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四方拝

2015.07.28 (Tue)
話をさせていただきますけど、私の身分などは明かさなくてもいいんですよね。
ああそうですか。くれぐれも秘密は守ってくださいよ。
べつに後ろ暗いことはないですし、一切犯罪などとは関係はないんですが、
取材者の方と、本や論文にこの話は書かないって約束しているもので。
もっとも、その取材者の方は当時すでに高齢でしたので、
お亡くなりになっている可能性は高いんですが、それでも約束は守りたいんです。
これから話す内容は他言無用でお願いしますよ。
〇〇湖って知ってますか? ええ、そう、△△県の。
戦後10年ほどしてできた巨大な人造のダム湖です。
では、あそこに怪物の噂があるのをご存知ですか? ああ、お詳しいですね。
十数mもある、白い半透明の生物が目撃されていますよね。

ははあ、ここは心霊・・・幽霊関係を専門に研究されてる集まりと聞いてきたんですが、
この手の、未確認生物って言いましたか、それも守備範囲なんですか。
いやいや、わたしが怪物を見たって話ではありません。
〇〇湖には1度しか行ったことがないんです。
それも車を降りずに走りながら眺めただけでね。
そのときは天気もよく、静かな湖面で、怪物がいるなどとは思えませんでした。
じつはですね。わたしはある大学で民俗学を教えているんです。
そのわたしが学生時代のころ、今から数十年前のことですが、
フィールドワークで採集した話と、湖の怪物が関係あるかもしれないんです。
あのダム湖を造るために、3つの集落が移転させられ、
水底に沈んでいるのはご存じですか?

その集落に住んでいた人は、町に出たり、他県の親戚を頼って移転したんです。
わたしが卒業論文を書くにあたって、そこに目をつけたわけです。
ダムの底に沈んだ、今はなき集落に伝わっていた伝承・・・
ねえ、ロマンがあると思いませんか。ええ、民俗学ってそういうものなんです。
歴史学と違って明確な根拠は必要ない。もちろんあるにこしたことはないですけど、
柳田民俗学、折口民俗学・・・どっちかというと、文学に近いんですよ。
『遠野物語』だって、今は文学として読まれているでしょう。
ああ、話がそれてしまいました。いろいろ興味深い話が集まったんですが、
もっとも奇妙だったのは、隣県に移って暮らしていた、一人の老婦人から聞いた話です。
当時70歳代でしたから、今、ご存命ならば100歳近いでしょう。
Oさん、ということにしておきます。

Oさんは、物心ついたときには広大なお屋敷の中で暮らしていたそうです。
これはね、3つの集落を束ねる、元の庄屋だった家のことだと思います。
平屋でしたが、部屋数は20いくつもあったそうですよ。
両親はおらず、いつも数人の使用人がOさんの身の回りの世話をしていたそうです。
Oさんはつねに白い着物を着せられ、毎日精進料理を食べさせられていたということでした。
同じ年頃の遊び相手も、おもちゃも、もちろんテレビさえない退屈な暮らし。
そして、夕刻になれば庭の榊に囲まれた一角で、井戸水の冷水とお湯で、
禊をさせられていた・・・ねえ、不思議な境遇でしょう。
暮らしている部屋は、調度も何もない板敷きの部屋で、
ただ、鴨居の上の高さに、白木の大ぶりな神棚があったそうです。
毎日、使用人たちが神棚の水と酒、灯明を代えていたということです。

それで、その神棚には金色に光る4つの品が奉ぜられていました。
どれも10cmくらいの、鈴、小槌、俵、箭(や)です。
小さいのにずしりとした重さがあったので、今から考えると本物の金かもしれない、
とのことでした。これらはOさんが行う四方拝の儀式に用いるものなのです。
Oさんは16歳になるまでその屋敷におったのですが、
その間に四方拝を行ったのは2回だけだったそうです。
どちらも夏の嵐の夜のことで、5歳と11歳のときでした。
顛末はどちらのときもほぼ同じでした。台風がきている中、
布団に入っていると半鐘がなる音が聞こえ、使用人Oさんを起こしにきます。
Oさんは禊をさせられ、新しい白衣と赤い上掛けを着せられます。
その上に蓑笠をつけ、4つの小物を神棚から下ろして懐に入れます。

使用人とともに屋敷の外にでると、神官が待っており、
白馬が引き出されています。それに横座りになって神官が手綱を持ちます。
こうして総勢5、6人で集落の四方を拝しにいくので、四方拝。
そこの集落は、ダム湖になるくらいですので盆地の底です。
そして集落をほぼ一周するように、渓流に近い川が流れています。
まず初めは東、山に近い橋の上で馬を降りると、神官が祝詞を唱える中、
橋の上から、増水して泥色になった川に金の鈴を投じます。
次は南、ここは山中に入った細長い滝の下です。これも雨で水量が増え、
溢れんばかりになった滝壺に、同様にしてミニチュアの小槌を落とすのです。
次は西、集落にわずかにある田畑の中をやはり増水した川が流れていて、
土手に杉の木が数十本生えた小さなお社のようなところに上がります。

その欄干から、川に向かって金属製の米俵を投げ込む。
最後が北でしたが、これが最も怖かったそうです。
北のほうは岸壁がずっと上まで続いているのですが、そこにぽっかりと、
注連縄の下がった祠があります。その中に、松明を手にした神官と2人だけで入るのです。
洞窟は深く、下に向かって続いています。だんだんに通路がせまくなっていき、
ドウドウという水の音が聞こえ始めます。いよいよ頭がつかえそうになったところで、
不意に広々とした空間に出ます。そこは天井高く、足元はせまい。
崖の突端のようになっていて、下方10mくらいのところに、
松明の火を映して、怖ろしいような青色をした地底湖が広がっています。
神官がそこで、前の3ヶ所とはやや異なった祝詞を詠じ、
Oさんは最後に残った箭(これは15cmほどの破魔矢の形のものだったそうです)を、

身を乗り出して投げ込もうとします。地底湖は外の川とは違って波一つありませんでしたが、
それが急に、大きく水面が動き始めます。何か巨大なもの、
杉の大木ほども太さのあるものが、水をはね散らしてのたくっているのがわかります。
そのもの自体が微かな白い光を放っているのです。
その上に向けて箭を投げます。必ずしも当たる必要はないということでした。
箭が水面に触れたとたん、白い大きなものは動きを止め、
全体が石と化したかのように、垂直に沈んでいくのです・・・これで四方拝は終わりです。
祠の外に出ると、ひっきりなしに鳴っていた半鐘の音は止み、
集落の家々の明かりは消えています。あとは台風の行き過ぎるのを待てばよいわけです。
屋敷の戻ったOさんは、着物を着替えさせられ、
今度は禊ではなく、熱い風呂に入れられます。

それから白酒のような甘いお酒を飲まされ、布団に入るのです。
・・・こんな話をお聞きしたんです。Oさんのその後ですか?
ええ、16歳のときに形だけの見合いをさせられ、
集落から出て、県外の裕福な材木問屋の次男のところに嫁入りしたのです。
旦那さんはとてもよくしてくれ、幸せに生きたとおっしゃっていました。
そして子どもができ、孫ができたころに、その集落がダムの底に沈むという話を聞いたのです。
Oさんはとくに、屋敷の中や四方拝のときに見たことについて、
口止めされていたわけではありませんでした。
でも、嫁ぎ先ではなんとなくその話題を避けているようでしたので、
自分からも話をすることはありませんでした。ところがダム造成の話を聞いて、
たまたま訪ねて行った学生のわたしに、この話を聞かせてくれる気になったのです。

よく、Oさんがその集落出身だってわかったって? はい、みなさんは鋭いですね。
隠し事はできないみたいだ。わたしはその県のある神社の神職の家に生まれたんです。
Oさんのことを教えてくれたのは、宮司だった父です。
この話が埋もれてしまうのは、あまりに惜しいだろうと言いましてね。
で・・・最初のダム湖の怪物の話に戻ります。目撃者は年に数十名いるんですが、
その多くはたんに湖面の波を見ただけで、魚や水鳥が立てたものかもしれない。
しかし数人は、ダムの壁面に頭をつけるようにして浮いている、
生白い巨大な生き物を目にしているんです。この人たちにも会って話を聞いているんですが、
生き物は烏賊のような白にわずかに黒い筋が入っていて、頭部は樽ほどもある蛇。
その透けた頭部を空気にさらして、生き物はうっとりと目を閉じていたそうですが、表皮の下で、
金色に光る小さなものがいくつも、キラリキラリと、日を反射していたということでした。

あふあっひお




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