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社を建てる(上)

2015.06.01 (Mon)
それでは話をさせてもらいます。
わたしは、ある市の市営の民俗資料館の学芸員をしています。
ええ、市営ですから、たいして展示規模の大きいものではありません。
館内も1時間あればゆうゆう見て回れますし、来館者も多くはありません。
地域の小中学生の郷土学習などの団体が入ってない日は、
仕事内容ものんびりしたものです。
・・・2年ほど前にこんなことがあったんです。
常駐の職員はわたしを入れて5名です。
いつもは館内2階の事務室にいるんですが、
わたしがトイレにたって戻ってくる途中で、先輩のMさんが廊下にいました。
それで、わたしにこう話しかけてきたんです。

「どうして下のトイレにいくの?」
それを聞いてわたしは少しばつの悪い気がしました。
職員トイレは事務室から比較的近くにあるのに、
わたしは階下に降りて来館者用のトイレに入っていたからです。
わたしが口ごもっていると、Mさんはこんなふうに話を続けたんですよ。
「阿刀田高さんって知ってるか?」
「ああはい、短編小説というかショートショートを書かれる作家の方ですよね」
「うんそう。推理系、奇妙な味系の作品が多い。
 ところで、その阿刀田さんだが、
 作家になる前は国立国会図書館にいたのは知ってる?」
「それは初耳です。というか、作品もほとんど読んでません。それが何か」

「こんな話があるんだよ。阿刀田さんは国会図書館に勤務しながら、
 作家としての活動も始めた。でね、あるときトイレに立ってね。
 そしたら、無意識のうちにというか、
 館内で執務場所から一番遠くのトイレに向かって歩いてることに気がついたんだって。
 それで、ああ自分はこの仕事が嫌になってきてるんだなと思い、
 図書館のほうはやめて作家活動に専念する決心をした」
「・・・・いや、自分の場合は仕事が嫌ということはないんですが」
「ああ、わかるよ。資料保管室の前を通りたくないからだろう?」
ずばりそう言われて、とても驚いたんです。
職員トイレはその保管室の前を通って、右に曲がったところにあるんです。
わたしはこの間から、入るのはもちろん、保管室の前を通るのも嫌だったんです。

ええ、特に理由はなかったし、前まではなんともなかったんです。
そういう気持ちになったのは、3週間ほど前、
県南の旧家からたくさんの寄贈品があってからのことでした。
そこは築200年以上もたつ山沿いの豪農のお屋敷だったんですが、
諸事情で跡を継ぐ者がいなくなり、解体して更地にし、
売りに出されることになったんです。それで、屋敷内にある様々な調度品、
ほとんどが江戸後期から明治にかけてのものでしたが、
売りに出すのもしのびないということで、当館に寄贈されることになったんです。
花嫁道具の箪笥類、炊事道具、農耕用具・・・
それでね、今どこの博物館や資料館でも、
この手の寄贈品の管理には頭をなやませているんですよ。

というのは、展示場所にかぎりがありますから。
寄贈はお断りすることはできませんが、
それらのすべてがすべて、価値のあるものということはないんです。
手放す事情というのはどこも同じで、家や家系を維持できなくなったから。
ですから、集まってくるものも同じような時代の同じようなものばかりで。
でも、寄贈された以上は、保管を怠ってだめにしてしまうわけにもいきませんよね。
Mさんは続けて「K君がこの仕事に熱意をもって取り組んでるのは重々承知してるし、
 保管庫の何が嫌なのか、いっしょに入って確めてみようじゃないか」
こう言いました。それで否も応もなく、わたしが鍵を持ってきまして、
いっしょに保管庫に入りました。一歩中に入ると、古物の臭いがします。
もちろんつねに空調が回って、温度管理もされているんですけども。

Mさんは「嫌な気がし始めたのは、○○家の寄贈があってからのことだろう。
 実は俺もそうなんだよ」そう言い、
2人でそれらの物が収められている一画に入って行きました。
とにかくスペースがかぎられてますので、寄贈品は毛布やパッキングを使って、
せまいところに積み重ねてあったんです。
ええ、もちろん、嫌な感じはびんびん漂ってました。
「特にどれが嫌だ? こういうときは目をつむって、
 その感覚が教えるほうを指さしてみるといい」Mさんがこう言ったので、
言われたとおり目を閉じ、頭の中に拒否感があるほうを指さしてみたんです。
目を開けると、わたしの指の前には古い横長三段重ねの衣装箪笥がありました。
「ああ、やはりそれか? じゃあそのまま目を細めてみて」

これはどういう意味かわからなかったんですが、
言われたとおり目を細めてみました。そしたらです。
箪笥の上の空間に赤っぽい渦巻きが見えてきて、それが徐々に形がまとまって・・・
そこに足を投げ出す形で女の子が座っていたんです。「え、えっ?」
女の子は12歳くらいでしょうか、骨と皮ばかりの長い手足、煮しめた色の襤褸を着て、
髪もずっと洗ってないかのようにぼさぼさでした。
顔は・・・きろりとした黄色い真ん丸な目が2つ。蛇の目で、皮膚には鱗もあったんです。
「え、これ、ええっ? この子はなんですか?」
「神さんだよ。この箪笥についてきたんだろう」
「そんな、こんなの初めてですよ。Mさんにも見えるんですか?」
「俺はこれが運ばれてきたときから見えていたよ。

 初めから見えたわけじゃないけどな。大学出てこの仕事を初めて5年目・・・
 ちょうど今のお前と同じキャリアの頃からだなあ」
「これが神さん?」 「そうだ。とくに力はないようだが、まぎれもない神さんだよ」
「ずっとこうしているんですか?」
「だろうなあ、もう200年もそうしてきたんだろうから」
「じゃ、これから自分もずっとこの子が見えるようになるわけですか?
 それは困ります。消えていただく方策はないんですか?」
蛇の顔の子は、少しの身じろぎもせず、ただひたすら前を見てました。
わたしたちが話してることが聞こえている様子もありませんでした。
「消えていただくには3つの方法があるな」
「それはどんな?」

「一つは、高位の神職の方に来ていただいてお祓いをする。
 それで完全に産土に戻っていただくことになる。一つは、どこかに神社を建てて、
 そこでお祀りする。こっから移っていただくわけだ。
 だが、この2つの方法は無理だな。予算がないし、
 そもそも公共施設でお祓いをするのは不可能だよ」
「でも、地鎮祭なんかはやりますよね」 「そういう伝統的なものとは違うから」
「じゃあ、どうするんですか」 「三つ目は、元いた場所にお帰りいただくこと」
「でも、あの旧家は解体されてもうありませんよ」
「だから箪笥ごとあの場所に連れていって、箪笥を燃やすとかすれば、
 裏山にでもお入りになるだろうな。・・・それ、お前やってくれるよな」
「そんな自分がですか?」 「じゃないといつまでもここは入れないぞ」






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