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語るな畏敬せよ

2015.04.08 (Wed)
*ややハードな内容ですので、小難しい話が苦手な人はスルーしてください。

幽霊の存非に関する掲示板のスレでは、
「最近、ダークマターやダークエネルギーということが言われていて、
 それが何なのか ほとんどわかっていない。
 現在の科学ではわからないことがたくさんあり、

 幽霊についても、いつか科学がもっと進歩すればわかるようになる」
こういう意見が出ることがあります。まあそうなのかもしれませんが、
自分は、幽霊(神や霊魂、死後の世界などについても)は、
最初から自然科学では扱えないものである、という気がしてなりません。

自然科学がいくら進歩しても、おそらくわからないことというのは、
どこまでも果てしなく続いていくだろうと思います。
科学の進歩とは、ここまではわかっているがこの先はわからない、
という境目を確認し続けていくことである、と言ってもいい気がします。
このダークマターやダークエネルギーにしても、
理論と観測の分野の宇宙物理学の専門家が世界中で協力して、
やっと「ある」ということが見えてきたものなのです。

当ブログは自然科学解説が目的ではありませんので、
ごくかいつまんで、どのくらいの努力の積み重ねがあったかを書いてみます。
ダークマターは暗黒物質と訳されます。
これは巨大望遠鏡による、宇宙の銀河の観測の過程で見つかりました。
夜空にはたくさんの銀河が見えますが、平たい円盤型をしているものが多い。

その中でたまたま真横を向いているものが観測の対象になりました。
銀河は回転していますが、その速度を調べてみると、
中央の部分と円盤の端のほうの星の少ない部分との速度の差が、
ほとんどないことがわかったんですね。
もし太陽系のように中央に重いもの(太陽)がある場合、
外側はゆっくり動くはずです。

ところがそうでないということは、外側にも、見えてはいないが、
きわめて大きな質量(=重力)があるということになります。
で、天文学者や宇宙物理学者たちは、ある銀河系について、
見えている星の重さの総量を計算してみた。これは気の遠くなるような
作業ですが、その結果、見えている星の重さだけでは、
銀河の内外を同じ速さで回すには、まったく足りないんですね。

さらに今度は別のタイプの銀河について調べました。
何百万光年にわたって引き伸ばされたようにゆがんでいる形の銀河です。
これは実際にそういう形をしているはずはなく、
望遠鏡とその銀河の間に重い物質があり、重力レンズ効果によって、
われわれからゆがんで見えるとしか考えられません。

そのようなゆがんだ銀河を統計的に調べていくと、
見える物質の5倍くらいは見えない物質がなくてはならないことが、
計算で出てきたんです。これをダークマターと名づけました。
最初にダークマターの候補にあがったのは、見えないけれど重い天体です。
太陽系で言えば木星のようなタイプですね。あるいはブラックホール。
地球はもちろん、木星ほどの大きさでも巨大望遠鏡では見えません。

ただ、これらの星がある明るい星の前をたまたま通ったときなど、
上記した重力レンズ効果を起こして存在が確認できる場合があります。
そういう例を100万単位の星で、毎晩毎晩、世界中で何年も観察し続けました。
その結果、見えない星というのは多くない、という結論が出たんです。
大なり小なりゆがんで見える銀河はたくさんあるのに、
見えない重い天体というのはそんなに多くはない。

そこで、ダークマターの正体は、見えない星やブラックホールではなく、
もっとずっと小さい、素粒子なのではないかという考え方に至ったんです。
ニュートリノなども候補の一つです。・・・と、ここまで説明してかなり疲れました。
ダークエネルギーのほうはやめておきますが、これは宇宙の膨張が
加速しているという観測事実から、必然的に導き出されたものです。

何が言いたいかというと、「~という正体のわからないものがある」
ということを言うだけでも、これほどの観測、推論、計算が必要だということです。
今後さらに何十年と研究が進めば、「ダークマターの正体は○○である」
と結論が出ることになるでしょう。
ダークマターが概念化され、ダーク(暗黒)ではなくなるわけです。
このようにして、「わからないもの」を研究の積み重ねによって、
「わかるもの」として概念化していくのが科学である、と思うのです。

では、幽霊についても、この自然科学の方法論があてはまるでしょうか。
自分はそうは思いません。例えば「神」を、
このように実験観察で追い詰めていくということができるのでしょうか。
無理だと思います。哲学者、言語学者のウィトゲンシュタインは、神について、
「語りえぬものについては、沈黙しなければならない」と述べました。

自分もまさにそのとおりだと考えます。
こう書くと、幽霊と神は違うという人もいるでしょう。
しかし世界では、神との邂逅の体験は、幽霊の目撃体験と同じほど
多いのです。それに多くの宗教において、
神の存在と霊、魂、死後の世界は密接に関連しています。

幽霊を捕獲するとか、心霊スポットの温度や気流、磁場を調べるなどのことは、
話題としては面白いかもしれませんが、
それで何が得られるということはないでしょう。
世界中で、何年もかけて多くの科学者が幽霊について研究を重ねたとしても、
針の先ほどのこともわからない、自分はそう考えます。

欧米で心霊主義が流行した時代から、すでに150年が過ぎようとしていますが、
体系的な知識として概念化されたことはないに等しいのです。
では、霊魂などはないのでしょうか。そう言ってしまうのは簡単ですが、
実際に神や天国を信じている人は、世界中にたくさんいます。

神の概念、魂や霊についての概念というのは人それぞれが持ってはいても、
それぞれ微妙に異なっていると思いますが、それでいいのです。
精神世界の概念を、自然科学で扱う「もの」のように考えことができると思うのは、
大きな誤りであり、また人間の不遜さでもあると思います。


死後や霊魂の世界を「このような仕組みで、こうなっていて、こういう法則があって」
などと「もの」のように語る人が増えてきている気がしますが、
これはよい傾向ではないと感じています。
自分としては、上記した「語りえぬものについては、沈黙しなければならない」に、
「ただ畏敬の念にうたれるだけ」このような言葉をつけ加えたいですね。

小中学校の道徳が教科化されることが話題となっていますが、
その価値内容に「畏敬の念」という項目があります。
「人間の力を超えたものに対する畏敬の念」を指導せよという内容ですが、
公教育では特定の宗教に偏って教えることはできません。

そこで「自然に対する畏敬」と捉えられる場合もあるようですが、決して
それだけではないと思います。日本人の多くはこのことを理解しているでしょう。
そして、この畏敬の念は、望遠鏡を通して空を見上げる天文学者の多くが、
日々感じているものでもあると思います。

関連記事 『概念について』

関連記事 『幽霊は物理的か』






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コメント
うーん、個人的にはこうして宇宙が物理的に存在している以上、原理的には宇宙をそのままコピーすることは可能である、と考えてしまいますけどねえ。

心身一元論も妥当性を持つと思っているので、精神世界を特別なものと考えるのはどうかとも思います。

ウィトゲンシュタインも、「語りえぬものについては沈黙しなければならない」というのは哲学的な意味でのことに関してであり、「語りえぬもの」に関する考察をやめたわけでも、「語りえぬもの」について語るのをやめたわけでもありませんし。そこらへんのウィトゲンシュタインの思いは、日本語でも「ウィトゲンシュタイン哲学宗教日記」で読むことができます。わたしは図書館で借りて読みましたが、あそこまで真面目にものを考えていたらかえって身体に悪いです。

そんなことを思いました。
ポール・ブリッツ | 2015.04.12 21:39 | 編集
コメントありがとうございます
おっしゃるように宇宙も人間の脳もコピーできると思いますが
問題は誰がコピーしようとするのか、という気がします
ウィトゲンシュタインはなんだかんだ言って
「語りたい人」だと自分は思います
ただ結論は出ないだろう、みたいな予防線の意味かもしれません
bigbossman | 2015.04.12 22:00 | 編集
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