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『炎天』を読む

2015.07.13 (Mon)
みなさんお暑うございます、としか言いようがないですね。
熱中症による被害も出ているようです。十分お気をつけください。
ちなみに自分は、小学校の道場時代から大学まで柔道部でしたので、
夏休み中の稽古で、仲間がバタバタ熱中症で倒れていくのを見てきています。
監督、コーチ連は慣れたもので「頭が痛い」と言い出したやつを観察し、
いよいよダメとなる一歩手前で、風がくるところに寝かせた上で、
氷で首筋を冷やしながら業務用大型扇風機にあて、スポーツドリンクを飲ませてました。
それで大事になったことはないですね。とにかく体を冷やすのが効果があるようでした。
しかし、自然というものは怖ろしいです。震災、台風、熱波、寒波・・・
当たり前ですが、心霊オカルトの怖さなどかすんでしまいます。
というか、納涼と称して怪談話に興じるのは贅沢な楽しみなのでしょう。

さて、「暑さ」をテーマにした怖い話というと、
名前があがるのが英国人作家 W・F・ハーヴィーの『炎天』という作品です。
自分は創元社の『怪奇小説傑作集1 英米編』で読みましたが、
原題は『Augast Heat』で、岩波少年文庫では『8月の暑さのなかで』と訳されています。
もう著作権が切れた作家なので、邦訳でも英文でも検索すれば読めますが、
ただし日本語の場合は翻訳の著作権はあります。
当ブログに載せようかと英文のほうをあたってみたんですが、
これが自分の記憶よりかなり長く、自分が書いている話の3倍くらいあります。
まあ自分のは実話風怪談ですので、そう長くはできないんですが、
ホラー小説だと、ショートショートといってもこれくらいの分量は必要なんですね。
それで全訳はあきらめて、簡単に筋を紹介します。

ある夏の暑い日の午前、天涯孤独の画家ジェームズは、
インスピレーションに駆られて鉛筆スケッチをした。
非常に太った男が法廷の被告席で判決を受けた瞬間、
男は驚愕のため放心状態にある・・・こんな絵柄で気に入った出来ばえだった。
その後ジェームズは暑さに耐えきれず、そのスケッチをポケットに入れて家をを出た。
涼みがてらに知り合いの家を訪ねようとしたのだが、道に迷い夕刻までさまよってしまう。
ふと1軒の家の前に出たが、それは石工のところで、
御影石が涼しそうだったのでふらっと入ってみた。
奥で仕事をしていたのは非常に太った男で、ジェームズはその顔を見て驚愕した。
なぜなら自分がスケッチした男とそっくりだったのだ。
男は見ず知らずのジェームズを快く迎え、
いろいろ話しているうちに、現在製作中の墓石を見せてくれた。

品評会に出すため、思いついた架空の名を刻んだということだったが、
それは「ジェームズ・クレアレンス・ウィゼンクロフト 1860年1月18日生
1901年8月20日頓死 生のただ中につねに死はあり」というものだった。
そこにあったのはジェームズのフルネームと誕生日、そして今日の日付。
さらに驚愕したジェームズは、自分がその名で、誕生日も合っていることを告げ、
石工も驚嘆する。しかし驚きはそれだけではなかった。
ジェームズがポケットに入れてあったスケッチを石工に見せたからだ。
お互いに一度も会ったことがないのを確認し、
2人は偶然とは考えられない一致に不安にかられる。
石工はジェームスが帰宅中に事故に遭うことを心配し、
その日が終わる12時まで自分の家に滞在することを勧める。

ジェームズは石工の細君からギュスターブ・ドレの聖書の挿絵を見せられたり、
軽食をごちそうになったりしながら過ごす。石工はノミを研ぎ始めた。
・・・最後はこんなふうに終わっています。
『 It is after eleven now. I shall be gone in less than an hour.
But the heat is stifling. It is send a man mad. 』

もう11時を過ぎた。あと1時間もせずに私はここを後にする。
まったく息詰まるような暑さだ。これじゃどんな人間でも頭が変になる。

英文は昔風なのはしかたないとして、イギリス的な回りくどい表現が多いようです。
これを宿命論の話と見るのは難しくはないでしょう。
画家は決定づけられた運命のもと、見ず知らずの石工が法廷で判決
(おそらく殺人罪)を受ける絵を描き、
石工もまた、運命により見本の墓石に実在の人間の名を刻んでしまう。
その後2人が出会い、運命により定められた事件が起きるのは必然というわけです。
作中に聖書やダンテの神曲の挿絵を書いているドレの名が出てくるのも、
神の「啓示」ということを暗に示しているのかもしれません。
しかしここまでだと解釈の半分かなあと思いました。
作品がけっこう長いのは、話の中に汗を拭くシーンなど、
繰り返し暑さの描写が出てくるからですが、これがないと話の底が浅くなりそうです。

変な比較かもしれませんが、自分は安部公房さんの『砂の女』を思い浮かべました。
海辺の砂丘に昆虫採集にやって来た男が、
女が一人住む砂穴の家に閉じ込められ、様々な手段で脱出を試みる・・・という話なんですが、
あの砂底に住む人達の集落が現代社会の何かの比喩になっているとして、
それだけでは物語は成立しません。
あの圧倒的な砂の描写の積み重ねが、作品を作っていると思うんですね。
中心テーマは「砂」。それと同様に、この話も異常な熱気の描写があってこそ、
初めて成り立つんじゃないかと考えたんです。







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