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剣力

2015.02.19 (Thu)
小・中・高と通ってた剣道の道場での話です。
小学校でやってる剣道のスポ少の母体となってたとこなんです。
そこのやつらが中学校で剣道部に入って。
でも中学校の練習って形だけしかなかったんです。顧問の先生が剣道未経験者でしたから。
学校が早く終わった帰りに道場に寄ってやるのが本格的な稽古だったんです。
そこは地区の剣道連盟が主催してるところで、月謝は3千円、実費に近いような形で、
運営はボランティアみたいなもんでした。道場主というのは特におらず、
連盟の偉い先生が入れかわり立ちかわりきて教えてくれてました。
ときどき、道場のOBの大学生や若い警察官なんかも来て相手をしてくれたんです。
稽古の半分が自分らより年上でしたから、自然と強くなりますし、
中3のときには県で団体優勝して全国までいったんですよ。

その道場の帰り、川端をずっと歩いて帰るやつが多かったんですが、
当時は外灯もまばらで、不気味な感じのする道だったんですよ。
川はずっと下にあって真っ黒に見えるし、河原の草むらに野犬か野生動物でもいるのか、
いつも何かが走ってるように草が鳴ったりして。
それで、その道の真ん中辺に川を渡って水道管が通ってて、
その上に人しか通交できない細い金属の橋があり、
下にはひょろ長い柳の木が生えてて、幽霊の噂があったんですよ。
ときおり柳の枝のすぐ下に、白い霧のようなのが渦巻いてて、
それだけのときが多いけど、霧の色がだんだんに濃くなって人の形をとることがある、
なんて。ええ、白い霧は小学生のときにも見たことがあります。
でも、そんなに怖くなかったですよ。仲間といっしょのときだったし。

何かの自然現象だと思ってました。たぶん川に面したあたりに排水溝のようなのがあって、
まわりと温度の違う水が流れてる。
そっから立ち上った霧が、気流とかの関係で木の下に溜まりやすいとか。
あるとき・・・中2の5月頃。うん、確かそうです。
中体連の大会直前で、稽古の時間が長くなって、
帰りがいつもより1時間くらい遅くなったんでした。8時少し過ぎたくらいです。
道場には少数ですが女子もいましたし、
その日きてたOBの人が手分けして送ってくれることになったんです。
僕らの通る川沿いの道には、若い商工会職員の男の人がついてくれました。
青柳さんって名前にしときます。気さくで話の面白い人でして、剣道も強かったです。
高校のときにはインターハイで全国3位になったって話でした。

その道々ですね。柳の下の幽霊の話が出たんですよ。青柳さんは僕らの話を聞いてて、
「ふーん」という顔つきになり、
「お前ら幽霊って信じるか?いや、俺は信じてなかったんだが、
 あることがあって考えを変えた。幽霊っているんだよ。だけどあんまり力はない」
こんなことを言い出したんです。僕らを怖がらせようとしてるんじゃないかと思いました。
そのうちに柳のある場所に近づいてきて、
そしたら繁った葉の中に見え隠れするように白い霧が溜まってたんですよ。
「あれです」と誰かが言うと、青柳さんは目を細めるようにして見ていましたが、
「うん、これは霊だ」って言いました。
それから続けて「お前とお前、防具を置け。俺の木刀を貸してやるから、
 あの霧に向かって斬りつけてみろ」って。柳は下の河原から生えてるので、
白い霧は道と同じくらいの高さでしたが、距離は10mは離れてました。

それで「面白いことになった」と思って、まず俺が霧に向かって中段で構えました。
もちろん何の変化もありません。
それから声を出して打ち込みの動作をしたんですが当然ながら同じことです。
もう一人の指名されたやつもやってみたんですが、僕と変わりなかったです。
「やっぱり、お前らでは修行が足りないか。見てろよ」
青柳さんは、木刀を手に取ると切っ先を霧に向け、気合い一閃、
鋭い打ち込みを入れました。すると驚いたことに霧が動いたんです。
いえ、偶然じゃありません。だって、ほら、コーヒーにミルクを入れたときみたいに、
霧が黒いバックに溶けて渦を巻いたんです。
それから一気にしゅっとまとまって人の形になり、
そのまま足の方から引っぱられるように川に向かって沈んでいったんです。

その間5秒とかそんなもんでした。青柳さんは得意そうな顔をして、
「どうだ、修行を積めばこういうこともできるようになる。
 お前ら、いつもここ通るんだったら、あの霧を見かけたら打ち込んでみろ。
 そうすればどれだけ自分の剣に気がこもってるかの目安にもなる。
 幽霊には少し気の毒だけどな」そう言って笑ったんですよ。
それからは、そこを通るたび、霧を見かけたら試してみました。
他のやつらもいっしょでしたから、怖いというより興味津々だったんですが、
一度として霧が動いたためしはなかったです。他のやつがやっても同じでした。
まあ、小中学生の気迫、精神力なんてそんなもんなんでしょうけど。
あまり何も起こらないんで、青柳さんのときに見てたやつも、
「あれ偶然風が吹いたんじゃない」とか言い出すやつまでいました。

その年の大会は地区は抜けたんですけど、県大会では3回戦止まりでした。
青柳さんは県大会が終わると来なくなって、僕らは3年生になりました。
それで前に話したように、3年生では県大会で優勝したんです。女子は3位でした。
剣優勝は道場始まって以来でした。ですから、それは大騒ぎになりまして、
祝勝会をやることになったんです。それも2回。
一回目は焼き肉屋で食べ放題。そして2回目は道場で保護者の方とかも集まって、
レク大会みたいなやつ。そんときにたくさんのOBの人に混じって青柳さんも来たんですよ。
たくさんお酒を飲んで上機嫌でしたね。
それで、その日は稽古じゃなかったんで手ぶらで、
みなでぶらぶら川沿いの道を帰りました。
青柳さんも一緒です。柳の横を通ったら、また白い霧が溜まってました。

それで去年のことは覚えてましたから、みなで青柳さんに、
「あれ、またやってみせてくださいよ」って頼んだんです。
青柳さんは前と違って自信なさげな感じで、
「酒飲んでるし、木刀も持ってきてない。上手くいくかなあ」そう言いながら、
右手を前に出し、左手で手首をつかんで手刀にしたんです。
そして大声を出して踏み込み・・・霧は微動だにしなかったんですよ。
「ああ、やっぱりなあ」青柳さんは照れたように笑って、同じ動作をもう一回しました。
すると、広がっていた霧がギュンと固まって、細長く矢のような形になり、
こっちに向かって、青柳さんの顔に向けて飛んできたんです。
そしてびしっという感じであたり、
青柳さんは倒れませんでしたが大きくのけぞりました。

霧はちりぢりに散ってからまたす少しずつ戻っていき、柳の下に溜まりました。
青柳さんは頭をふりふり「ああ、やっぱりなあ。ダメだなあ」こう言いました。
たいしたダメージはなさそうだったので、僕らのほとんどが、
青柳さんを真似て手刀打ちをしてみましたが、もう霧はピクリとも動きませんでしたね。
「さあ、お前ら帰るぞ」青柳さんが言いました。
勇んで出場した全国大会は予選リーグ敗退。
全国レベルというものを肌で感じさせられました。部活動は引退になったので、
しばらく道場には通いませんでしたが、高校では剣道を再開するつもりでした。
というか、剣道の推薦で入学が決まったので、受験勉強もなく気楽なもんでした。
そして僕が高校に入学した4月、青柳さんが警察に逮捕されたんです。
商工会のお金を使い込んだって、ニュースで言ってました。






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