ってから、シャワーを浴び、何度も何度もううがいをしました。
でも寝る前には、やっぱり夢だったんだろうなあと思うようになっていました。

その後1週間ほど、特に変わったことはなかったんですが、
2週目に入ると真紀さんが痩せてきたのが誰の目にもわかるようになってきました。
元々スタイルのいい人だったんですが、腕や足が細くなり、関節が浮き出てきたんです。
仕事でのミスが多くなり、上司に病院に行くことを勧められました。
そして早退したその日から行方不明になってしまったんです。
会社は無断欠席で、携帯も固定電話もすっと呼び出し中・・・
実家に連絡したんですが、帰ってない。マンションの管理人に上司が事情を話し、
部屋に入ると、携帯もカード類を入れた財布も、貯金もそのまま残っていたんです。
実家と相談して、警察に捜索願を出すことになりましたが、
それからずっと行方はつかめませんでした。
そして昨日のことです。休みでしたので買い物に出たんです。

ええ、いつも通勤で使っている電車でです。それから乗り換えたとき、
その電車に黒ずくめのファッショングラスの女が乗っていました。
あの新年会の帰りに見た女によく似ていましたが、真紀さんだったんです。
そのことはすぐにわかりました。
真紀さんドア近くに座っていて、私がその前に建つような形でした。
ただ体型が痩せに痩せて、あの女そっくりになっていました。まるで手長エビみたいに。
「あの、真紀さんですよね」私が声をかけると、
真紀さんは首を数回横に振ったんですが、人間の動きとは思えなかったです。
それからファッショングラスを外したんですが、両眼は丸い白い点になっていました。
真紀さんまた何度か首を振りました。
そしてその人間ではなくなった目から涙がこぼれ落ちたんです。

真紀さんはあの女のように口をひし形に開きました。
中にらちらちらと白いものが見えました。あのヒルが口いっぱいにいたんです。
電車が途中の駅に着き、真紀さんは涙をこぼしながら、
私に「早く降りろ」というように手の甲を向けて振りました。
私は後ずさりするようにして電車を降り、すぐに携帯で上司に連絡しました。
「真紀さんを見た」と。
「なぜ引きとめなかった」と言われましたが、理由は答えられませんでした。
上司が警察に連絡し、警察ではその路線を調べてくれたようですが、
結局、見つからなかったんです。
いったいあの女はなんだったんでしょうか。真紀さんはその仲間になっちゃったんでしょうか。
もし、もしもあのヒルが、口に入っていたら私も・・・






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