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ピンクの玉

2015.05.30 (Sat)
じゃあ、話をさせてもらいますが、
ここに来たのは、いったい何が起きたのか、出来事の意味を知りたいからです。
ですから謝礼はいりません。ここにおられる方々は、
みなさんそういうことの専門家だということですから、
ぜひ教えてほしいんです。お願いしますよ。
話は、40年ちかくも前にさかのぼります。
そのころわたしはまだ独身でして、体力もありましたからねえ。
毎朝5時半起きしてジョギングしてたんですよ。
もちろん今はやってません。わたしの体型を見ればお判りでしょう。
かなり太りました。・・・それはともかく、ある朝ですね。
その日もジョギングに出たんですが、ひじょうに調子がよかったんです。

いくら走っても疲れないし、スピードを上げても息もきれない。
ランナーズ・ハイですか。知ってますけど、それとも違ったような気がしますねえ。
まあ、わかりませんけど。それで、いつもなら30分ほどかかるコースを回って、
時計を見たら20分しかたってなかったんです。
それだけペースがあがってたってことですね。
で、走り足りない気もしました。でね、アパートが見えてきたあたりで、
一本脇道に入ったんです。そこらをもう10分走ろうと思って。
そしたらですね、見覚えがあるようなないような通りでねえ。
そのあたりはアパート街で、どこも似たような街並みではあるんですが、
住んでるアパートから目と鼻の先なんです。
それなのにね、何だか初めて入った場所のような気がしたんです。

ええ、実際にね、後で確かめてみたんですが、
そのとき走った通りは見つけられなかったんです。変ですよねえ。
ああ、そのアパートからは引っ越してだいぶたちますんで、
その後は行ったことはないですよ。
アパートはまだあるはずなんで、行ってみればいいですかねえ。
それでね、そこは前に小さな庭のある新しい住宅がずらっと両側に並んでまして、
幼児の自転車があったりして、すごく平和そうな場所でした。
いい気持ちで走ってると、一軒の家の門、鉄扉の門ですけど、
そこにね、内側からピンク色の丸い玉がひっついてたんです。
直径20cmってとこですかねえ、ええ、子どものオモチャと思うところですが、
それが何とも言えないピンク色をしてて、思わず足を止めて見入ってしまったんです。

ピンク真珠・・・いや、もっと美しい色ですよ。しかも内側から光ってました。
神々しい感じといっても言い過ぎじゃないと思います。
で、近づいていくと、それがね扉にはさまってるというわけじゃない。
ただ扉のさんにぴたっとくっついてる感じです。
風船? いや、そうは思わなかったです。
ヘリウム風船だったら上に上っていくでしょう。
そうじゃなく、内から押しつけられたみたいになってました。
門がなければ外に出て行ったでしょう。
それに風船みたいな薄っぺらいもんでもなかったです。
ある程度の厚みがあるというか、中が空洞という気がしなかったですよ。
高さは大人の腰の位置あたりです。腰をかがめて見てたんです。

そしたら、家の玄関が開いて、中からパジャマ姿の女の子が出てきました。
中学生くらいでしたか。でね、片手に補虫網を持ってたんです。
わたしは、怪しいやつと思われるだろうと考えて、
門扉から離れました。そしたら女の子は庭をとっとっと横切って、
門の手前までくると、補注網をくいっと動かして、
そのピンクの玉をすくおうとしたんです。
そしたら一発で網の中に玉は入りまして、女の子は網の張ってあるほうを上に向け、
その中で玉は生きてるかのように、きゅっきゅっと動いたんですよ。
女の子はほっとしたような表情になり、家に戻りかけました。
わたしはそこまで見ていて、好奇心を抑えきれず、
離れた場所からその子に声をかけたんです。

「きれいだね、それ何?」って。
すると女の子はわたしのほうを見て、驚いた顔になりましたが、
にこっと笑って「おかあさん」と言って、家に走り戻っていったんです。
わたしは狐につままれたような気持になりましたが、
またジョギングを再開し、通りを抜けたんです。
ええ、さっき話したように、何度かそこの通りを見つけようとはしたんですよ。
でも、似たようなとこはあっても、同じじゃなかった。
今から考えれば、不思議ですよね。
だって通りを出て5分でアパートに戻ったんですから。
で、その後わたしは結婚しまして、転職もしました。
子ども2人はどっちも独立して、孫もいるんですよ。

ですから、この若い日の朝のことはずっと忘れてたんです。
で、今年の4月のことです。わたしの第二の職場で、定年退職になりまして。
ええ、それなりに退職金も出ましたんで、
しばらくのんびりしてから、無理のない形でまた働こうとは思ってました。
妻には苦労をかけましたんで、2週間ほど、東北の温泉巡りを計画していたんです。
でね、その出発の日の朝です。わたしの車で行く予定だったんで、
混雑にあわないよう早くに出たんです。
まだ寒かったですから、わたしが先に行って車を暖ためておこうと・・・
そしたらですね、家の門に、ピンクの玉があったんです。
やはり前に行こうとするのを扉にとどめられてる形でした。
いや、どうでしたかねえ。

それを見てすぐに、ジョギングのときのことを思い出したわけではないですね。
あのときのことは、その後だんだんに頭の中に再現されてきたというか。
でもね、そのピンクの玉が前にも見たことがあるものだっていうのは、
すぐにわかった気がします。驚きましたが近寄ってみました。
それで、さわってみたんです。暖かかったというか、人肌ほどの温度がありました。
感触はつるっとしたわけでもなく、かといってねばっこいわけでもなく・・・
うまく表現できません。とにかく捕獲しようと思ったんですが、
さわってた手を離したとたん、するっと門扉をすべるような動きで外に出て、
そのまま消えてしまったんですよ。
ええ、シャボン玉が弾けるような感じでした。

わたしはね、そのとき、なんだかすごくまずいことをやった気がしたんです。
せっかく旅行に出かける矢先だというのに、心に影がさしたような。
で、そのままガレージに行き、バッグをトランクに積んでエンジンをかけ、
妻が出て来るのを待ってたんですが、それがいつまでたっても来ない。
化粧とかは済んでたし、戸締りを入念にしてるのかと思って見にいったら、
玄関口に妻が倒れてたんです。駆け寄ると、息をしてませんでした。
もちろん救急車を呼び、電話の指示で人工呼吸や心臓マッサージもしました。
でもね、それっきりだったんです。もうね、ずっと虚脱したようになってしまって、
葬式から何からみな子どもたちの世話になりっぱなしでした。
それからです、だんだんに若い日のあの朝のことが思い出されてきて・・・
こんな話なんです。






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