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否(いや)

2015.05.01 (Fri)
今晩は。では、話をさせていただきます。あまり怖くはないでしょうねえ。
声だけの怪異ですから。そうです、怪しい物の姿は見えず、
声だけが聞こえるのです。場所は、わたしの家の近くにある坂です。
彌坂(いやさか)という名前となっています。これは「いや栄える」にちなんで、
近年つけられたもののようで、昔は否坂(いやさか)と言っていたようですね。
否な声が聞こえる坂ということでしょう。
長さは200mばかりでしょうか。傾斜もきつくはないのですが、
車一台が通れるだけの幅しかありません。もっとも通る車もありませんが。
道自体は一方通行だし、その坂の途中にある家の車しか通れないのです。
指定車以外通行禁止・・・そういう標識が出ています。
坂の両側は黒塗りの板塀になってまして、昔の町並みなんですよ。

ええ、塀の内からしだれ柳が垂れたりしておりまして、
雰囲気のある場所です。これで道路が舗装でなかったら、
けっこうな観光地となっていたかもしれません。
実際、写真を撮りに来られる方もおられるんです。さて、一つ目の話です。
50過ぎの日雇い労務者の男の方が、
夕暮れを過ぎるころに坂を通りかかった。
街灯はぽつんぽつんとしかなく、暗いんです。
足元があぶなっかしいので急いで、通り過ぎようとしたときに、
どこからともなく「さぞ暑いだろう、こんなに蠅がねえ」
という声が聞こえてきました。その方にはその声に聞き覚えがありました。
自分の母親の声だと思ったそうです。

この方は高校を卒業すると同時に、半ば家出同然にこっちに出てこられまして、
それ以来ずっと実家には帰っておらず、連絡もとってなかったそうです。
まあ、いろいろな事情があったのでしょう。
そのあたりのことは私も詮索はしませんでしたが、
30年以上も話をしていないのに、母親の声とわかりました。
あたりを見回したが誰もいない。黒々とした高い塀があるだけ。
声はもう聞こえませんでしたが、ひじょうな胸騒ぎがしたそうです。
それで都会に出てから初めて、実家の様子を郷里の昔の知り合いに尋ねました。
ところがよくわからなかったんです。あまり長い年月がたっていたので、
その方自身が郷里では忘れ去られていたようです。
気になってしかたがなくなり、電車代をなんとか工面して帰ってみました。

これは浦島太郎みたいなものでね。郷里はすっかり変わり果てていて、
元住んでいた家は区画整理のために影も形もない。
役場に足を運んで、やっと両親の住んでいる場所がわかりました。
行った先は川下のあばら家で、確かに父親の名の表札がある。
外から声をかけたものの誰も出てこない。玄関の戸は開いていたので、
中に足を踏み入れたとたん、異臭を感じたそうです。糞尿臭と、それ以上に強い死臭。
二間しかない奥の部屋の障子を開けると、つぎはぎだらけの布団が二つ。
一つには真っ黒い顔の人がいて、びっしりと蠅がたかっていました。
一目で死んでいることがわかったそうです。これが彼の父親でした。
母親はといえば、傍らの布団に寝ていましたが起きる力はなく、
片手に団扇を持って、腐りかけた父親の顔をあおいでいたそうです。

二つ目の話。これは30代の勤め人の方です。
その方が、やはり夕暮れ過ぎに坂を歩いていると、
「このガキ、うるさいぞ、あっちへ行け」という怒鳴り声が聞こえた。
それが、ご自分の声だったと話しておられました。
ずっと長い間忘れることができなかった、ご自分の言葉です。
この方の話によりますと、20代後半の頃、
セールスでの外回りの帰りに、住宅街の小公園で休んでおられたそうです。
そうしたら、5歳ほどの捕虫網を持った男の子が一人でやってきて、
ベンチのまわりを駆け回った。
この方は仕事のほうがうまくいってなかったのと、暑さのせいでイライラして、
つい、その子を怒鳴りつけてしまったそうです。そのときの声だったのです。

男の子は驚いて公園から走り出ようとし、
持っていた捕虫網の柄を入り口の柵にひっかけて大きくつんのめった。
そこへ運悪く車が通りかかり、その子はボンネットに頭を打ちつけ、
さらに車体の下に巻き込まれてしまったのです。
車の下の地面にたちまち血の溜りができまして、即死だったそうです。
その方は子どもが轢かれたのは自分のせいだと思いましたが、
誰もその方が怒鳴ったところを見ていたものはいなかったので、
おろおろしている若い女性の運転者に気づかれぬよう、
そっと反対側から公園を抜け出し、その場を立ち去ったということでした。
そういう事情で、その方がやったことは誰も知らず、
実際に罪になるかどうかもよくわからないのですが、

そのときのご自分の声と、車のブレーキ音が、
何年たっても耳について離れなかったそうです。まあ無理のないことですよね。
三つ目の話です。これは20代の女性の方です。
お仕事は何をなされているのか聞きませんでしたが、
たいそうおきれいな方でした。やはり夕暮れ時ということは同じですので、
この怪異が起こる時間帯なのでしょう。
この方が聞かれたのもご自分の声ということでした。
ハイヒールに気を配りながら坂を下っていると、どこからともなく、
「あんたなんか才能ないし、早く辞めちゃえばいいのに」という若い女性の声。
それがいかにも憎々しげに聞こえたんですが、
同時にご自分の声であることもわかりました。

その方が高校生・・・芸能人の卵のような方が多く通う学校だそうですが、
そのときの一年後輩の女の子にかけた言葉だったそうです。
女性の方は当時、集団の中心となってその子を苛めており、
たくさんのひどいことをしたと言っていました。
「辞めちゃえばいいのに」の言葉が最後となり、
後輩の子は学校に出てこなくなり、ずっと引きこもったままということでした。
坂でそれを聞きまして、なんて自分は嫌な人間だったんだろうと思われたそうです。
後日わかったことですが、後輩の女の子はその方が坂を通る3日ほど前に、
自死されていたのだそうです。・・・後のお二人の方は、
坂の下でわたしが開いている店に真っ青になって駆け込んでこられまして、
そのときに聞かせていただいたお話です。

よくそこまで聞き出すことができたって?
ええ、そうですね。個人の秘密に類するようなことですし、
それぞれ人の命にかかわりのある内容ですからねえ。
でもね、わたしが小さいころから年に何度かは、
そうやって店に駆け込んで来られる方がおられまして、
祖父や父が応対しているのを見てきましたから。
代々そうしたことを続けてきているのです。
え? わたしの店ですか。このお話には関係はないと思うのですが、ええ、
和楽器の販売・修理をやらせていただいております。
江戸時代からの家業でして、わたしで7代目になりますよ。







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コメント
耳なし芳一みたいだな、と思いましたが、死者の話を聞いているにしても『真っ青な顔をして』るのが見えたから盲目の方ではないですね。
怪談の知識が深い人なら、和楽器でなにかピンとくるんでしょうか。
| 2018.02.16 10:31 | 編集
コメントありがとうございます
ここは自分の人生で嫌なことを思い出す坂なんですね
和楽器店との関係はよくわかりません
bigbossman | 2018.02.16 19:50 | 編集
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