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暦の話

2015.05.07 (Thu)
今回も時間がなく、あんまりオカルトでもない地味な話です。
自分は、実際の収入の割合はともかく、本業は占星術師のつもりなんですが、
昔から日本の神話について残念に思っていることがあります。
それは何かというと、星の神話がほとんどないことなんですね。
ギリシア神話を見れば、各星座ごとに絢爛たる物語があるのですが、
日本書紀や古事記を読んでも、星の話はほとんど載っていません。

それどころか、三貴子(他は天照大神、素戔嗚尊)
の一人である月読(ツクヨミノ)命。
これは夜を統べる月の神で「日の光に次ぐ輝きを放つ月の神を生み、
天に送って日とならんで支配すべき存在とした」
と日本書紀の本文にあるのに、
皇祖神として活躍する天照大神に比べて、まったく登場の機会がない。
男神とは考えられていますが、実際には記紀で性別さえ言及されてないのです

これはなぜなのか考えてみると、自分は、
日本における暦の発達と関係があるのではないかという気がします。
暦は大別すると、太陽暦、太陰暦、太陰太陽暦の3つになります。
太陽暦はもちろん、地球の公転周期である365日を1年としたもので、
これは実際に巡ってくる季節とのずれがありません。
(太陽と地球の位置関係によって季節ができるので当然ですね)

太陰暦は月の朔望により1ヶ月を決めます。
新月から新月、または満月から満月までを1ヶ月として見るのです。
月の状態により今日は何日と知ることができるので、便利ではありますが、
完全な太陰暦でやっていくと12ヶ月で354日ほどにしかなりません。
これだと、年々実際の季節とずれていくことになります。
長い間には北半球の1月なのに夏、というようなことが起きます。

そこで、太陽暦による調整を太陰暦に加えたものが太陰太陽暦です。
太陰暦は1年で11日ほど太陽暦より短くなるので、
3年に1度、閏月を加える。するとその年は13ヶ月になるわけです。
これはさすがに現在では正式に採用している国はないようです。
それはそうですよね、12ヶ月と13ヶ月の年があると、
様々な年次統計などが意味をなさなくなりますし、
周囲の国とのずれも大きいですから。

さて、日本の古代では、このうちのどれが使用されていたかというと、
自分は太陽暦ではないかと思います。
実際の季節とのずれを起こさない、
太陽暦が最も農耕に適していると考えられます。
二分二至(春分、秋分、夏至、冬至)は、いろいろな方法でわかります。
古代人が二分二至を知っていた(例えば、春分の日の磐座の影がどうとか)
という人もいますが、おおざっぱに分かっているだけでも、
他に渡り鳥や開花などの生物季節を併用すれば、
農耕に不便はないと思われます。
太陰暦は日、つまり今日がその月の何日かを知るためには便利ですが、
日本の古代人は日に追われない、
おおらかな生活を送っていたのではないでしょうか。

日本人が暦を採用したのは、日本書紀の欽明天皇14年(553年)条に、
百済に暦博士を日本に派遣することを求める記事が出ています。
6世紀ころには暦が伝来していたと考えられますが、
これは太陰太陽暦である中国の暦でした。
中国暦は、単に月の満ち欠けで日を決めるだけでなく、
もっと複雑な天文計算をしていますので、日本人が作成するのは難しく、
日本独自の暦ができたのはずっと後代のことになります。
ということで、日本神話に星、月の話が少ないのは、
このような事情によるのではないかと考えています。

話変わって、「倍暦」というのをご存じでしょうか。
これは古代史関係でよく出てくる話で、
日本の古代人は通常の1年を2年として数えていたというような説です。
春の種まきの時期で1年、秋の収穫の時期でまた1年というわけです。
これを言う人は、邪馬台国の話が載っている中国の史書、
三国志中の魏志倭人伝に「倭人は長寿で、あるいは百年、あるいは八、九十年」
と出てくるのを根拠にあげることが多いようです。
人類学的には弥生後期頃の日本人は、
かなり寿命が短かったことがわかっています。

ですからこの記述は、倭人が倍暦の年齢を教えたのに、
中国人は通常の数え方によると勘違いしたもので、
つまり倭人が100歳と教えた人は、本当は50歳だったというわけです。
また別の根拠として、始めのころの天皇の寿命が異様に長くなっていること。
神武天皇127歳、孝昭天皇114歳、孝安天皇137歳・・・
などですが、これは倍暦による年齢が伝わっていたためであり、
字際はこの半分である、というようなことも取り上げられます。

どうなんでしょうねえ。倍暦という考え方は面白いですし、
実際に熱帯の二期作地域では用いられたりもしていたようですが、
自分としては違うんじゃないかなという気がします。
魏志倭人伝の倭人の寿命が長く書かれてるのは、
中国人に神仙思想(東方海上にある不老不死の島、蓬莱山と日本を重ねたなど)
による先入観があったとか、
古代天皇の寿命が長いのは、神武天皇即位を古く(紀元前660年)
に設定してしまい、調整のために引き伸ばしたとか、
あるいは旧約聖書の創世記の登場人物が異様に長い寿命を持ってるように、
神と人の間にくる人物だから寿命が長くされているとか、
別の理由でも説明はできそうです。






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