怪談本

2015.07.04 (Sat)
昨日の土曜日のことですね。昼飯食って、午後から図書館に行ったんです。
ええ、よく行くんですよ。うちの市の図書館は快適ですから。
もちろん空調はありますし、静かだし、
蔵書は、全体としてみれば豊富とは言えないかもしれませんが、
読みやすい文庫本の品揃えがいいんです。
会社を定年退職してもう5年がたちます。再就職なんて考えませんでしたよ。
長年待ち望んだのんびり暮らしですから。
いえいえ、蓄えは十分ということもないんですが、そこそこには。
ただねえ、年金はそれだけで暮していくには、やっぱし足りないですよねえ。
新幹線の中で自殺したって人も、年金額への不満が一つの原因になってるんでしょ?
他人に迷惑をかけちゃもちろんダメだけど、気持ちはわかりますよ。

その点、図書館通いってのはいい趣味でしょう。
午後の間ずっといて、金を使うのは飲み物を買うくらいで。
それにね、部屋にいるとエアコン代って馬鹿にならないんですよ。
かといってつけないと、熱中症になるかもしれませんしねえ。
本読むのはボケ防止にもなりますしね。おかげさまで、
目を含めて今のところ体に悪いところはないんです。
まだまだ、子どもらの世話にはなりたくないと思ってます。
ああ、スミマセン。よけいな話ですね。それでじつはというか、
ここって怪談サークルみたいなとこなんでしょ。紹介してくれた人がそう話してました。
わたしもね、この齢になって子どもみたいだから、
あんまり人には言わないようにしてますけど、怪談が大好きなんですよ。

でね、そこの市の図書館は文庫の怪談本の揃えが充実してるんです。
新刊中心ではありますが、古いのもけっこう置いてあるんです。
あの昔の実話怪談って、著者名が入ってないのも多いんです。
編集部への手紙や、読者からの取材という形で、
無名のライターが書いてると思うんですけど、これがなかなか味があるんです。
ええ、洗練されてない分、怖さがある気がします。
ガシガシ、ザシザシした語り口が、逆にリアリティがある感じがしますね。
ああ、スミマセン。今、話しますよ。そのね、怪談本のコーナーで背表紙を見てたら、
珍しそうな本があったんです。それが、題名は覚えてないんですよ・・・
よく廃棄処分にならないなってくらいの古びた本で、判型っていうんですか、
本の大きさも普通の文庫本より少し大きい。

先週行ったときにはなかったと思いますが、私が見逃してたんでしょうか。
出版社も聞いたことのないところでした。絶版なのは間違いないと思います。
でね、わたしが手に取ろうとしたときに、横からすっと別の手が伸びてきて、
ほとんど重なるぐらいのタイミングでしたが、
他の人が先に取っちゃたんです。「失敬」と言われたので見ると、
そうですね、わたしより4、5歳上くらいの男性でしたね。
まあね、たかが本のことですので、それくらいでムッとすることはなかったです。
「どうぞ、どうぞ」みたいなことを答えたと思います。
でね、その人がテーブル席に行って読み始めたんで、
わたしも別ののを選んで近くの席に行ったんです。
学生の休み前の試験勉強だと思いますが、その日はけっこう来館者はいましたよ。

それから本に没頭しました。わたしは速読のほうで、
文庫本1冊なら、2時間かからないで読めるんです。
でね、さっきの本の人はどうしてるだろうって、ちらっと見たら、
まだページは少ししか進んでないみたいでした。
それでね、ああ今日はあの本はダメだなと思って、
別を選ぼうとして立ち上がったんですが、そのとき、
その人の白髪頭のまわりに、黒い丸い影があることに気がついたんです。
ほら、西洋の宗教画で後光のようなのが書かれてるのがあるでしょう。
あれは白ですけど、それを反転して黒くしたような感じです。
変だなとは思いましたが、まあでもね、その人は照明の真下でしたし、
光の関係だろうくらいにしか考えませんでした。

で、さらに1時間ほどたって2冊目を3分の2ほど読んだあたりです。
缶コーヒーでも買おうかと立ち上がったんです。
そしてまたさっきの人のほうを見ました。そしたら、
全然ページが進んでなかったんです。
ええ、1時間前とほとんど変わらないように思えました。
ああ、居眠りしてるんだろうと思いました。そのとき、
その人があくびをするように大きく口を開けました。すると、
頭のまわりを包んでいた黒い霧みたいなのが、急に動いて流れを作り、
すーと、数秒の間にその人の大きく開けた口の中に流れ込んでいったんです。
確かに見ました。間違いないです。でね、
その人は急にむせたように咳をし始めて・・・ゴボッと血の塊を吐いたんです。

驚いたように手で口を押さえたんですが、その指の間から血が滝のようにこぼれて、
その人はゆっくり目を閉じて、椅子から横ざまに落ちたんです。
テーブルの上が血だらけですからね、音でそっちを見た女子学生から、
「キャー!!」という悲鳴があがり、騒然となりました。
あわてて図書館の職員がかけつけてきまして、その人は床に横向きに倒れ、
そこにもどんどん血溜りが広がっていったんです。
職員は「二宮さん、大丈夫ですか?」って声をかけてました。
ええ、なぜ名前を知ってるかも不思議に思いましたが、
それより驚いたのは、わたしの苗字も二宮なんですよ。
何もできませんでしたが、わたしもそっちに近寄っていきました。
倒れた人のまわりに人だかりができ、職員が「みなさん席に戻ってください」

こう声をかけて下がらせました。ほどなくして救急車の音が聞こえ、
救急隊員が入ってきて、てきぱきとその人を担架にのせて運んでったんです。
あたりはもう何からかにから血だらけで、自分がやるわけでもないのに、
ああ掃除が大変そうだな、と思いましたね。
それでね、テーブルごと持ってかれる前に怪談本の書名を見ようとしたんです。
テーブルをのぞきこんだら、半開きの本の中は活字じゃなかったんです。
左ページに一つだけ四角い枠があって、その中に筆字で「二宮○○」って書かれてました。
○○の部分は、赤黒い大きな血の塊が落ちてて読めなかったんですよ。
背表紙も見れずじまいでした。もっとも、あれほど汚れてしまっては、
あの本は廃棄にするしかないんでしょうけど。
あとね、今日の午前も図書館に行っていろいろ聞いてきました。

ええ、野次馬根性でお恥ずかしい。あの、わたしと同姓の二宮さん。
昨夜のうちに亡くなられたそうです。食道静脈瘤の破裂ということでした。
職員が名前を知っていたのは、なんとね、あの人、
あそこの図書館の何代か前の館長だったんだそうです。
10年ほど前に退職されてから、たまにですが昔の職場を訪れ、
汚れた古い本なんかを見つけては係員に廃棄を勧めたりしてたそうなんです。
どうなんでしょうねえ、そういうの。わたしは昔の職場に顔を出す気なんてないです。
現職がやりにくいじゃないですか。でね、あの葬式の芳名帳みたいな本、
どういうものか、みなさんご存知ですか。気になるんですよ。
なんで名前なんか書いてあるのか? わたしと同じ苗字が出てたのは偶然でしょうけど、
他のページはどうなってるんでしょう。古本屋回って探そうかと思ってるんです。え?






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