Left-handed theory

2015.07.12 (Sun)
わほほほほっ

この4月から一人暮らしを始めたんです。奈良県から大阪の大学に合格して。
部屋はけっこう高いところなんですが、両親が初めて親元を離れる私を心配してくれて。
1部屋ですが、キッチンがけっこう広いんです。
あと、セキュリティのきちんとしたところがいいって言って、
玄関に警備員さんが常駐してるマンションの8階です。
そうですね、家賃は高いです。あんまり仕送りで負担をかけたくないなと思って、
今、アルバイトを探しているところなんです。
ある程度の家具が付属してました。キッチンのテーブルとイス、テレビ台、
それからクローゼットです。これからお話しするのは、
そのクローゼットのことなんですよ。いえ、使い始めたときには気がつかなかったです。
あの音が聞こえるようになったのは、3週間して大学にもやっと慣れてきたころからですね。

クローゼットは部屋に作りつけになってて、つまり壁とくっついてるってことです。
高さは180cmくらいでしょうか。ちょうど鴨居までで、私の背よりだいぶ高いです。
バーはちょうど手が届くくらいなんですけど。
観音開きで、両方の扉の裏側に縦長の鏡がついてて、下半分が引き出しになってる。
まあ、どこにでもありそうなものです。あ、はい。そこは新築ではないので、
私の前にも居住者はいました。でも、それは別の大学の女性で、
ちょうど卒業で入れ替わったんです。おかしなことがあったなんて話は、
不動産屋さんからは聞いてはいないです。
「わほほほほほっ」って音なんです。声って言えばいいかな。
ただ、最初はくぐもった感じで、音なのか声なのかわからなかったです。
ええ、そのクローゼットを開けたときに聞こえるんです。

必ずではありません。そうですね、はっきりとはわからないですけど、
日中は聞いたことがないですので、夜だけです。それも11時くらいに遅くなってから。
開けると、やや間を置いて「わ~~ん」って音が聞こえたんです。
最初は、クローゼットそのものがたてる音だと思ってました。
蝶番のところなんかが錆びたりしてて、それが鳴ってるんだろうと。
でも、その音がするのは最初に開けたときだけなんです。
その後は何度開閉しても鳴りませんでした。
いえ、怖いと思うことはなかったです。私の実家は奈良の田舎の古い木造でしたから、
よく家鳴りがしてたんです。台風のときなんかガタガタピシピシって。
だからそういうたぐいのものだと思ってました。
でも、その音が聞こえるたびに、エコーがとれてはっきりしてきたんです。

「わほほほほっ」・・・人が驚いたときにあげる叫び声みたいに思いました。
ええ、女の人の声です。それがなんだか、
だんだんに自分の声に似ているように思えてきたんですよ。
ええ、扉を開けるたびに「自分が驚いて叫んでいる」声を聞いているってことです。
どう解釈していかわかりませんでした。
不動産屋か大家さんに苦情ですか? それは考えなかったです。
別に実害があるわけじゃないし、その音以外はとても気にいってましたから
あと、部屋を替わりたいって言っても、ここは両親が選んで入ったばかりなので、
絶対反対されるってこともわかってました。
だから、できるだけ気にしないようにしてたんです。
そうしているうちにも、声はだんだんはっきり、大きくなってきて・・・

5月の連休前ですね。私がとっているゼミの先生の出版記念パーティがあったんです。
それに出席しました。お酒は飲んでなかったです。
でも会が終わった後に友達とカラオケに行って、
終電に合わせて帰ってきたのが12時近くでした。ええ、スーツを着ていたので、
クローゼットを開けてしまおうとしたんですよ。
もう遅いし、またあの声が聞こえるのかなと思いながら開けたら、
クローゼットの中に人がいたんです。いえ、これは正確ではないですね。
正面にもう一人自分がいて、ちょうど同時に向こう側からクローゼットを開けて・・・
あまり驚いたので思わず叫んでしまったんですよ「わほほほほっ」って。
あわてて閉めました。その後・・・躊躇したんですが、そっと少しずつ開けてみたんです。
そしたらいつも通りに戻っていました。え、正面に鏡があったんじゃないかって?

・・・まあ、普通はそう考えますよね。でも絶対にそんなことはないです。
ここに扉を開けて取った写真を持ってきてますので。
それに、もし鏡があったとしたって、ほぼいっぱいに洋服がかかってるので、
見れるわけはないんです。でも・・・私ってほら、口の右側にほくろがあるでしょう。
クローゼットの中にいた自分はこのほくろが、向き合った形で同じ側にあったんです。
つまり左ってことで、これは鏡を見るときとおんなじですよね・・・
とにかく不思議で、ここのことを聞いて相談に来たんです。
その後ですか? ええ、クローゼットは使わないわけにはいかないので、
今も使ってますけど、声は聞こえなくなりました。それにしても「わほほほほっ」って声、
ずいぶん間抜けな感じだと思ってたんですが、やっぱり自分が叫んだものだったんですね・・・
あ、それと、向こうのもう一人の自分も叫んでたと思いますよ。 おんなじ声で。

皮膜

仕事はホストをしてるんだよ。え? その額の包帯は何かって?
今その話をするんだよ。昨日の夜、開店前に店に行って、
女子トイレの鏡の前で、新しいスーツおろしたから具合を見ようとしたんだよ。
え? なんで女子トイレかって? そりゃホストクラブだから、
俺らの控室にも鏡はあるけどよ。
女子トイレのは、客の映りがよくなるように縦にゆがませてあるんだ。
スタイルよく見えるってわけ。こういう商売はね、酔ってもらってナンボだから。
ああ、酒に酔うってことだけじゃなく、店の雰囲気とかね、
あと自分にも酔ってもらわないと。だから現実が見えないようにしてあるんだな。
スーツは英国製だよ。俺はイタリーは嫌いなんだ。
60万くらいじゃねえかな。俺が買うわけないだろ。

客からのプレゼントだよ。あぁ? その客はここ2週間くらい姿を見せてないけどな。
金が切れたのかもしねえが、よくは知らん。
でよ、その鏡がなあ、曇ってたんだ。
薄らぼんやり曇ってて、全身がかすんで見えるんだよ。
変だなあと思ってなぜてみたが曇りはとれない。けど、原因はすぐわかった。
鏡・・・かなりでかい一枚鏡なんだが、そこにビニール・・・
よりはベタつく感じのフィルム?が貼ってあったんだよ。
イタズラにしちゃ大掛かりだし、おそらく鏡のメンテを店でやってるんだと思った。
けどよ、それじゃ姿を映せねえし、開店の時間もせまってたんで、
剥がしてもいいだろうと思ったわけ。
で、鏡の左隅を爪で引っ掻いたら、セロテープみてえな感じで端っこがあった。

一気にべりって剥がそうとしたとき、すげえ嫌ーな感じがしたのよ。それで、
ペリリってちょっとだけめくったら、額に激痛があった。手で押さえたらべっとりと血。
でよ、不思議なことに鏡の曇りはとれてて、
左の生え際が血だらけになってる俺がいたんだ・・・
頭の皮が剥がれかけてたんだよ。それで救急外来に行って縫ってきたんだ。
いや、顔に縫い痕つくのは勘弁って言ったら、
今は技術が発達して痕は残んないって。
まあそれで安心してまかせた。どうやったら生え際にそんな風に傷がつくか、
医者もいぶかしがってたけど、俺に説明できるわけはねえよな。
なあ、変な話だろ。もし思いっきり剥がしてたらどうなってたんだろうな。
ちょっと怖くなって、それから鏡には近づいてねえんだよ。







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