FC2ブログ

神道の神について2

2015.05.29 (Fri)
昨日の続きですが、今回は「現世利益」ということを考えてみたいと思います。
他の宗教の話にも触れますが、長い歴史がある宗教は、
その分さまざまな考え方が派生していますので、
自分が書いていることが、必ずしもその宗教の方から、
全面的な賛同を得られるというわけではないでしょう。
そこはご承知おきください。

基本的に現世利益は世界の伝統宗教ではあまり重視されていません。
特に一神教においてはその傾向が強いようです。
キリスト教では神は全知全能であり、過去から未来にかけてあまねく在るので、
ある特定の人を助けたり利益を与えるといったことは、
意味がないのでまずしません。
(ノアとその家族は、心が清かったため洪水から助けられましたが)
人は正しく生きて死後、神の国に入ることをめざすのです。
ですから祈りの際にも「何事も神の御心のままに」
というような内容が好ましいとされます。
一方、神の怒りはじつに厳しいものがあるのは、旧約聖書を読めばわかりますね。

仏教は、本来は人生の修行法のようなものです。
この世の一切が苦であることを知り、因縁の鎖を断ち切って入悟、
成仏を目指すのが本来の姿であると思われます。
しかし日本に入ってきて少し変質しました。
奈良の大仏は「鎮護国家」のために造られましたし、
僧侶による加持祈祷も行われました。雨ごいや敵の調伏などがそうですし、
病気平癒のための祈祷もありました。これらは現世での利益を願うものであり、
本来の形からは逸脱していると言えそうです。
もちろん死後に極楽往生をたのむという考え方も盛んで、
あの地上で栄華を極めた藤原道長も、死に際しては阿弥陀堂にこもり、
仏像の手から自分の手へ糸を結んで、
極楽へ導かれることを願ったと言われています。

さて、神道ですが、日本の神話を読んでも、
神々は善なることばかりをやっているわけではありません。
どっちかと言えば好き勝手なことをしている印象が強いですね。
姉の機屋に生きたまま馬の皮を剥いで投げ込んだり、
それで怒って、真っ暗になるのがわかってて岩戸に隠れたりします。
このあたりを評して、新井白石は『古史通』で「神は人なり」と述べました。
まあ世界を見ても、多神教の神々というのはだいたいこんな感じです。
北欧神話、ギリシア神話の神は好色だったり、嫉妬深かったり、
人間の命にかかわるたちの悪いイタズラをしたりします。

日本の神道の神は多様で、性格もバラバラですから、
中には人間にとって害になることしかしないやっかいなものもいます。
かといって人間の力では及ばないので、とにかく祀るしかないわけです。
そして、それぞれの神が司る領域が違っていますので、
御利益が様々に分かれます。
家内安全、交通安全、無病息災、縁結び、縁切り、呪詛・・・
また、自分たちの氏族の神は、自分たちだけを豊作にし、
災害から守ってくれます。隣の集落がどうなろうが知ったこっちゃない。
ということで、神道の神は現世利益を願うのに最も適していると言えそうです。
ただし、世の平安などを願うのはともかく、
あまりに利己的な願いばかりしていると変な神が寄ってくるかもしれませんw

この項続く







関連記事
スポンサーサイト




トラックバックURL
http://scoby.blog.fc2.com/tb.php/781-cb3e2c6d
トラックバック
コメント
ローマ・カトリックでは、ギリシア・ローマ時代の多神教が請け負っていた「現世利益」の部分を、「守護聖人」が果たしていると聞いてますけど。聖なんとかかんとかゆかりの教会へ行けば、「大学へ受かる」とか「交通事故で助かる」とかいう「奇跡」が起きる、いうわけで、そういう霊験あらたかな教会には、巡礼だの寄進だのがわんさかくる、ということらしいです。

仏教は、出家信者それ自体にはおっしゃられるとおりの、自己鍛錬とそれによる悟り、解脱しかないですが、まわりの凡俗というか在家信者には、「出家信者に布施をするといいことがある」というのが、すでにインドで原始仏教集団が成立した段階で信仰のモチベーションになっていたみたいですね、「涅槃経」なんかによると。アショーカ王が仏教を保護したのも、中国やチベット、東南アジアに伝わったのも、その「現世利益」ゆえだったらしいです。現世利益的な信仰は中国にわたって、政治家好みのいわゆる「大乗仏教」として洗練され、東南アジアにおける上座部仏教とはまた別な形で日本に伝来するわけですが。

だから、一神教だから現世利益とは無縁、とか、仏教だから現世利益とは無縁、という考え方はどうかなあ、と思うであります。

多神教も多神教で、「神というものは多数ある」ということを認めない人間に対しては、ものすごい差別意識をむき出しにすることも日常茶飯事ですしねえ、インドやスリランカにおけるヒンドゥー教優越主義とかみたいに。日本だって下手したら、「天皇とイエスはどちらが偉いか」を詰問する戦前の特高警察みたいな輩が再び出てくるかもしれないし……。
ポール・ブリッツ | 2015.06.01 19:21 | 編集
コメントありがとうございます
おっしゃるようにキリスト教では現世利益の問題で
かなりもめた歴史があります
結局、現世利益を全く認めないということになれば
一部の信者を取りこぼしてしまうことにつながりますから
bigbossman | 2015.06.01 22:38 | 編集
管理者にだけ表示を許可する