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水を飲む

2015.06.27 (Sat)
中3の秋のことです。父と父の友人とがキノコ狩りに行くと言ったんで、
僕もついていったんです。10月の奥秩父です。
オートキャンプ場をベースにして、父と父の友人、
僕と小5の弟、父の友人の小4の娘さんという5人パーティでした。
キノコはヒラタケ、ナラタケ、ブナハリタケ、ホテイシメジ・・・
などでしたが、僕にはほとんど見分けがつきませんでした。
紅葉は始まったばかりで、色づいているのは一部の木だけでしたが、
それなりにきれいだったのを覚えてます。
登山が目的ではなかったので、険しい山道には入らなかったんですが、
1時間も歩くと足がパンパンに張ってきました。
部活を引退して受験勉強をしてたので、体力が落ちてたんだと思います。

でも、自分より小さい子がいるため、
弱いとこは見せられないと思って歩いてたんです。
え? これはおととしの秋ですから、4重遭難があった後のことです。
ここって怖いところなんですよ。
あの話題になった4重遭難でも、ヘリ墜落で亡くなった5名はともかく、
コロコロと簡単に人が亡くなる場所なんだそうです。
そのことは父も話してまして、「ここを魔境と呼ぶ人もいるんだぞ、
油断するな」って言い渡されていたんですが・・・
その日は天気は曇りでしたが、風もなく、そうですね、寒いとは感じませんでした。
ちょうど汗をかかないくらいのペースで歩いてたし、
キノコの採集で立ち止まることも多かったんです。

そのときも父たちがキノコの株を見つけて採り始め、
弟らが大喜びで手伝ってました。僕は振り返って、
これまで登ってきた山道をながめてました。そしたら、
右手の沢側のカエデの木の一枚の葉が、それだけひらひらと揺れてたんです。
他にたくさん葉がついている中の一枚だけです。
不思議でしょう。風もないのに小刻みにちらちら、ちらちら。
何か理由があるんだろうと思いました。例えば、
そこがどういう理由か風の通り道になってるとか、その葉に、
こっちからは見えないけど、ツタか何かからんでいるとか。
軽い気持ちだったんです。木の裏側に回って見てみようと思って。
ところがね、足場が不安定になっていて、僕が立つと崩れて落ちちゃったんです。

といっても1mもない高さでしたから、尻もちをついただけで、
ケガはありませんでした。そこは斜面になっていて、
すぐのところに細い登山道がありました。僕らが来たのとは別の道です。
「あらら、大丈夫」と女の人の声がしました。
そっちを見ると、大人の女の人が一人で立ってたんです。
そのときは年齢はわかりませんでした。というか、
今考えると顔もはっきりしなかったんです。
マズイとこを見られたな、と思って「大丈夫です」って答えました。
するとその人は「大丈夫じゃないと思うな。・・・落ちたことじゃなくて、
 葉っぱのこと」こう言いました。「葉っぱって?」思わず聞き返すと、
「さっき一枚だけ動いてる葉っぱ見たんでしょう」

女の人は上を指さしました。そこにはさっきのカエデの葉が逆方向から見えて、
まだそれだけがちろちろと揺れてました。
女の人は声を潜めて「あれ、見たら死ぬものよ」こう言ったんです。
「えー、そんなの聞いたことない。冗談でしょう」
死ぬ、なんてこんな場所でよくないことを言う人だなって思いました。
そしたら、意外な答えが返ってきたんです。
「志賀直哉って知ってる?」 「え? 昔の小説家ですか。読んだことないです」
「私も高校の教科書で読んだだけだけど、その人の書いたものに『城の崎にて』
 という小品があって、途中で一枚だけひらひらする桑の葉の話が出てくるの。
 有名な作品なんだけど、どうしてそこだけ関係のないことが突然出てくるのか、
 評論家の人にもよくわからないの」

「どういう内容ですか?」 「ただ、他の葉が動かない中で、その葉だけがひらひら・・・」
「でも、その小説家の人は死んだりはしなかったんでしょう」
「志賀直哉は葉の動く意味を知っていたから。作品にもそう書かれてあるわ。
 でも、君は意味がわからないでしょう。だから死ぬかもしれない。
 志賀直哉もそのすぐ後、たまたま投げた石でイモリを殺すことになるのね」
このあたりで、催眠術のようなものにかかってしまったのかもしれません。
本当に自分が死ぬのではないかと思えてきました。
だって、葉はまだ揺れてて、そのことは理屈で説明がつきそうもなかったから・・・
「死にたくはないでしょう」女の人がそう言い、僕はこくんとうなずきました。
「助かる方法があるの。こっちにいらっしゃい」
「でも、父たちから離れると・・・」 「すぐそこ」

その登山道から脇道に入っていったんですが、
直線距離にすれば確かに父たちとはそう離れてはいないと思いました。
そこはぽっかりと木々が切れ、木の葉の落ちたm四方ほどの池というか、
泉があったんです。水は驚くほど澄んでいました。
たぶん地中から湧いて出てたんだと思います。女の人は水を指さして、
「この水を飲めば助かるよ。死なないで済む」と言いました。
もう自分では判断できなくなっていたんだと思います。僕は草の上に腹ばいになり、
水面に口をつけてすするようにして水を飲み始めたんです。
すごく冷たくて、泥の味などはいっさいしませんでした。
女の人が言ったように、これを飲めば命が助かるんだろう、
頭の中はその考えしかなかったんです。

少しずつでしたが、かなりの量を飲みました。
もういいかと思って顔をあげると、女の人はいつのまにか泉の向こうに回っていました。
「まだ?」と目で問うと、女の人は首を振り、
マウンテンパーカーの両袖をたくし上げて水の中に手を入れました。
しばらく水底の落葉の下を探っていましたが、僕のほうの水は濁りませんでした。
「もっと飲みなさい。でないと」女の人はそこで言葉を切り、
「こうなるわよ」そう言って、水から両手を一気に引き上げました。
手には、白々とした人の頭・・・頭蓋骨を持ってたんです。
「うわっ」と叫んで立ち上がろうとしたとき、「お前何やってる!」
怒鳴り声が聞こえて、襟元をつかんで引きずり上げらたんです。
父でした。「さっきから姿が見えなくなって探してたが、こんなとこで何してる!」

これまであったことを説明しようとしたんですが、声が出ませんでした。
「水を飲まないと」これだけ言ったんです。そしたら父は目をむいて、
「見ろ!」泉の向こう側を指さしました。そこには落葉に埋もれて跪いた姿の、
人の遺体がありました。手や首の部分は白骨化し、頭の半分ほどまで水に浸かっていたんです。
「この様子だと数年はたってるな。こんなとこでどうして今まで発見されなかったんだろう」
父は僕を立たせた後、つぶやくようにこう言いました。
「・・・さっきまで、この人と話してた。水を飲むように言われて・・・」
泥々に汚れたマウンテンパーカーがわずかに見え、
それは女の人が着ていたものとよく似ていたんです。どうにか父にすべてのことを話すと、
父は少し黙ってから「そういうことも、山ではある」と言いました。
一枚だけ揺れていたカエデの葉は、もうどれなのか見つけられませんでした。

志賀直哉『城の崎にて』より
大きな桑の木が路傍にある。彼方の、路へ差し出した桑の枝で、
或一つの葉だけがヒラヒラヒラヒラ、同じリズムで動いている。
風もなく流れの他は総て静寂の中にその葉だけがいつまでも
ヒラヒラヒラヒラと忙しく動くのが見えた。自分は不思議に思った。
多少怖い気もした。然し好奇心もあった。自分は下へいってそれを暫く見上げていた。
すると風が吹いて来た。そうしたらその動く葉は動かなくなった。
原因は知れた。何かでこういう場合を自分はもっと知っていたと思った。






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コメント
 文学研究の道に進んだ友人が、志賀直哉で修士論文を書いていたのをふと思い出しました。私自身はあまり読んでいないのですが、「分かりやすい文体でよく分からんことを書く人」という認識でした。
| 2015.06.29 22:41 | 編集
コメントありがとうございます
志賀直哉は「大正生命主義」と言われることがありますが
宗教と自然科学の中間に位置するような
生命というものを中心に据えた思潮だったようです
まあ当ブログも宗教寄りになったり科学寄りになったりしてるので
レベルはまったく違いますが似てる面があるかもしれません
bigbossman | 2015.06.29 23:24 | 編集
追伸 志賀直哉の少し前に流行った「小品」(漱石の『夢十夜』なども)
と呼ばれる作品群はけっこう参考になるものが多いです
bigbossman | 2015.06.29 23:26 | 編集
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