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青い花

2015.07.31 (Fri)
昔々の話だよ。それでもいいかい。俺が17のときだから、もう40年近く昔。
俺は当時、塗装工の見習いで地元の暴走族に入っててね。有職少年だったわけ。
で、バイクで事故を起こした。いや、仲間とつるんでてのことじゃなく、単独。
ダムへ続く峠道を一人で走ってて、カーブを曲がりきれずに、
ガードレールを飛び越えて崖下へ転落。
幸いなというか、それ以降の記憶がないんだ。
怪我は頭蓋骨と腰椎、手首の骨折。全身打撲に強度の脳震盪。これが一番厄介でね。
開頭手術はしないで済んだが、砂袋で固定されて1ヶ月まるまる動けなかった。
だからね、腰椎の骨折の処置も後回しになったんだよ。
キツかったねえ。8カ月入院してリハビリが半年。
仕事に復帰するまで1年以上かかったんだ。

意識がなかったのは5日間。医者が母親に、「明日意識が戻るか、1か月後か、
 あるいは最悪の場合ずっとこのまま」とか言いやがって、
植物人間も覚悟したって。だからね、5日ってのはラッキーだったと思うよ。
障害もほとんど残らなかったし。うん、雨の日に腰が少し痛むくらいだ。
でね、その5日間眠ってる間に、臨死体験をしたんだ。
いやね、それまではそんなこと信じちゃいなかったんだが、
今でもあのときのことはありありと思い出せるよ。
これがきっかけになって、いろいろと調べたんだよ。
したら世界中で似たような体験があるじゃねえか。死んだら終わりじゃないんだな。
次の世界が待ってる。ああ、すまんな話が脇道にそれて。
うん、広い野原ってか、湿原だな。尾瀬みたいなとこに俺は一人で立ってたんだよ。

足元はきれいな水でね、そっからたくさん植物が生えてた。でもそれは、
この世にある水芭蕉とかとは違ってて、見たことないようなのばっかだった。
いや、植物は植物で、そんなに極端に違うわけじゃないが、
図鑑には載ってないやつってこと。で、そこを静かに歩いてると、
やがて目の前に大きな川が見えてきた。土手とかはないんだ。湿原と同じ高さの川
だったが、幅が数百mあった。ここでよ、人の話だと、死んだジイサン、バアサンが
向こう岸で手を振ってたってなるパターンが多いようだが、そうじゃなかったな。
誰も人の姿は見えなかった。これは俺の家が核家族で、年寄りと暮らしたって
経験がないからかもしれん。ま、今から考えたらの話だけどな。かすみがかかったような
向こう岸を見てると、川を渡りたいって気持ちになってきた。だけど幅数百mだからな。
俺は泳ぎがあんま得意なほうじゃなかったんだよ。

川の岸に近いとこはきれいな薄緑色だが、
中央に近づくにつれて海みたいな深い紺に変わって、相当な深さがある感じがした。
躊躇したんだよ、溺れるかもしれないって。でもなあ、これ死後の世界だろ。
いっぺん死んでるのにまた溺れ死ぬなんてことがあるんだろうか。
それで、イライラとも違うなあ・・・なんというか、やるせないような気分になってきた。
で、近くに生えてた丈の高い花をむしったんだよ。コスモスほどの大きさの青い花。
その途端、背筋にびびっと電気が走った感じがして、目が覚めたんだよ。
集中治療室でな。口にいろいろ管が入ってて声が出せなかったんで、
手を動かしたら看護婦が寄ってきて・・・ そっから1ヶ月はピクリとも動かず、
脳の腫れが治まるのを待ったんだ。下の世話とか全部母親にやってもらって、
これはずっと頭が上がらなかったよ。意識はとぎれとぎれだったなあ。

鎮静剤を点滴されてたんじゃないかな。切れ切れの夢の中で青い花が出てきたんだ。
地面から生えてるんじゃなく、俺がちぎった花に数cmの茎がついた状態で、
目の前でくるくる、くるくると回てった。・・・話を少し端折らせてもらうが、
車イスと伝わり歩きで、自力でトイレに行けるようになったのは3ヶ月後だ。
このときは嬉しかった。涙が出たよ。脳のほうはなんとかよくなって、
脳外科から整形の一般病棟に移ったんだ。したら翌日、朝、目が覚めたときに、
ベッドの横のテーブルに青い花が載ってたんだよ。
臨死体験、その後に見た夢に出てきたのと寸分違わなかった。
花びらは6枚で、花は上向きじゃなく、茎に対して直角・・・扇風機みたいになってた。
花びらの一枚一枚がねじれてて、ちょうど風車の羽のような形。
しおれかけ生気がなかったから、プリンのカップに水を入れて挿してたんだ。

でよ、これはこの花と関係があるかどうかわからないが、
そのあたりから、まわりの入院患者がぽつぽつ亡くなり始めたんだよ。
整形だから、命にかかわる患者なんて多くないんだ。それが、科全体で週に1人か2人、
どっかの病室で亡くなる。普通じゃねえよな。だって足骨折の20代の人まで死んだんだぜ。
その人はケガとはまず関係ないと思われる心筋梗塞だった。
看護師たちも患者の前では言わなかったが、ナースステーション前を通ったときに、
「異常だ、ありえない」ってベテランが言ってるのを耳にしたりした。
で、カップに入れてた青い花が、ろくに水換えもしないのに生き生きしてきたんだ。
・・・話は変わるが、この事故のことで母親の涙を何度も見たし、
雇い先にも迷惑をかけた。だから暴走族を抜けようって思ったんだ。
面会謝絶がとれてから、リーダーをはじめ、仲間が次々と見舞いに来てくれてた。

そんときには強がりを言ったし、事故前と変わらないように接してたんだが、
だんだん決心が固まっていった。それで、久々にリーダーが仲間連れてきたときに、
思い切って口に出してみた。したら、要件がわかった途端、顔色が変わって。
当時の族は後輩が殴られるのは普通だったし、二十前に抜ける場合は手ひどいリンチをされた。
俺はこんなケガだからって甘く考えてたんだが、そうじゃなかったんだ。
不機嫌になったリーダーが、青い花の入ったカップをとって俺に水をぶっかけた。
「抜けるんだったら、その体でも掟どおりにさせてもらうからな」って。
リーダーたちが帰ってから、床に落ちただろう青い花を探したが、どこにもなかったんだよ。
その夜のことだ。ほら病院って消灯が早いだろ。
その頃にはだいぶ体も治ってきて、夜はあんまり寝つけなくなってた。
だから、イヤホンでラジオの深夜放送を聞いてたんだ。

時間は1時を回ってたのは間違いないけど、ラジオを消してうとうとし始めたとき、
ベッドの横に何かの気配がしたんだ。看護師の巡回かと思ったが、
ついさっまでラジオ聞いてたはずなのに体が動かない。金縛りとは違うな。
意識ははっきりしてた。とにかく、そっち側が異常に寒いんだよ。
冷気が伝わってきたんだ。それと胸が締めつけられるような気分。
ぜんぶそれが発散してるもんだと思った。
その状態が何分続いたのかなあ。はっと悟ったんだよ。
ベッドの横にいるのは「死」だって。その途端、俺の頭の中に意味が伝わってきた。
意味だけだよ、だからどういう声だったとかはないんだ。
「あの花は十分に養分を吸った。向こうの世界に戻りたがっている。
 もっていく」こんな内容だった。

それを聞くと、引き込まれるように意識が薄れてきた。
俺はこれでもう一度死ぬんだと思った。朝になっても目が覚めないんだろうってな。
だから、翌日検温の看護師に起こされたときにはね、
窓から差し込む光も、俺より数歳年上と思えるその看護師の頬の色も、
何もかもが美しくってね。ああ、まだ生きた世界にいるって実感があったんだよ。
その日の午後、続の仲間がドヤドヤ入ってきてね。
リーダーが死んだって。パトカーに追われたのを、
振り切ろうとして入った交差点でトラックと激突して。
これから追悼の集会をして、それから跡目を決めるってみな興奮してた。
俺は、こんな殺伐とした世界のどこにあこがれてたんだろうと思って・・・
まあね、こんな話なんだよ。







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