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磯女(いそめ)

2015.08.07 (Fri)
小6のときだな。夏休みに海辺にある親戚の家に滞在してた。そのときの話。
高校に行かず17で漁師になった近所のあんちゃん、
良男さんって人に午後から浜に連れてってもらった。そこらの漁師は朝早く出て、
昼前には戻ってくるから。良男さんは、親方に殴られたって言って、
目のまわりを青く腫らしてたのを覚えてるよ。
俺は当時、あんまり泳げなくてね、学校のプールでも25mがやっとくらい。
だから良男さんはバチャバチャ泳ぎに付き合うのに退屈したみたいで、
4時頃には、もう帰ろうかってことになった。そこらは岩浜で魚もカニもたくさんいたけど、
ちょっと転んだりすると鋭い岩で皮膚がぱっくりと裂けた。
注意してたんだが、帰るってことで気が緩だんだろう。
海から上がるときに、膝をぶつけて割ってしまった。

血がかなり出て、潮が傷口にしみた。良男さんに見せると笑って、
「ここらじゃよくあることだ。タオルで傷口を押さえてな。
 海の家にいって傷バンもらってくるから」そう言って堤防を越えていき、
俺は顔をしかめて膝横を押さえてたんだよ。で、見るともなく近くの海面を見てた。
そしたら大きな岩と岩の間の海藻の上を、スッと黒い影が横切って、
魚としか考えられなかったが、いやにでかい。
こういう岩浜というのは、岩礁が切り立った崖のようになっているんで、
そのあたりはもう足の立たない深さなんだ。
それっきり姿が見えなくなったので、足の傷を押さえるのに集中した。
厚手のバスタオルを何重にも折っているので、そこまで血は染みてこなかったし、
痛みも薄らいできた気がした。したら、波とは違うばしゃんという音がしたんだ。

もう一度さっきのところを見た。やはり何か黒い影・・・いや、青っぽく見える影が、
前より海面に近いところを動いて、大きさは1m以上あるように思えた。
魚というより、アシカなどの海獣に近い印象があった。
「何だこれ、何かすごいものが近くにいる」立ち上がってみた。
また影は見えなくなっていたが、回遊しているのだとしたら戻ってくるかもしれない。
で、10数秒後、ほぼ同じところにそれが来たんだ。
立っているから全体の姿がわかった。海の中にいるからではなく、はっきりとした青い色。
背中に流れている黒いものは髪だろうか。俺の背丈くらいの青い人間。
きゃしゃな体つきと長い髪で、女に見えた。
しかし足のほうはどうなってるかわからなかった。
やっぱりオットセイ類の、尾びれのような形である気もしたんだよ。

「おーい、大丈夫か。べそかいてないか?」良男さんの声がした。
近くまでくるのが待ちきれなくて「でかいものがいる!」大声で叫んだ。
「あー魚か?」良男さんが応じて、岩の上を跳び伝うようにして近くまで来た。
「今見えなくなったけど、また来ると思う。このあたりをグルグル回ってるみたい」
「でかいってどんくらい」 「俺の体くらい」
「うーんサメか? いるんだろうけど、浅いとこではまず見ないぞ」
こう言い合っているうちに、またそれが戻ってきた。「来たよ」
「どこだ?」 「あの大きい岩の間」 「あー・・・」良男さんが声を飲むのがわかった。
それはこっちの存在に気がついたのか、数mに広がる黒い海藻の上で動きを止めた。
「人に見えるでしょ。何あれ、このあたりにいる生き物?」 「・・・いや」
良男さんが俺の手首をつかみ、「このまま少しずつ下がって堤防まで行く。走るなよ」

かなり緊張しているのがわかった。「何? 危険なものなの」 「しっ」
俺らはそろそろと後じさりするようにして5mほど離れ、すると海面が見えなくなった。
「足痛いか?」 良男さんが聞いたのでバスタオルをどけてみると、
傷口は白くふやけて、血は止まっていた。
「あれはたぶん、磯女(いそめ)だろ。俺もはじめて見た」
「磯女って?」 良男さんはやや間を置いてこう言った。
「亡者だよ。死んだ人、女だ。でもよ、ここらの人間には危険はないって言われてる。
 漁協に知らせなならん」 「俺はここらの人じゃないから危なかんたん?」
「・・・引かれるって言われてるな」 「どういうもんなの」
「夜に訪ねていって教えるよ」こんな会話をしながら堤防まで出たんだ。
そこまでくるとさすがに怖いという気はしなかったな。

夜9時過ぎ、お世話になっている親戚の家の夕食がすんで、
縁側で涼んでいると、土産のサザエをいくつか持って良男さんが訪ねてきた。
そこで、こんな話を聞いた。「磯女っていうのは、海で亡くなった女のタマシイだ。
 男はならない。ここらの男は漁師でなくても泳ぎは達者だから、
 浜近辺で溺れることはないし、それに漁師は覚悟があるから。
 中には北極海まで出る人もいるし、凍った海に落ちて死んだらそれはそれって覚悟は、
 みんな持ってる。磯女になるのは、浜で死んだ地元の女で、
 まだ遺骸があがっていない人なんだよ。漁協で、3年前に11歳の女の子が、
 船着場付近で海に落ちて行方が知れてないからそれだろうって、聞いてきたな」
「俺と同じ歳じだな、その子知ってる?」 「顔を見たことがあるくらいだ」
「どうするの」 「そこの家の人ったちと坊さんで浜に上げる。明日やるみたいだ」

「見に行ってもいいん?」 「まあ、かまわんと思うぞ。前葬式みたいなもんで、
 参会してはダメっていう決まりはない。別に隠し事でもないしな」
ということで、翌日の夕方、海水浴客があらかた帰った5時過ぎに昨日の場所に出てみた。
したら、あれがいた岩礁付近に大勢人が集まってた。
多くは漁協の関係者で似合わない背広を着てるものが多かったが、足元はゴム長。
4重5重に人が取り巻いて、そこの岩礁には近寄れそうもなかった。
地元の子どもも何人も出てたが、みな人の輪の最外にいた。
俺のことをどうこう言う大人はいなかったな。
人の背で何も見えず、ただうろうろしてると、「おい」と呼びかけられ、
振り向くと良男さんだった。「中にいかないの?」
「俺はまだ見習い漁師だしな。背広も持ってない。あっちの突き出た岩にいこう。

 遠くなるけど見えるだろ」こう言われて、2人で50mほど離れた、
磯女の出た岩とは平行な形で海に突き出た場所にいった。
向こうの海に面した場所が少し見え、人が半円を描いて海面を取り囲んでるのがわかった。
全面に出てる人はみな手に花束を持ってたな。
白木でできたお盆の祭壇のようなものが築かれてあった。
ずっとそのまま20分ほどたち、堤防の向こうから袈裟を着た坊さんに先導され、
喪服を来た年配の男女が歩いてきた。「亡くなった娘さんの両親だ」
良男さんが言った。「その女の子はもう来てるの?」 「わからん、が、親が呼べば来る」
「どうして3年前、海で見えなくなってすぐのときに呼ばなかったの」
「その頃は、うまく説明できんが、まだ普通に死んだ人なんだ。
 自分を見つけてもらいたくてしかたなくなったときに、磯女になって来る」

長くなったんで、ここからは簡単に話すよ。坊さんが最前に出てお経を唱え始め、
両親が大声で叫んでいるようだった。祭壇の上のもの、人形や学用品だったけど、
それらが次々に海に投げ込まれた。赤いランドセルまで。やがて人の輪が大きくざわつき、
漁師が3人出てきて、海面に投網を投げたんだ。
海面にしぶきがあがって、一瞬だけ、真っ青な手が突き出されるのが見えた。
それだけ。網があげられて、両親がしゃがみ込んで泣き崩れていた。
坊さんがまた大声でお経を唱えだし、
それが風に乗って俺らのいるところまで聞こえてきた。これで終わりだったよ。
後に聞いたところでは、投網で上がったのは頭の骨のかけらが石ころほどくっついた
髪の毛の束だけだったらしい。しかしそれだけでも、あれば、
行方不明状態で葬式もあげられなかった子の供養ができることになる。

「あの青い人に見えた姿はどうして?」良男さんに聞いてみた。
「俺もよくはわからないが、念というか、タマシイというか。
 陸に戻りたい、見つけてほしいって亡くなった人の気持が形を持ったもの、
 って言われてる。だから実際の体はないんだ」
「あのときに、よその者は引かれるって言ったよね」
「うーん、そうだな。磯女を見るのはたいがい、亡くなった人の肉親とか知人なんだ。
 そういう人は縁があるから、特に危険なことはない。
 向こうは見つけてほしいわけだからな。けども今回の場合は珍しいようだ。
 縁者でないお前に見えたわけだから。坊さんは、同じ年くらいの子どもだから
 近寄ってきたんじゃないかって言ってた」遺体の一部が上がった磯の近辺は、
ロープを張り回され、その夏中、漁も遊泳も禁止されたよ。
 






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