FC2ブログ

山の湯

2015.07.09 (Thu)
中学校1年のときの話ですね。父が森林管理局・・・当時は営林局といってましたが、
そこに勤めていまして、ちょくちょく出張があったんです。
夏休みに入ったばかりの7月後半でした。
父の出張は3か月など、長期にわたることが多かったんですが、
そのときは2泊3日という短いものでした。
「どうだ、俺の仕事中は宿で大人しくしてるなら、連れてってもいいぞ」
父がこう言ったので、とびついたんです。
まだゲームなども出始めたばかりのころでしたが、自分はそういうのには興味がなく、
外で遊ぶこともあまりなくて、読書が好きな子どもでした。
だから父についていけば、涼しい山間地の宿で、
一日中寝転んで本が読めるだろうと思ったんです。

あとそれに温泉。父の泊まる宿は現地の営林署が準備するんですが、
温泉宿であることが多かったんです。今回もそうだという話を聞いて、
ますます、これを逃す手はないと思いました。
ええ、温泉も大好きだったんです。着替え数枚と文庫本3冊、
それと形ばかり宿題を持って、営林局のバンに同乗しました。
今だったら問題になるかもしれませんが、万事のんびりした時代で、
そういうのはうるさく言われることはなかったです。
出張は父ともう一人の局員とで、4時間ほど走ってかなり山奥の集落に着きました。
広い木材の集積場があり、その向かいが一軒宿の温泉旅館になってました。
想像どおりの鄙びたところでしたよ。部屋によって荷物を置き、
父と同僚の方は営林署に顔を出しにいき、自分は和室に寝転がって本を広げました。

1日目の夜でしたから、現地の署員や作業員を交えて、
そこの温泉の広間で歓迎会がありました。今ならこれも、
接待として問題視されるかもしれません。
自分は御飯だけ食べて、父との二人部屋に下がって読書の続きにふけったんです。
ええと、そのとき読んでいたのは横溝正史の「大迷宮」という本です。
子ども向けの内容のものですが、戦後すぐの作でよくわからないところもありました。
ちょうどね、石坂浩二さんが金田一をやった映画が流行ってまして、
横溝さんのリバイバルブームの真っ最中でしたね。
で、2日目の夜です。その日は宴会はなく、
父が「何度風呂に入ったんだ? お前の本好き温泉好きもたいしたもんだ。
 こっからもう少し奥に入ったところに、露天風呂のある宿があるから行ってみるか」

こう聞いてきました。宿の風呂は木造りの小さいものでしたので、
「行く、行く」タオルだけ持って父と歩いて出かけたんです。
そうですね、時間は夕食前の6時くらいだったと思います。
もう一人の局員の方が集落に出かけてましたので、父としては、
その方が戻って晩酌を始めるまでの時間つなぎのつもりだったかもしれません。
時間は15分ほどでした。山を背にして黒々と大きな木造の建物が見えてきましたが、
明かりはついてませんでした。「あれ、旅館はやってないんじゃない?」
「いや、もう母屋は使ってないんだよ。風呂と離れの数部屋しかやってない」
あとでわかったことですが、そこは林業が盛んだった明治のころに、
遊郭だった建物だったんです。離れの木戸をくぐると老人が出てきて、
ていねいにお辞儀をし、露天風呂に案内されました。

あらかじめ連絡を入れてあったんです。
脱衣所が小屋になっていて、木の鍵がついたロッカーがありましたが、
入浴客は自分たちしかいないようでしたので、脱いだものを竹籠に入れて、
露天風呂に向かいました。「うわ、何これ。すごい湯気だね」
「いや、ここはぬる湯だし、真夏だから湯気じゃない。
 これは温泉蒸気だよ。あっちの岩陰から噴出してるが危険なことはないはずだ」
風呂は自然の岩を組んだもので、かなりの広さがありそうでしたが、
とにかくもうもうとした湯けむりで、向こう側が見えなかったんです。
洗い場も何もない昔ながらのつくりでしたが、
外からは見えないように葦簀(よしず)の衝立がはりまわされていました。
お湯はぬるかったです。自分の腿くらいの深さだったのが、

歩いていくと腰のあたりまできました。中に大きな岩がありその陰で体を沈めました。
とても幻想的な感じでしたよ。空は満天の星だし、目の前は漂う湯けむりの層。
5分ほどしてから立ち上がり、奥に進んでいきました。
底が傾斜していたんでしょう。進むほどに深くなっていき、
ついには自分の胸くらいにまで湯がきました。
それにしても広い湯船で、この先どのくらいあるんだろう。そう思ったとき、
ずんと体が沈んだんです。ええ、足元に深みのようなところがあったんです。
驚いて叫び、お湯を飲み、もがき、それから泳ぎました。
遠くのほうで「おおい、どうした?」父の声が聞こえたように思いました。
縁の岩に手をかけて立つと、入ったときと同じ腿くらいの深さで、
這い上がってお湯を吐きました。

それから周囲の玉砂利を回って入り口のほうへ戻ろうとしたんですが・・・
行けども行けども湯けむりの温泉があるだけだったんです。
ありえないことですよ。心があせって100m以上も走ったんじゃないかな。
池のまわりを巡ってるようなもので、それでも脱衣所の小屋が見えてきませんでした。
それと、自分の外側の葦簀の衝立もどこまでも続いていて・・・
「父さん、父さん」呼びましたが返事はなし。もう半べそになってました。
で、どのくらい走ったか、葦簀の切れ目に灯りが見えた気がしました。
20mほど奥に、雨戸を外した長い廊下がありました。
来るときに見た旅館の母屋だと思いましたが、かなりの長さでした。
でも、温泉と違って建物の両端はあったんです。
廊下の向こうは障子で、3部屋ほど灯りがついてて、あとは真っ暗。

人がいるのなら、ちょっとおじゃまして脱衣小屋へ行く道を聞こうと思いました。
ええ、そのときは裸でしたけど、タオルは持ってましたし、
子どもでしたから、そう恥ずかしい気もなかったんです。
それに父は本局から来た課長ということで、どこでも丁寧に頭を下げられてましたし。
タオルで足を拭いて廊下にあがると、2部屋は続きで使われているようで、
障子越しに話し声が聞こえ、大勢の人の影が映るのが見えました。
何か宴会のようなことやってるんだ、とわかったので、
もう一つの障子4枚だけの小さい部屋の前の廊下で、「あのーすみません」
小声でよびかけてみたんです。カサッと音がしたので人がいるようでした。
もう一度声をかけると、障子が数cm開いて・・・覗き込むと女の子の顔があったんです。
女の子は自分を見て驚いた表情でしたが、すぐ「しっ」と、

人差し指を唇の前にあてる仕草をしました。
女の子・・・そうですね、そのときの自分と同じ年ごろに見えましたよ。
当時でも古臭い感じの紺のセーラー服姿でした。
これは恥ずかしかったです。腰にタオルをまいて廊下に膝をついてましたから。
「あの、露天風呂で迷って・・・」女の子はもう一度指を口にあてる仕草をし、
「黙って、祝宴の人たちに聞かれてはいけないから」こうささやきました。
続けて「お風呂から来たのなら・・・」そう言って、いったん部屋の奥に下がりました。
そのとき、覗き込んだ障子の隙間から布団が見えたんです。
白布団に横たわり、顔に白布をかけて・・・胸の上で組んだ手には数珠が・・・
急に線香の匂いがしてきたんです。「えっ、ええっ、死んだ人がいる」
女の子は小箪笥から何かを出して指にかけて戻ってきました。

そして、「お風呂から来たなら、これ持ってもう一度お湯に入って」そう言って、
ひものついた木片を指に絡めてよこし、そしてツンと障子が閉まりました。
木片には「弐拾四」という漢数字の番号が書かれてあり、
どうやら脱衣所の木製ロッカーの鍵のようでした。
今の女の子は? それにあの布団・・・親戚のお通夜に出たことがあるので、
それと同じだと思いました。真夏なのに背筋がぞくぞくとして、後退りして廊下を下りました。
女の子が何をしているのか気がかりでしたが、隣の座敷で三味線のような音が聞こえ始め、
立ち上がった人の影が障子に映ったので、葦簀をくぐって湯けむりの露天風呂に戻りました。
湯船のに足を入れ、10歩も進まないうちに父の声が聞こえてきたんです。
「ずいぶん長湯してたな、ほんとにお前、温泉好きだなあ」って。
指の間にひもが引っかかって、あの木の鍵が下がっていました。

あったことを父に話そうかと思いましたが、それより鍵のことが気になったので、
「もう上がろうよ」そう言って脱衣小屋に向かいました。
小屋のロッカーは長年使われてないらしく、薄汚れて蜘蛛の巣のかかったところもありました。
手近の鍵を抜いてみたら、自分が持ってるのとほとんど同じでした。
24番には鍵がついてなかったので、差し込むと何とか入って、
コチッと回ったんです。開けてみると中は空・・・に見えましたが、
奥のほうに千代紙らしきものがへばりついてたんです。
濡れて乾いてを繰り返したようなそれは、縦15cmほど。
すっかり色がにじんで褪せてしまっていたんですが、和服を着た女の紙人形だとわかりました。
ぱりりと音を立ててはがし、ちょうど入ってきた父に「ほら、これ」と見せると、
父は目を細めて見ていましたが「花魁の人形かなあ」こう言ったんです。

んこきうytr




関連記事
スポンサーサイト




トラックバックURL
http://scoby.blog.fc2.com/tb.php/827-c496e102
トラックバック
コメント
管理者にだけ表示を許可する