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木の鬼

2015.04.22 (Wed)
昨夜のことです。私はあるデザイン事務所に勤めていまして、
毎日遅くなることが多いんですが、
その日はめずらしく8時前に社を出ることができました。
それで自分のマンションに近い駅へ降りたとき、
ちょっと地下街に寄っていこうと思ったんです。
実は私はお酒、日本酒が好きで、少しですが毎日飲むんです。
晩酌というより寝る前ですね。ネットを見ながら軽く。
そのためのつまみ類を買って帰ろうと思ったんです。地下街の食料品売り場に入ったら、
奥のほうである県の物産フェアというのをやっていました。
私自身はその東北地方の県には行ったことがないんですが、
祖母がその県の出身でしたので何となく親近感があり、のぞいてみたんです。

そしたら、利き酒コーナーというのがあったんです。
利き酒といっても、お酒を飲んでその銘柄を当てるというのではありません。
当てようにも、都内ではその県のお酒の銘柄に詳しい人なんていないでしょうから。
そうではなく、お酒の銘柄の書かれた樽の前に、
小さな木の升がたくさん並べてあり、
それを一口ずつ飲んで、気に入った銘柄に投票するというものでした。
自分の住所・氏名を投票用紙に記入すれば、選んだお酒が1~3位に入った場合、
後に抽選でお酒の小瓶が当たるということでしたので、
参加してみることにしたんです。
お酒の銘柄は10種以上あったんですが、升は手のひらに入るほど小さく、
盃一杯ほどしか中身がなかったので、全部飲んでも平気だと思ったんです。

そうですね、お酒自体は純米大吟醸酒ばかりで、
どれもフルーティな感じでおいしかったですが、
東京のお酒に比べると全体的に甘めのものが多いと思いました。
それで、確か最後から2番目のお酒を飲んだときです。
升を持ったときに、きついにおいが鼻をつきました。
アルコール臭というのではなく、なんと表現すればいいでしょうか、
とても青臭いにおいです。植物の樹液のイメージが頭をよぎるような。
でも、そのお酒だけスルーするわけにもいかないので、
思い切って飲んでみました。そしたらものずごく酸っぱく感じたんです。
お酢に何かの植物を漬けこんだっような味で、むせてしまって、
飲み込むことができず、そばにあった小さなバケツに吐き出してしまいました。

それだけじゃなく、咳き込みが止まらなくなり、
棚の陰にしゃがみ込んでずっと口を押えていなくてはなりませんでした。
ほんとうに恥ずかしかったです。もう時間が9時近くなっていたこともあり、
他のお客さんがちらほらとしかいなかったので、
治まったところで、立ち上がって帰ろうとしました。
利き酒の投票はできませんでしたが、それどころではなく、
口の中にまだ異様な味が残っていて、どこかで口をゆすぎたかったんです。
立ち去りかけたところで、「あのう、ちょっと」と後ろから声をかけられました。
ふり向くと、その物産展の前掛けをした小柄なおじいさんが立ってたんです。
「ああ、すみませんでした」こう言いましたら、
おじいさんは顔の前で手を振って、

「いやいや、そうでなく、あんた、この県出身の方が身内におるか」
こう聞いてきました。それで、「・・・祖母がそうですが」と答えました。
すると「ああ、ああ、あのお酒、酸っぱかったんじゃろう。
 いや、今でもこういうことがあるのだねえ。ちょっと待って」そう言って、
カウンターの奥に引っ込んでいきましたが、すぐ、
手に、利き酒に使った小さい升を持ってきたんです。
「これね、あんた持って帰って、これ使って口を漱ぐといいよ。
 それとね、全部使わないで残しといて、もし夜に何か来たら、
 これふりかければいいなくなるから」こんな話をされました。
升には上にラップがかかっていて、中に白い粉状のものが見えましたが、
お塩ではないかと思いました。

どういう意味なのかわかりませんでしたので、聞き返そうとしたんですが、
おじいさんは私の手に升を押しつけると、
素早くカウンター奥のドアの中に戻ってしまったんです。
それで、升をコートのポケットに入れて地下街を出、マンションに戻ったんです。
部屋までは歩いて10分くらいでしたから、
その間ずっと口の中の嫌な味をガマンしてまして、
部屋に入ってすぐ、水道の水で何度もうがいをしました。
味のほうはすぐに消えましたが、鼻の奥のほうの青臭いにおいはとれませんでした。
それで、さっきのお塩を一つまみ入れた塩水でうがいしてみたら、
すっという感じでそれが消え、ずっと続いていた吐き気も治まりました。
それでも、いちおう胃腸薬を飲んで、食事はせず早く寝ました。

夜中に目が覚めました。コーン、コーンという音が聞こえました。
どう言えばいいでしょうか、炭と炭をぶつけているような澄んだ音です。
それとさやさやという木の葉がこすれ合うような音。
ベッドのまわりに気配を感じました。何かに囲まれているんです。
思い切って目を開けました。そしたら、足元に木が生えていたんです。
太さは大人の一抱えよりも太く、ごつごつした樹皮が目に入りましたが、
何の木か種類はわかりませんでした。
幹の両側に太い枝が一本ずつ張り出していて、
腕で私を抱きかかえようとしているような感じでした。
木の上の部分は二股に分かれて、ちょうど鬼の角のようになって、
天井につかえていました。それと顔があったんです。

幹の人の背丈くらいのところに・・・うまく説明できませんが、
雪だるまに炭で顔をつけたりしますよね。あんなふうに、
細く短い木の枝が顔になってたんです。叫ぼうとしましたが、声が出ませんでした。
そのかわりに私はベッドから転げ落ちるようにして、リビングに走りこんだんです。
ええ、体は動きました。玄関に向かおうとしたんですが、
寝室から根っこのような曲がりくねった枝が数本伸びてきて、
私は足をからまれて倒れてしまいました。
すると木の枝はどんどん何本も私の体を巻くように出てきて・・・
寝室から木の鬼が顔をのぞかせました。身動きできなかったんですが、
かろうじて右手が動きました。テーブルの上に置いていた、
もらった升に手が届いたんです。

つかんだと思った瞬間、枝に足を引っぱられて肘がテーブルから落ちました。
升の中の塩が飛び散って・・・そしたら、塩がかかった瞬間に、
木の枝が消えたんです。全部一気にです。
もちろん寝室のドアから顔を出していた鬼もいなくなっていました。
呆然として立ち上がりました。部屋のじゅうたんにお塩がこぼれているだけで、
寝室を見ても何もいなかったんです。
ただ・・・部屋中にお酒をこぼしたように、日本酒のにおいが漂っていました。
部屋ではもう眠る気がせず、ネットカフェで朝まで過ごしたんです。
夜が明けて友達に連絡をとったら、ここのことを勧められて・・・
それで会社を休んで話しに来ました。え? 利き酒で気持ちが悪くなったお酒の名前ですか?
ああ、話し忘れていましたか。「鬼のむすめ」という名前でした。







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