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舟山

2015.05.16 (Sat)
今晩は。「船頭多くして船、山に登る」ってことわざがありますでしょう。
そうです、指図する人ばかりが増えると、
物事が見当違いの方向に進んでしまうという意味ですよね。
最近はこういう言葉もあんまり聞かなくなりましたが、実はわたし、
子どもの頃に、舟が山に登って行くのを見たことがあるんですよ。
船頭は一人もいませんでしたがね。
あまりに昔の話でして、ずっと忘れていたんですが、
最近あることがあって思い出しまして、ここのことをお聞きして話にきたんです。
あれはわたしが、中学のときの話です。
当時わたしが住んでいた集落の奥は山地に続いてまして、
その手前に三つほど名前のついた山があったんです。

いいえ、そんな高い山じゃあありません。
一番高いのが標高600mほどであったと思います。これがトバ山。
漢字はどう書くかわかりません。地図などに載っている名ではないのです。
そのあたりの通称でしてね。真ん中が舟山、低いのが姫山です。
それぞれ登山道が何本かありましたが、
わたしが子どもの頃はすでに植林の杉林になっており、
山菜もキノコも採れませんので、姫山以外は滅多に登る人はいませんでした。
姫山はね、頂上付近が芝生を植えて整備されてて、
集落の小学3年生が遠足で出かけます。
そんな子どもの足でも登れる程度のところなんですよ。
ええはい、中学3年のときのことです。

わたしは陸上部に所属してましたが、当時、家庭の日というのがありまして、
その日曜は活動が休みになるんです。
それで暇をもてあましましてね、同じ陸上部で幅跳びをやっていた、
白根というやつと、午後から姫山に登ったんです。
麓までは自転車で行き、そっから2時間あれば頂上まで行って降りてこられます。
これは小学校のときの経験でわかってました。
目的は特になかったですねえ。ちょっとした冒険心だったでしょうか。
1時間ほどで登れました。朝方に少し雨が降ったので、足元が滑りやすく、
何度か転びましたが、怪我はありませんでした。
上の公園には誰も来ておりませんで、がらんと芝生が広がってて、
もの寂しい感じがしました。

それですぐに降り始めたんですが、
中腹で林が切れて視界の開けるところがあるんです。隣の舟山の登山路が見えました。
何気なくそちらを見ていると、白根が「あっ、あれ何だろ」と言いました。
その指さすほうを見ると、葉陰になっていてはっきりしませんでしたが、
何か大きなものが登山路を登っていくようでした。
「何だ、人じゃないよな」 「大蛇かな」 「まさかねえよ」二人で注視していると、
その大きなものは見えるところに出てきまして、
それが驚いたことに舟だったんです。ええ、一人か二人しか載れない和舟だったんですが、
舳先を上方に向けて、ずるっずるっと間欠的に動いて登っていくんです。
前後には押している人も曳いている人も見えませんでした。
それで、舟の中に白いものが見えました。

人が仰向けに寝ていたんです。白い着物を着た女の人に見えました。
顔立ちまでははっきりしないんですが、長い髪が顔の両脇に広がってましたから。
「人が乗ってる・・・」見ていたのは数分で、また林に入ってしまい、
その後は見えることはなかったんです。
そうですね、驚きが去ると、怖くなってきました。
白根もそうだったと思います。ですから、見たもののことはあまり話さず、
転がるようにして山を降りたんです。
自転車にまたがったところで、ちょうどまた雨が降ってきまして、
それで白根と別れて家に戻ったんです。
もちろん、見たことは家族に話しましたよ。
両親には取りあってももらえませんでしたが、祖母だけは、

「舟山様だから舟が登っていったんかねえ。お前の話ぶりだと、
 それはよいもんじゃないかもしれん。人に言ったり、
 まして登って確めに行ったりはせんほうがええと思うぞ」こう言ったんです。
翌日、学校で白根と会ってその話をしましたら、
白根のほうは家で祖父にきつく叱られたということでした。
「舟山様は蛇の神さんで、頂上には神社もある。滅多に足を入れてはいかんところだ。
 子どもは引かれてしまうぞ」とね。
その後は総体があって陸上部を引退し、受験勉強をしかたなく始めて、
白根とはクラスが違うのであまり話さなくなりました。
で、中学の卒業式が終わった後です。部の親の会主催の卒業を祝う会というのがあって、
そこで白根と一緒になりまして、実に奇妙な話を聞かされたんです。

「祖父には怒られたけれども、あの舟と中の女の人のことが気になってしかたがなくて、
 受験が終わった翌日に一人で舟山に登ったんだ。お前をさそわなかったのは、
 これがばれれば、うちのじいさんから連絡がいって、
 お前も怒られることになると思ったからだ。やっぱり舟山は高くて上まで2時間かかった。
 頂上部はせまくて、ぼろぼろの神社一つが建っていっぱいだった。
 でな、神社の床下、そこに和舟があったんだよ。俺らが見たやつだと思うが、
 ほこりまみれで、使われた様子はなかった。それから、神社の裏手に井戸があって、
 木の蓋がしてあった。もちろん開けてみたよ。そしたら・・・
 こっからの話は信じなくてもかまわねえよ。最初は、ただ暗いだけで、
 水面は見えなかった。水はあってもずっと下だと思った。
 ところが、晴れていた空が陰ったとたんに、中が明るくなったんだ。

 最初、何が見えたかわからなかったが、砂浜だったんだよ。何と言えばいいか、
 ずっと高いところに登って、桶の底を抜いたのから下を見下ろしてる感じ。
 右手のほうにはちらっと海が見えた。で、その砂の上を人が通るんだよ。
 漁師とか、村の子どもとか。着てるのはボロみたいな着物で、
 ずっと昔の時代の人たちだと思った。そうだよ、頭の上から見下ろしている形だ。
 井戸の中から目が離せなくなって、30分近く見ていたと思う。
 そしたら、フンドシ一丁の漁師の集団が、砂の上を舟を曳いてきた。
 それが、お前と見たあの女の人だったんだ。間違いはないと思う。
 その人は仰向けだから顔もあんときよりはよく見えて、
 目をつぶって動かなかったのが、ちょうど井戸の中心に来たあたりで、
 まぶたを開けて俺を見たんだ。なぜだかそんとき、女の人だけ大きく見えた。

 目が合ったんだよ。俺が井戸の縁にいるのを知ってるみたいだった。
 で、右手を上にあげて俺のほうを手招きしたんだ。嘘じゃないよ。
 手に海藻がからみついてるのも見えたんだから。
 そうしたら、俺はたまらなく井戸に飛び込みたくなった。
 縁にかけていた両手ががくがく震えるほどにな。だけど飛び込まなかったから、
 こうやって帰ってこれた。手で井戸を突き放して後ろに倒れたんだよ。
 大急ぎで蓋をして、そのまま走って下まで降りたんだ。
 あちこち傷だらけになった、ほら」そう言って、
手や脛の引っかき傷を見せたんです。それでもね、わたしは半信半疑でしたよ。
あの山に登っていく舟を見てなかったら、最初から嘘だと決めつけたかもしれません。
・・・白根は地元の高校を出て東京で就職して、今でも健在のはずです。

わたしは名古屋にいますので、ほとんど会うこともなくて、
この話は成人式で顔を合わせたとき、ちらっと話題に出たくらいです。
ずいぶんな年月がたちまして、ずっとわたしも忘れていたんですが・・・
この4月に、故郷でその舟山山頂の神社の改修工事があったそうなんです。
というか頂上の面積を広げて隣に電波塔を立てる計画で。そのとき、
白根の言っていた井戸、あれも浚ったということでした。そしたら中は泥水でしたが、
いろんなものが出てきたそうですよ。まずワカメと思われる海藻の残骸が大量に。
これは昔の神事で使用されたものだろうということでした。
そこの集落は海からずっと離れてるんですけどね。それと長大な蛇らしき骨格。
・・・後の調査で4m級の大ウツボと判明しました。あと十代前半らしい男の子の骨が2体。
古いもので事件・事故だとしてもとうに時効のものだということでしたが。

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コメント
 黒民話に片足を突っ込むレベルの歴史というかカルマというか。そういう背景が見え隠れするせいか、誰も(身近では)死んでいないのに結構な怖さです。白根君の台詞と行動からは強烈な死亡フラグを感じたのですが、危うく切り抜けましたねw
 山奥に海のものが祀られているような例は、現実にもあるのでしょうか?
| 2015.05.17 23:25 | 編集
コメントありがとうございます
確かにこれの昔話というのがあるんでしょうね
古代はけっこう物流が盛んで、
邪馬台国の話もある奈良の纏向遺跡では
土坑から大量の桃の種と同時に様々な海水魚の骨が出土しています
おそらく祭祀用のものです
江戸時代の農村なんかは物流が悪かったでしょう
bigbossman | 2015.05.17 23:41 | 編集
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