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大黒漫才

2015.02.20 (Fri)
母の介護をしています。といっても、寝たきりではなく身の回りのことはできるので、
まだそれほどの苦労はありません。通院の日に仕事を抜けて車に乗せ、
病院内で車イスを押す程度のことです。今のところはそれで済んでいます。
今年のお正月、母を連れて地域の老人クラブに出かけました。
公民館でやった集いです。昔は、かぞえ年といって、
正月とともに一つ歳を重ねることになっていたようですので、
その意味もあったのかもしれませんが、「長寿の集い」という名称になってました。
内容はけっこう充実していました。始めに内科医の先生が出てこられて、
パワーポイントを使って、長寿のために日常気をつけたいことを、
いろいろ教えてくださいました。老人の相手に慣れている方のようで、
内容は少しも難しいことはなく、母もうなずきながら聞いていました。

当日の出席者は15名ほどだったと思います。一人で来られた方と、
私の母のような介護付きの方が半々くらいでした。
医師の先生のお話の後は、近くの幼稚園の子どもたちによる歌と踊り、
太鼓の演奏でした。これはとてもかわいらしく、出席者の方はみな大喜びでした。
そして最後が漫才だったんです。
漫才といっても、寄席やテレビで芸人の方がやっているものではなく、
昔ながらの古典芸能の漫才だったんです。
まだお正月の松の内でしたのでそういうのをやったんだと思いました。
お面をつけた和装の方が2人出てこられ、
一人は大きな袋と打出の小槌を持ってらしたので、大黒様なんだと思いました。
耳が大きく、福々しいほっぺたを赤く塗ったお面でした。

もう一人は黒っぽい地味な装束で、
なんとなく西洋の悪魔を思わせるお面をつけていました。
始まったとたん、集まっていたお年寄りのみなさんが爆笑を始めたんです。
正直、意外でした。私にはどこが面白いのかよくわからなかったんです。
言葉も、昔風の言葉と地域の方言が混ざっているようで、
ほとんど理解できなかったんです。ただ、陽気な響きであることはわかりました。
これは、お年寄りの方には言葉が理解できるが、若い人にわからないせいか、
とも思いました。介護に来ている付き添いの人や、公民館の関係者の方は、
私と同じでほとんど笑ってなかったんです。それと、母の友だちでご近所に住むサカエさん、
というおばあさんも笑いませんでしたね。とにかく母が涙を流しながら笑って、
車イスからずり落ちそうに何度もなったので、支えるのがたいへんでした。

途中、母は何度もサカエさんの背中を叩く仕草をして、
「ほら面白いだろう、あんたも笑え」というようなことを言ってました。
サカエさんは硬直したように前を見ていましたが、やがて目をふせてしまったんです。
漫才自体は、言葉はわからなくてもひょうきんな仕草と、全体のリズム感で、
それなりに楽しめるものではありました。
やがて、打出の小槌で大黒様が悪魔の額を大きくぽーんと叩き、
悪魔がよろけて尻餅をつき、すぐに立ち上がって2人で声を揃えて何やら歌い、
深々と礼をして終わりになりました。
もう、拍手題喝采です。園児さんたちのお遊戯より受けたんじゃないでしょうか。
お土産が配られて会が終わりました。母はサカエさんに何か言っていましたが、
サカエさんは首を振って一人で帰って行かれました。

私は母の手を引いて車に乗せました。そして車中で、
「あの漫才、今まで見たこともないくらいに笑ってたけど、そんなに面白かった?
 私は何を言ってるか言葉がほとんどわからなかった」
こう言ったんです。そしたら母は、
「あれね、怖いもんだったよ。昔、見たことがある。みなは無理をして笑ってたんだ。
 わたしもそうだよ。だってまだ死にたくはないからねえ。
 なんで町はあんなのを寄こしたんだろうね」こんなふうに言ったんです。
「怖いもの? あれが? どういうこと」
母はそれには答えず、「サカエさんも笑えばよかったのにね。
 あの人も長男に先立たれて、この世に未練はないのかもしれないねえ。
 わたしの喪服、箪笥から出しておいておくれ」こう続けました。

「お母さん、なに言ってるの?」母は目をつむって、もう答えようとしませんでした。
その翌3日後のことです。サカエさんが亡くなったという知らせが入りました。
脳梗塞で台所に倒れているところを、町の介護士さんが発見したんです。
私はすぐに手伝いに行きましたし、お葬式にも出席させていただきました。
母はお葬式には行けませんでしたが、サカエさんの家には私と一緒に行き、
お仏壇にお線香をあげさせていただきました。
そのときも帰り道で、母に、「どうしてサカエさんが亡くなるってことがわかったの?
 喪服の話してたよね」と聞いたんですが、母は黙っていました。
それから2週間ほどたった1月の末です。
私は町の給食センターで非常勤の栄養士をしており、
その日は町営の介護老人施設に行ったんです。仕事は午前中で終わりました。

帰りに駐車場に行くと、大きなミニバンが停まっていました。
白い車体に大黒様や恵比寿様の絵柄が描かれていて、
この間公民館で見た漫才の人にそっくりだったんです。
そういえば、その日午後から、何かの催しがあると聞いていたような気もしました。
ミニバンの運転席には作業着の若い人がいて、
後ろの席にあの漫才師さんたちらしい和装の人がいました。
私が後ろのほうをまわっていったので、こちらには気がついていないようでした。
スライドドアが開いて、一人が降りてきまして、
あの公民館のときの大黒様でした。もうすでにお面をつけていたんです。
続いてもう一人、黒子のような服装の人が降りてきました。
「あっ!」と息を飲みました。その方はお面を手に持ってたんですが・・・

ですから素顔だったと思うんですが、その顔が真っ黒だったんです。
黒人の方の茶色が混じったのとは違って、墨を塗ったような黒で、
でも、墨を塗ってたわけでもないと思うんです。
目も口も見あたりませんでしたから。
もしかしたら、漫才の内容に関係があることで、
ストッキングのようなのを被っていたのかもしれません。・・・そう思いたいです。
2人は立ち止まって口を押さえていた私に気がつかなかったようで、
黒装束の方はお面をつけ、並んで施設の入口のほうへ向かっていきました。
私は、すごくよくないものを見てしまった気がしました。
母の言葉も思い出しましたし。それで、後ずさりして車の横を離れ、
しばらく時間をおいてから自分の車に戻って、一目散にその場を後にしました。

それから1週間ほどして、その老人施設でインフルエンザの集団感染があり、
お年寄りの方が3人亡くなりました。
地方のテレビや新聞が取り上げ、施設長が緊急に会見を開くなど、
大騒ぎになったんです。その後も、お年寄りの方はさらに2人が亡くなりました。
家で母とそのニュースを見ながら、
「ここの施設、あの漫才師さんたちが慰問をしたみたいだよ」と、
あのときのことを話したんです。母は心底驚いた顔で、
「その人たちに気づかれなかったんだろう。よかった、よかったね。
 黒いほうはそんなに怖いもんじゃないけど、大黒様の素顔を見なくてよかったねえ。
 ほんによかったねえ」こう言って、それ以上は頑として口を開きませんでした。
・・・あれはいったい何だったんでしょうか? 亡くなったお年寄りの方たちは・・・






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コメント
 お年寄りたち(サカエさんも含めて)は、なぜこの大黒漫才が「怖いもの」だと知っていたのか・・・笑ったのはやはり魔除けでしょうか。
 大黒天になる前のマハカーラは強力な破壊神だったということですが、それともまた違うようですね。語り手さんが言うように、禍々しい感じがします。
| 2015.02.23 23:32 | 編集
コメントありがとうございます
おそらくですが、漫才の人たちは昔は正月の門付け(各家々の訪問)を
していたんではないでしょうか
それで子どもの頃から見知っていたとか
bigbossman | 2015.02.24 01:09 | 編集
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