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トカゲの子

2015.05.25 (Mon)
昨年、ある神社に御参りをしたんです。有名なところではありません。
おそらく、知る人ぞ知るという場所だと思います。
願掛けをしたんです、縁切りの。ええ、縁切り神社と言われるところで、
有名な御社がたくさんあるのは調べました。
京都の安井金比羅宮様などですね。
縁切り絵馬を買って、願掛けされる方が多数おられるようです。
でも、そういう有名なところに行くのはなんとなく気が引けて・・・
そこへ、ある知人から、その御社のことを伺ったのです。
ほとんど人に知られず、参る人も少ないが、とても強い効験を持った
神様のおられる場所だということでした。それで、
まだ1歳になったばかりの息子を連れ、電車を乗り継いでお参りに出かけたんです。

たどり着いた先は、ほんとうに田舎の町で、そこの駅からバスに乗って1時間、
さらに無舗装の登り坂を30分以上歩いたところでした。
夏の始めのことでしたが、息子が暑がってずっとぐずっていたことを思い出します。
やがて棚田の中のこんもりとした林に御社の茅葺屋根が見えてきました。
そのとき、御社の裏手の山地から一筋白い煙が上がっているのが見えました。
ええ、空に向かって細く一直線にです。御社の戸は開いていましたが、
境内に人の姿はなく、神職さんも常駐してはおられないようでした。
また、絵馬などが奉納されてる様子はなく、御御籤すら見ませんでした。
こう言ってはなんですが、知人の言っていたことは確かなのだろうかと、
不安になってきました。まだ歩けない息子を、
手水鉢の陰になったところに置き、普通の形でお参りを済ませました。

何を願ったかというと、それは前に話したように縁切りです。
息子が生まれる前後から、ずっと夫の浮気に悩まされてきたんです。
ただ、そのときに願ったのは夫との縁切りではなく、
夫と相手の女との縁が切れることだったんです。
もう神仏に頼るくらいしか、私にできることはなかったんです。
思えば目が見えなくなっていたんでしょう。
なんだか物足りないような気持でお参りを済ませ、息子を抱きなおして、
バス停までの炎天下の道を歩いていました。
そこでふと、御社のほうを振り返ると、
さっきまで空にたなびいていた煙の色が変わっているように見えました。
あの、ピンク色の真珠ってありますでしょう。

あの色に見えたんです。それは美しく、まるで空への道が続いているように。
ええ、それを目にしまして、
なんだか私の願いを神様が聞いてくれたように思えたんです。
息子はすっかり疲れたようで、眠ってしまっていました。
田んぼにも、道にも人の姿はなく、
みなが家にこもって暑さをさけているようでした。
バス停までの道のりの半分ほど歩いたでしょうか。
道の向こうから、白装束の人がやってきました。背の小さいおばあさんで、
お遍路さんの装束をしていました。ええ、白衣と笹笠姿でしたが、
そのあたりは巡礼の道筋からは外れていたはずです。
私は軽く頭を下げて行き過ぎようとしたしたのですが、

お遍路さんは笠をあげ、私のほうを見て立ち止まったんです。
「いざなさんへ参ってこられたかね」訛りの強い口調でこう話しかけられたんです。
「いざなさん」というのが何のことかよくわかりませんでした。
御参りした神社の名前とは異なっていましたが、
そこは神社までの一本道でしたので、御社のことだろうと思いました。
私も立ちどまり、あいまいにうなずくと、
お遍路さんは、「御社の煙の色が変わったんで来てみた。
 あんた願掛けをしてきたんだろう。この暑い中を御苦労なことだが、
 いざなさんはしわっておるぞ」こう言いました。
「しわって」の意味が分からず、「どういうことですか」と尋ねると、
お遍路さんはやや口調を変え、

「わからねばよい。それより、あんたが手に抱いている子。
 それは本当にあんたの子かね、人間の子かね」そう聞かれて、
思わず「えっ」と息子の夏帽子をのぞき込みました。
眠っていると思っていた息子が、きろっと目を動かしたんですが、
それが黄色に黒の棒のような瞳の、蛇など爬虫類の目だったんです。
顔にはびっしりと鱗がありました。
「えっ?、えっ」腕の力が抜け、取り落としそうになりました。
息子の体が傾くと、ふわっと体が軽くなり、ちろりとトカゲが地面に落ちました。
さきほどは1歳児と同じほどの大きな顔をしていたのに、
手のひらに満たない青いトカゲが、白く日に照らされた地面を走り、
用水路の草の中に消えていきました。

私に残されたのは息子の赤ちゃん服だけでした。
「えっ、どういうこと、息子はどうなったんですか」
私はパニックを起こして叫んでしまいました。
「あんたはよほど強く憎しみをぶつけてきたんだろう。いざなさんのお使いを、
 社から連れてきてしまった。いざなさんは何より血の好きな神さんだで、
 大変な過ちをするところだったぞ」
「それよりも、息子は? 息子はどこにいるんです」
「まだいざなさんにおるだろう」このお遍路さんの言葉を聞いて、
私はくるりと後ろを向いて走り出しました。ええ、炎天下ですので、
汗だくになり眩暈もしましたが、そんなことは言ってられませんでした。
長く長く思える道を必死にに駆け続けて、御社に戻りました。

ええ、息子は最初に置いた手水鉢の陰で、
おむつだけの姿ですやすや眠っていたんです。
それを見て、安堵のあまりその場にへたり込んでしまいました。
御社のお水をいただき、しばらく休んでから今度こそ息子を抱えて戻りました。
途中で振り返ってみると、山からの煙は止まっていました。
帰りの道で、あのお遍路さんに行き会うことはありませんでした。
今となっては、お礼を言うことができなかったのが残念です。
その後、家に戻ってからいろいろとあったんですが、
最終的に夫とは離婚することになりました。これがよかったのかはわかりません。
もしあのまま「いざなさん」を連れ帰っていたらどうなっていたでしょう。
これでよかったのかはわかりませんが、息子は元気に育っています。







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