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カエル

2015.04.05 (Sun)
もう20年も前のことになります。私は当時小学校4年生だったと思います。
その頃の実家は平屋建てで、父母と祖父の3人家族でしたが、
まもなく妹が産まれるということで、バタバタしていたのを記憶しています。
祖父は70台の後半で、長く工場勤務をした後定年を迎え、
のんびりした暮らしをしていました。
植物が好きな人だったんですが、あいにく当時の家には庭がなく、
ホームセンターで買ってきた数百円ほどの観葉植物の鉢をからからと並べ、
毎日水やりなどの世話をしていました。玄関と祖父の部屋で合わせて、
10いくつもあったと思います。ポトス、シンゴニウム、アイビー類・・・
祖母は30年も前に亡くなっておりましたので、寂しかったのでしょう。
怖い祖父ではありませんでしたが、私はあまり話をした記憶がありません。

平日の6時ころだったと思います。
父は仕事、母は妹がいよいよ産まれそうなので病院に行っていました。
家には学校からあがってきた私と、祖父だけでした。
玄関のチャイムが鳴ったんです。父が鳴らすことはないのでお客さんだと思いました。
私はお客さんや配達の人のお相手をするのが好きな子どもでしたので、
そのときも走って玄関に行ったんです。実は・・・ここから記憶はあいまいなんです。
本当にあったことかもしれないし、子どもの想像かもしれない、
それくらいのつもりで聞いてほしいと思います。
玄関を開けると傷痍軍人がいたんです。もちろんこの言葉は大人になって知ったもので、
その頃には街で見かけるということはなくなっていましたから、
どんな人なのかはわかりませんでした。

白い着物を着て地面にいるんです。足が悪いのだと思いましたが、
木で作った車に乗っていました。車イスではありません。
もっと低い、小さな木の車輪がついた箱のようなものでした。
片手を首から吊り下げ、顔にはぐるぐる白い包帯が巻かれていました。
頭にはぼろぼろの軍帽をかぶっていたと思います。
その人は片方だけ包帯から出ている目を私に向けるでもなく、ガラガラした声で、
「健男さんはいるか?」と聞いてきました。これは祖父の名です。
私があまりの異様な様子に声を失っていると、
その人はザッと片手で床を掃くようにし、車ごと玄関の中に入ってきました。
そのとき、下についた手の甲がカエルの皮膚のようにイボだらけなのがわかりました。
「おじいちゃん!」私は大声を出しました。

奥から祖父が「お客さんかぁ」と言って出てきましたが、玄関にいる人のことを見ると、
小走りに寄ってきて「南方からか? 食うもんがほしいのか」と叫びました。
その人は「50年ぶりだなあ」と言い返しました。
祖父は上り框までくると私に「居間に戻りなさい」と言って、
くるりと背中をその人のほうへ向けてかがみました。
するとその人は、箱の中に座った状態から、
ぴょんと跳びつくようにして祖父の背中に負ぶさったんです。
ええ、とても人間の動作とは思えませんでした。
ですからこのあたり、私の記憶がおかしくなっているところかもしれません。
祖父は大柄でしたので、その人の重さを感じる様子もなく、
片手で背中を押さえたまま、片手で車のついた箱を持ち上げました。

「この方と部屋で話をするから、父さんが帰ってきても客のことは言わんでいい」
祖父はそう言って、その人を負ぶったまま自分の隠居部屋へ向かったんです。
心臓がドキドキしたまま居間に戻ろうとしたとき、
玄関にあった三つの観葉植物がすべて、
力なくくたりとしおれていることに気がつきました。
その後、祖父の部屋で何があったのかはわかりません。
1時間ほどして父が帰ってきましたので、「お客さんが来てる」と言いました。
父は「おお、そうか」と祖父の部屋に向かったんですが、
怪訝な顔をして戻ってきて、「だれもいなかったぞ、お客さんなんて来てないって。
 じいちゃん、戦争のときの旗や水筒なんか一人で出して並べてた」
こう答えたんです。

玄関から帰るなら居間の横を通るはずで、気がつかないわけはないし、
裏口から帰ったのだろう。でも、裏の道は土ででこぼこしているので、
あの箱車で帰れたんだろうか。祖父はどうして、
お客さんが来てないって言ったんだろう。さっぱりわけがわかりませんでした。
後で祖父に聞くことはできたんでしょうが、
祖父があの箱車を壊したものをそっとゴミに出すのを見てしまったので、
きっと聞いてはいけないことだと考え、そうしなかったんです。
その後数日して、祖父は自分の部屋にあった観葉植物をすべて捨てました。
どれもからからに干からびた状態になっていました。
それと・・・1日に何回も家の周りをぐるぐる回って、
屋根や壁を見て歩くようになりました。

祖父に何をしているか聞いたところ、少し怖いような目をして、
「壁にカエルがついてないか見て回ってる」と言いました。
それから2年後、80歳の手前で祖父は亡くなりました。
体の不調を訴えるなどの兆候はまったくなかったのに、
朝起きてこないのを気づかった母が見に行くと、
布団の中で冷たくなっていたんです。脳溢血ということでした。
祖父の遺品などはごくわずかなものでしたが、
茶箪笥の中に遺書めいた書置きがあり、私とその頃1歳になっていた妹へ、
かなりの額の貯金を残してくれていました。
それから、書置きには茶箪笥の一番下の引き出しの物をすべて、
火葬のときに棺に入れてくれ、とも書かれてありました。

父が開けてみると、軍隊で使っていたへこんだ水筒、薬莢、
階級章の切れ端、などが出てきました。
それとともに、油紙でぐるぐるに包まれた文庫本ほどの箱があり、
中からは干物のようになった大きなカエルが出てきました。
カエルには両脚と片方の前脚がなかったんです。
片眼がつぶれているかどうかはわかりませんでした。
それを見たときには父もあっけにとられていましたが、
「これも、じいちゃんが戦争で南方に行ってたときの形見かもしれない」
そう言って、迷った挙句、それもいっしょに棺に入れることになったんです。
その後は特におかしなことはなかったと思います。
ただ、祖父の生前は見なくなっていたカエルが、また増えだした気がしました。







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