プリミティブ・リズム

2015.07.21 (Tue)
すんませんね。汗臭い格好で。これでもね、
今さっき公園の水道で体ふいてきたところなんですよ。ええ、住所不定、
職業なしのホームレスです。いやあ、気楽なもんですよ。
特に夏場は、どこでも寝られるしね。熱中症? ないない、ないです。
ホームレスが熱中症で倒れて運ばれたなんてニュース、聞いたことないでしょ。
そうですね、暑くてどうしようもないときはパチ屋に行ってしのぎますよ
なるべく休憩場所の薄暗いとこがいいですね。
飴ただで食い放題のとこもあるし、景品交換書のゴミ箱にお菓子捨ててあったりするし。
いや人間、体面ってものがなくなれば、どうやってでも生きられます。
熱中症にしてもね、かかるのは働いてるやつらですよ。
工事現場とか畑仕事とか。俺らは好き勝手に日陰にいったり、

なんなら噴水で水浴びたっていいんで。むしろ冬のほうが死が近い。
あとは病気ですね。保険証なんて持ってないですから。
うん、でね。病気といえば俺、5年前まで研究職だったんですよ。
製薬会社じゃないけど、〇〇って知ってるでしょ。化粧品の会社だけど、
そこで健康食品の研究してたんです。ええ、そんときは静かな生活でしたよ。
研究所は社内の派閥争いとかほとんど関係がないし、
製薬会社みたいに成果をせっつかれるわけじゃないし、省庁とも関係が薄いし。
ところがね、なんか社内でお家騒動みたいなのがあって、
社長が変わったんです。それから2週間ほどして俺のいた研究所の部署に、
ブラジルからあるベリーが持ち込まれました。ベリーってストロベリーとか
ブルーベリーのベリーです。要は果実の一種でポリフェノールを大量に含んでます。

ええ、代表的なのはお茶やワインのカテキンとかタンニン、そういうやつね。
でね、そのベリーは黒い小粒で、中にコーヒー豆みたいな種子が入ってました。
新社長のつてでアマゾンから輸入を検討してるものらしくて、
俺らの班で成分分析をするように指令されたんです。
それは難しい仕事じゃなかったですよ。したらね、
そのベリーのポリフェノールは抗酸化作用が抜群なことがわかったんです。
ええそう、活性酸素に働くんです。よくご存知ですね。
今さかんに言われてるアンチエイジングに効果あるってことです。
で、次は、そのベリーを使って何か健康食品を開発してくれって、
各部署から人を抜いて新しいチームが作られたんです。俺が副キャップでした。
上の方針で、サプリメントじゃなくドリンクにしてくれって。

これもね、特に難しいことはない・・・っていうか、作るのは簡単ですよ。
ただね、こういうのは数多くあるドリンク類との競争になるから、
売れるもんを作るのはそりゃ難しいんです。
あとね、そのベリーは一種独特の臭いがしてねえ。
悪い臭いって俺は思わなかったですけど、好みははっきり別れました。
社員全員に協力してもらってアンケートをとったんですが、結果、
「好ましい」が2割で「好ましくない」が6割・・・
で、臭いは消す方向でってなったんですけど、これが大変で・・・
週4日くらいは男は泊まり込みになりました。静かな生活が一変したわけですが、
これはこれで働いてるなーって実感があったんです。
疲れを感じなくなったんですよ。1日3時間も睡眠をとれば実験に戻れました。

覚醒作用? いや、それはないです。入念に調べましたから。
化学合成物のアンフェタミン類は当然ですが、カフェインさえ含まれてなかったんです。
外見はコーヒー豆に似てるのに、これは少し意外でした。
だからカフェインは最終段階で別に添加したんです。俺としては、
単に気分が高揚してるだけだと思ってました。10人のチームで、
眠れないってのは俺ともう一人、大学院出たての若いやつだけでしたから。
でね・・・、もしかしたらそれ、このベリーの臭いと関係があるんじゃないかと、
後になって思ったんです。俺とそいつ、Nってことにしときますけど、
この2人が、チームの中でベリーの臭いを「好ましい」って答えてるんです。
とにかくね、臭いを消すのにさまざま試行錯誤しました。
あとね、別にどっかと競争してるわけじゃないから急ぐ必要ないはずなのに、

上から、開発をすごくせっつかれたんです。
でね、開発チームができて2週間後です。Nが失踪しちゃったんですよ。
着替えを取りにアパートに帰ったはずなのに、翌日から無断欠勤で連絡がとれず、
アパートを訪ねても帰った様子はなし。毎日すごく張り切ってたんで、
いなくなる理由なんかないんです。結局は実家に連絡して捜索願出したんですけど、
今もって見つかっていません。Nがいなくなって3日目のことです。
俺もいったん家に戻ろうとしました。研究所には宿泊施設も風呂もあったんですが、
独身のひとり暮らしでしたから、いろいろ支払いとか済ませておこうと思ったんです。
夜9時過ぎの電車に乗って・・・そしたらね、所外に出た途端すごい眠気が襲ってきて、
電車の座席ことんと寝込んでしまったんです。トン、トン、トトン、トン・・・って、
太鼓ですかねえ、よく知りませんがリズムが聞こえてきて・・・

目を開けるとジャングルみたいなとこにいたんです。夢なのかなあ・・・
とにかく続けます。日本では見られない、葉の大きな植物に囲まれた
空き地みたいなとこにいて、夜でした。俺は裸で仰向けに寝て、
手足を植物の蔓で縛られて身動きできませんでした。あと口も塞がれて。
焚火があって、半裸の原住民みたいな男が2人いました。
そいつらが振り向くと・・・顔に彩色と刺青がありました。
トン、トトンという太鼓の音はずっと聞こえてて、
あと、あのベリーの強い臭いがしてました。男の年配のほうの一人が俺のほうに体を回して、
しゃがんだ体勢で腹に縦に指をあてたんです。
したら、その指がずぶずぶって手首まで沈んで・・・ 数秒後に男が腕を抜き出すと、
そこに俺の肝臓が握られてたんです。

これでも生物を大学院までやったんで、人の内臓の部位くらいわかります。
痛みはなかったです。血も流れてなかったと思いました。
心霊手術? いやあ、その手のものは信じてなかったんで・・・
でもね、腹にはぽっかり穴が開いてました。あせったんですが、どうにもできないまま。
で、その男は片手に俺の肝臓を持ったまま、もう一歩の手で後ろをまさぐってましたが、
蛍光色の緑の筋が入った黒いカエルをつかみ出して、両手を上に掲げたんです。
もう一人の男が、木の椀を俺の顔に近づけてきました。
ベリーの臭いが強くしました。男が俺の鼻の前で椀を傾けたとき、
中にどろどろの黒いものが入ってて、ベリーをすりつぶしたものだと思いました。
男が俺の顔を見てなにか言いました。
いや、英語ではないし、ポルトガル語でもなかったんじゃないかな。

昔のアマゾンの現地語じゃないかと感じました。もちろん意味はわかりませんが、
男の目の動きとか鼻をつまむ仕草とかで、で、言いたいことが伝わってきた気がしました。
そのベリーの臭いをどう思うかみたいなことを聞いてきたんだと思います。
どう反応していいかわからなかったんですが、なんとなく自分の生存本能が、
これを受け入れちゃいけない、って言ってる気がしました。
それで強く何度も首を振ったんです。しばらく間があって、男は椀を遠ざけ、
もう一人のやつが、俺の腹に肝臓を戻してよこしたんです。
腕を抜いて、腹の表面をなぜたとたん傷口がふさがって・・・
そこで目が覚めました。眠り込んでから駅4つ分しか走ってなかったです。
でね、ちょうど4つ目の駅についたばかりで、緑のポロシャツを着た、
色の浅黒い外国人2人が、ちょうど電車から降りていくとこだったんです。

後ろ姿だけなんで、夢の中の男たちに似ていたかどうかわかりません。
顔に刺青があったかもわからないんですが、一人はね、
背中にエスニックな太鼓を背負ってました。いったん電車を降りて、
トイレでワイシャツの腹をめくってみました。傷跡のようなのはまったくなかったです。
それ以来・・・表面的にはおかしなことはなかったんですが、
ベリーのプロジェクトは中止になってしまいました。
ええ、本社からの指示です。南米からの原材料の輸入ルートが潰れたって理由でした。
その後ですか? 俺は鬱になっちゃったんですよ。
なぜか何にもやる気が起きなくなって、2年休職した後、会社を辞めたんです。
それからホームレスまではすぐでした。障害年金も生活保護も労災も、
申請する気にならなかったんです。相談する相手もいなかったし。

うん、まあ、こんな話なんですが・・・ 話に出てきた新社長ですけど、
俺が辞めた少し後に、またクーデターがあって会社を追われちゃったんです。
降格でも左遷でもなく、解雇っていう厳しい措置でした。
あのベリーの仕事と関係あるかどうかはわかりません。
そりゃ研究費は無駄になったけど、量産化までいってないし、
普段のランニングコストに比べても、たいした額とは言えないですよ。
あと、こっからは噂半分です。その新社長、自殺しちゃったんです。
これは間違いない事実ですし、奥多摩の山中で首を吊ったのもね。
その、噂っていうのは、社長、首を吊る前にメスで自分の腹を裂いたようなんです。
割腹してから首吊り・・・しかも、腹の中には爬虫類が何匹も詰め込まれてたっていう・・・
その爬虫類の種類までは聞いてないんですが、両生類のこれじゃないかと思うんですよ。






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