『ハムレット』2エピソード

2015.07.18 (Sat)
『ハムレット』はもちろん、イギリスの劇作家、
ウィリアム・シェイクスピアによる悲劇の一つで、
「生きるべきか死ぬべきか・・・」というセリフで有名ですね。
ところで、これにしても『ロミオとジュリエット』なんかもそうですが、
現代の日本ではどのくらい読まれているものなんでしょう。
自分は家に文学全集があって、高校の頃に読んだんですが、
退屈だった記憶しかないですね。劇として見れば面白いのかもしれませんが、
残念ながらその経験はありません。
あるいは、シェイクスピアの書くセリフは詩的・音楽的だとされる評もあるので、
英語の原文で読み味わわないと醍醐味は伝わらないのかもしれません。

筋としては、王子ハムレットが父王の死を留学先で聞いて帰国すると、
叔父のクローディアスが母と結婚して新王になっていた。
呆然とするハムレットは、死んだ父の亡霊に会い事件の真相を知る。
これに宰相および、その息子と娘がからんだりしますが、
最終的にはハムレットは父の復讐を果たすものの、
主人公を含めてほぼすべての登場人物が死んでしまいます。

さて、作品をめぐる一つ目のエピソードですが、これはなかなか興味深いもので、
ローラ・ボハナンというアメリカ人の人類学者が登場します。
まず話の前段で、彼はイギリス人の友人に、
「アメリカ人にはシェイクスピアは理解できないだろう」とからかわれ、
「物語の骨格には全人類に普遍的な要素が入っているから、
理解できないことはない」と反論します。
彼は友人からハムレットを贈られ、実地調査のために西アフリカに渡ります。
そこで、ある部族の中に入って過ごし、彼らから話を聞いたお礼として、
ハムレットを現地語に直して読み聞かせてやります。

ところが、父王の幽霊が登場する場面になると、
「それは不可能だ」という野次が現地人から次々と起こりました。
彼らの部族では、肉体を離れた霊だけがこの世に現れて行動するというのは、
ありえないことと考えられていたのです。
彼らの文化では、死者の言葉が呪術師の口を借りて出てくることは可能でしたが、
霊本体が独立に行動することは不可能とされていたんですね。

結局、この他にもいろいろな齟齬があり、彼は上記の自身の言葉のようには、
アフリカ人に物語を理解させることはできなかったのです。
出来すぎの感もありますが、なかなか貴重なエピソードです。
こういうある地域や部族に特有の死生観、霊の概念というのは、
ネットの発達による情報社会の到来で、
どんどん失われたり融合したりしてきています。
日本製の、いわゆるジャパニーズ・ホラー映画も、
かなり現代アメリカ人の霊魂観、幽霊感に影響を与えているようです。

さてさて、2つ目のエピソードはハムレットの成立事情に関することで、
シェイクスピア自身も、父王の亡霊を物語に登場させることに悩んでいました。
これはキリスト教的な事情によるものです。カトリックの教義では、人間は死後、
神の裁きによって天国、地獄、煉獄のどれかに行くことになります。
基本的に、勝手にさまよい歩いている幽霊というのは存在しません。
このあたりはアフリカの部族と似たような理解なのですね。
そこで、父王の亡霊を物語の展開上どうしても登場させたかったシェイクスピアは、
悩んだあげく、父王は煉獄にいるということにしました。

煉獄というのは、「神の恵みと神との親しい交わりとを保ったまま死んで、
永遠の救いは保証されているものの、
天国の喜びにあずかるために必要な聖性を得るため、
浄化の苦しみを受ける人々の状態」まあこんな感じのものです。
そのままでは天国に入れないので、毎日火に焼かれ、
苦しみを受けることで魂が浄化され、天国に入れるようになるわけです。
つまり煉獄の苦しみは、地獄のように永劫に続くものではないのですね。

ここで、シェイクスピアはアクロバチックなことを考えつきました。
父王の亡霊は煉獄の獄舎につながれているものの、
責め苦は昼だけであり、夜間は開放されるということにしたのです。
その間に幽霊として宮殿に戻ってきて、我が子ハムレットに訴えかける。
そして一番鶏が鳴くとともに帰っていくわけです。
この部分は英文学者による研究もありますので、
興味を持たれた方は検索してみてください。

ハムレットは1600年から1602年頃に書かれたとされますが、
この時期は、ヘンリー8世によるカトリック世界からの英国教会の独立より
50年ほど後のことです。
(ヘンリー8世が破門されたのは、カトリックで禁じられている離婚問題のためで、
彼は6人の妻と結婚し、そのうち2人を刑死させています。
ちなみに処刑場所であったロンドン塔には、
2番めの王妃アン・ブーリンの首なしの霊が出るとも言われます)

このあたりの宗教文化的な混乱は、
ハムレットの父王の亡霊を登場させることができた要因の一つとして
あげることもできそうですし、
イギリス人が幽霊や幽霊屋敷に寛容なのも、あるいは・・・
このように、幽霊を一つの切り口として世界の文化を見ていくと、
いろいろ面白いものが見えてくるんですね。

『ハムレット 父王の亡霊』





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