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トバ山

2015.05.26 (Tue)
俺は去年30歳で、これは数え年なんだけどな。
それで役男(やくおとこ)になったんだ。
これは俺らの町の昔からのしきたりみたいなものだが、厄年とは違う。
あれは42歳だろ。42が「死に」に通じるから縁起が悪いって。
年頭に、その年数えの30になるやつらが公民館に集められて、
ただ酒と料理をしこたまふるまわれる。
そのかわり、その後の1年間の禁酒を言い渡されるんだ。
ちょっと変わってるだろ。役男の役割は1年間禁酒をすることってわけだ。
なぜこんなしきたりがあるのか、だれも教えてはくれなかったよ。
土地でも古老しか詳しいことを知らないようで、俺も一種の迷信だと思ってたんだ。
ここ何十年も、役男が役目を果たすことなんてなかったようだし。

ま、禁酒自体は悪いことじゃねえよな。まわりもこっちが役男なのを知ってるから、
酒の席にはさそわないし、それがちょっと寂しかったりもするけど、
健康にもいいだろ。俺自身はあんまり堪えることはなかった。
もともとそんなに酒をたしなむほうじゃなかったしな。それが、
9月のある夜のことだよ。ちょうど台風がこの地に近づいてきてるとき。
夜中の12時過ぎに、寝入りばなをたたき起こされたんだよ。
独身の俺のアパートの部屋まで町会のやつらがやってきたんだ。
そのまま公民館に連れてかれた。したら、その年の役男のやつらが、
病気とか、仕事でこの地を離れてるやつを除いて、皆集められてたんだ。
総勢8人だったな。わけもわからず畳の部屋に控えてると、
町会長が入ってきて「役を果たしていただきたい」って言った。

説明を聞いて驚いた。これから役男8人でトバ山に登ってくれって話だったんだ。
真夜中にいきなりだぞ。しかも雨こそ降ってなかったが、台風のせいで、
かなり風が強かった。むろん、何のためか聞いたよ。
そしたら「町の小学6年の男子が、今日4人同時に行方不明になった。
 警察も捜索してるが、こうしたときは昔から、役男がトバ山に登って、
 子どもらを探すことになってる」って言われた。
トバ山ってのは、この町の外れにある600mくらいの山で、
杉林の他、なんにもないところだと思ってたんだ。その並びに山はもう2つ、
舟山と姫山という山があって、子どもが行方不明ってんなら、
まだしもそっちに入ってる可能性が高いだろうと思ったが、
有無を言わさず支度させられた。白装束を着せられ、足元は草鞋、手には松明。

それが昔からのトバ山参りの恰好だっていう。で、山に入ってどうするかといえば、
山頂付近にある祠に入って、そこの地面にぬかづいて、
とにかく誠心誠意ひたすら謝れってことだったんだ。あれこれ作法を教えられて、
わけはわからないが、もうやるしかないって雰囲気になっていたな。
で、トバ山には登山路はいくつがあるが、そのうちで最も裏の山地に近いとこを、
役男8人が手に松明を掲げて、列になって登っていったんだ。
道中は無言を言い渡されていた。本当は山の中で見たことも話してはいけないんだが。
いや、9月だから装束一枚で寒いということはなかったな。
ただ風が強くてまいった。松明は遠くを照らすのはできないが、
足元が明るくて心強かった。道はせまかったが、草はそれほど茂っておらず、
歩きやすかったよ。両側は深い深い杉の林。

俺ら8人は黙々と、転ばぬように注視ながら歩いていった。
山はたかだか600mだから、1時間あれば大人ならゆうゆう登れる。
しかし、こんなところに小学生の子どもが来るとは考えられなかったな。
山頂に近くなるにつれて、杉の木が太くなってった。
30分ほどで山の中腹を過ぎると、その杉の木の様相が変わった。
登山路に面した側の幹の表面が平たく削り取られていたんだよ。
そうだなあ、人の頭のところから上に高さ3mほどだ。
どれもかなり昔に削られたみたいで、表面は黒ずんでいたが、
そこに太い筆で字が書かれてた。これは梯子に登って書いたんだろうが、
字は墨と木肌の変色が同化していて読めなかった。ただ木の全体が、
あれに似てると思ったな。ほら、お寺にある卒塔婆だよ。その大きなやつ。

そうだなあ、俺が数えた限りで40本以上はあった。
で、もう20分ほど歩いて、山頂に近づいてきた。
その頃から少しずつ雨が降り始めた。削られた木の表面は、上に登るほど新しくなって、
手近のやつを松明で照らしてみたら、どうにか読むことができた。
すべて漢字で「○○○○童男」 これ見てあっと思ったね。
子どもの戒名じゃないか。それがわかると怖くなってきた。
やがて、黒々とした20mもの大岩があり、その周囲に注連縄が巡らされてた。
横手に回ると、ぽっかりと祠になってたんだ。
幅5m、高さ3mほどで、奥行きは暗くてわからなかった。
中に入った頃には、装束は雨でぐしょぐしょになってたよ。
奥へ5mばかり進むと岩を彫った祭壇があり、その向こうに古い仏像があった。

不動明王というやつじゃないか。高さは人の背より少し低いくらい。
先頭を登ってた役男が、懐から小箱を取り出し、中からロウソクを出して、
何本も祭壇に立てた。祠の中の壁は岩肌がむき出しで、
壁画のようなものが上下左右に描かれていた。龍とか、鳳凰とかに見えたな。
俺らは松明を壁に立てかけ、8人の役男が横一列になってひざまずいた。
むろん下も岩だから痛かったが、こうするように言われてたんだ。
土下座の恰好になり、何度も額を岩にこすりつけて、
とにかくひたすら、声には出さず心の中で唱えたんだ。
「申しわけありませんでした。心からお詫びいたしますので、
 子どもらを返してください」ってな。お経や呪文のようなものはなかった。
時間にして20分以上はやっていたと思う。

いや、祠の中に特に変化はなかったように思うなあ。
ただ・・・正面にある仏像の顔が、少しずつ穏やかになっていくような気がした。
まあこれは、俺がそう思っただけかもしれないけどな。
いつまで謝り続ければいいのかわからなかったが、
やがてリーダー格のが立ち上がり、俺らは松明を拾って祠から出た。
で、また一列になって下り始めたんだよ。
雨は依然として降り続け、そのかわり風が少し弱まってた。
これで、下まで戻れば役男のお役は終わりだが、
これで本当に役目を果たせたのかどうかはよくわからなかった。
巨大な卒塔婆のように見える杉の木の間を下り続けて、
林が開け麓が見えてきたとき、リーダーが松明で林の中を指し示した。

子どもがいたんだよ。行方不明になった男の子らだ。
杉の木にもたれかかるようにして立ってた。
行きにも同じ道を通ったが、子どもらなんて絶対にいなかったのに。
林に走り込んで近くの子に駆け寄ると、目をつむって意識はないようだった。
それでも立ってるのは、足が脛の中ほどまで土に埋まってたからだ。
脇を抱いて持ち上げると、足はすぐに抜けた。
意識が戻らないので負ぶることができず、肩に担いだ。
他の役男があたりを探し回って、もう2人見つけた。
どの子もやはり意識がなく、すっかり体が冷えていた。
行方不明の子は4人と言ってたが、あとの一人はどうしても見つからなかったよ。
それで3人の子を担いで下っていくと、麓にたくさんの明かりが見えた。

町会の人たちが迎えに来ていたんだな。
3人の子どもらは、毛布でくるまれてすぐに車で病院に運ばれた。
3人とも高熱を出していたが、なんとか命は助かったよ。
後で子どもらの話を聞いたところでは、
トバ山とはまったく別方向の溜池付近で遊んでいて、
夕暮れになったので家に戻ろうとしたあたりから、3人とも、
まったく記憶がないとのことだった。もう一人の子は、いまだ見つかっていないよ。
わからないけど、俺ら役男の謝りが足りなかったから、
その子は返してもらえなかったんだろうか。その子の両親は、
もちろん葬式などは出してないが、すっかり諦めているような感じだったよ。
これで話は終わりだが、詳しいことは聞かないでくれ。わからないから。

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