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塗仏2

2015.08.09 (Sun)
関連記事 『塗仏』

昭和30年台の初めだよ。山の中の現場で飯場の班長をやってたんだ。
ああそう、ダム工事だったが、そんな大規模なもんじゃなかったよ。
タコ部屋? 違う違う。俺は戦前の現場も少し知ってるが、
その頃には悲惨な労働もあった。
けど、敗戦のせいっていうか、まず重機がアメリカから入ってくるようになってね。
単純な人海戦術をとることはなくなったんだ。
それと進駐軍によって、労働契約、労働条件っていう考え方が入ってきて、
当時はストライキが盛んだったのよ。国鉄さんとかもね。
現代じゃ想像もつかねえだろうな。今のほうが派遣とか期間工とか、
文句一つ言わない、飼いならされた労働者が多くなったんじゃないか。
とはいえ事故はあった。これはしかたねえ、今みてえな二重三重の安全対策はなかったから。

あとまあ、喧嘩とかもあったが、これもしょうがねえ。
女っ気なしで集団生活してるわけだから。しじゅう面を合わせてりゃ、あいつ気に食わねえ、
ってなるのもしかたねえよ。けどよ、俺が班長になって博打は禁止したんだ。
仕送りをすっからかんにさせるわけいかねえし、只働きになりゃ誰だってやる気出ねえから。
でよ、秋口のことだったが、そこの飯場で雑魚寝してたんだ。
夜中を過ぎて、酒が入った人夫・・・作業員はみな泥のように眠ってた。
当然俺もだが、夜中に揺り起こされた。畑見っていう、まだ若いやつだった。
怒鳴り飛ばそうかと思ったが、口調が真剣なんで聞いたら、
「隣に寝てる木村さんが息してねえ」ときた。
でよ、他のやつを起こさないようそろそろと見にいったら、完全に死んでたんだ。
あちゃー不味いなって思ったよ。いや、人死にが出るのが不味いってことじゃねえ。

そりゃ病気も事故もあるわさ。そうじゃなくて、その日の夕刻に木村は、
元請けから様子を見に来てた前崎ってやつにシャベルで頭を叩かれて、
倒れるときさらに重機に頭ぶつけてたんだよ。その後、吐き気がするって言って、
夕飯もほとんど食わなかった。だから傷害致死ってことが頭をよぎったんだ。
前崎ってのは、いちおう籍は元請けのゼネコンなんだが、格好から物言いから何から、
はっきり筋者ってわかるやつなんだよ。ああ、昔の現場には規律を保つってことで、
そういうのがちょくちょく派遣されて来てたんだよ。
でよ、いろいろ考えた挙句、木村のやつはこっそり埋めちまおうってことにした。
ああ、ひでえと思うだろ。しかしだな、
医者呼んだところで死んだもんが生き返るわけもねえ。それに一番は、
前崎が警察に引っ張られでもしたら、工期が送れるなんてことじゃ済まねえから。

元請けと、そこに食い込んでる筋者の力は強いからな。アヤがついたってことで、
飯場全員、総とっかえってこともありえた。作業員はいくらでもいたからな。
でよ、俺の一存で、畑見には固く口止めして埋めるのを手伝わせた。
畑見に懐中電灯とシャベルを持たせて、俺が担いでいって、
現場から2kmほど離れた沼近辺の地盤が柔らかいところに埋めたんだよ。
ああ、わずかな持ち物も全部な。・・・バレやしねえよ。
みなは夜中に逃げ出したって思うだけだ。博打やってたころは、
朝になったら消えてたってやつも大勢いた。あと人間関係が不味くなったりでな。
え? いやに慣れてるじゃねえかって? ああ、まあ・・・
そこは聞かねえでくれよ。しかしな、俺は俺のやり方で筋は通してきたつもりだ。
坑は2mほど掘った。地盤が泥だからすぐだったよ。

最初に持ち物を入れて、それから木村を投げ込んだ。
土をかけて、あと1年後にはダムの底だ。ポケットから財布を抜き取ってな。
身分氏名がわかるもんは別個に捨てる。あと、金は抜き取って・・・
いや、そいつの供養に使うんだよ。着服はしねえ。
だからよ、中を改めるときには畑見にも見せたんだよ。
したら、当時の金で数千円の全財産と、写真が一枚入ってた。
それは奥さんらしい女と男の子が山を背景にして立ってる写真で、見た畑見が、
「家族いるんじゃないですか。埋めたら不味いんじゃ」って聞いてきた。
俺は「いんや、離婚したって聞いてるぜ。それに木村は、
 正月も去年の盆も飯場で寝泊まりしてたから。抜かりはねえよ」って答えた。
「そうすか。・・・この山、変わった形してるし、かなり高いんじゃないすか」

続けてこう言ったんで「おうよ、地元じゃ有名な山だ。木村とは同郷なんだよ」ってな。
翌朝、木村の姿が見えないってんでちょっとした騒ぎになったが、
俺の「荷物もねえし、逃げ出したんだろ」の一言でチョン。
特に何事もなく1週間ほど過ぎて、前崎が来たんだよ。
木村のことは話にも出なかった。もう覚えてなかったんだろ。
相変わらずシャベルの背で作業員をバッカンバッカン叩いてたな。
でよ、いつもなら5時過ぎには帰るんだが、その日は俺が無理に引き止めて、
飯場でしこたま飲ませたんだ。わざわざウイスキーまで買ってた。
前崎は10時過ぎにはぐでんぐでんになったんで、雑魚寝じゃなく、毛布一枚かけて、
事務所のほうの長椅子に寝かせたんだ。まだ寒いって時期じゃなかったからな。
あとなあ、事務所の玄関の鍵は開けておいた。

何でかって? そりゃあんな山の中で、集落まで10km以上。
物取りなんて絶対にいねえ。野生動物も鳥くらいだ。ま、普段は鍵かけとくんだけどな。
でよ、翌朝早く、前崎は二日酔いの顔で起きてきてこう言ったんだ。
「いや、昨夜は悪酔いしたんかな。変な夢見た」俺が「ほう、どんなですか」って聞いたら、
「事務所で寝てただろ。したら不気味なやつがソファの横に立っててな。
 それが真っ黒い顔をしてるんだよ。体も真っ黒だが、黒人てことじゃない。
 見たことあるような気もしたがよくわからん顔に、墨をぬったような感じでな。
 それとよ、しっぽがあるんだよ。かなりでかい、ナマズみてえなしっぽ。
 俺の方を見たまま、それを持ち上げて俺の面をびしゃびしゃ叩くんだ。
 な、変な夢だろ。その間中、生臭い臭がしてなあ」って。
俺が「そりゃ夢ですよ。だって電気つけてなかったから、何も見えんでしょ」

こう答えたら、「そらそうだな。ごちになった」って、車で帰ってった。
俺はそれ聞いて「ほう、効いてるな」って思ったんだよ。え? 何がって?
・・・後で言うよ。でなあ、翌週も前崎が来たときに、酒を勧めたんだよ。
ちょっとしぶってたが、今度は洋酒のブランデーを見せたんだ w
したら、意地汚えことに一人でまるまる一本飲みやがった。
ビールをチェイサーがわりにな。で、また泥酔して、前と同様に事務所に寝かせたんだ。
俺・・・は、夜中に起きてちょこっと細工してたんだよ。
ほら、木村と同郷って言ったろ。俺らのとこでは、塗仏ってのが信じられてて、
妖怪ってのともちょっと違うな。寺の坊主が、預かった仏さんの遺骸を粗略にあつかうと、
出るって言われてた。実際俺が子どもの頃には、
塗仏が出たってんで寺を追い出された坊主がいてな、それが俺の親父なんだよ。

だからよ、その縁でっていうか、俺は塗仏のことを少し調べてて、細工ってのはそのことだ。
夜中に「うぎゃーっ」って前崎の悲鳴が上がったが、しばらくほっておいたらまた、
「ぎゃーああああっ」って。それで事務所に行って電気をつけ、
半身起き上がってた前崎に「どうしたんです」って聞いた。
前崎は息を荒げながら「こないだの黒いやつがまた来たんだよ。しかも、前より腐ってたてか、
 生臭い臭いだったのが、人が腐った臭いに変わってた。
 俺は戦地で嗅いだことがあるからわかるんだよ。それで、しっぽで叩くだけじゃなく、
 今度は俺の顎を押さえながら顔を近づけてきて、したらそいつの目玉が片方、
 びろーんって伸びて俺の口の中に・・・」そのまま事務所の床にもどしやがった。
「前崎さん、夢ですよ、夢、夢」俺はそう言いながら、吐いたものを長靴で踏みつけて、
うがいをさせに前崎を外に連れだしたんだ。

それから茶とか飲ませて、朝イチで免許持ってる作業員に車で送らせたんだよ。
翌週は来なかったな。だから元請けの人に「前崎さん、どしたんです」って聞いたら、
具合悪くして休んでるってことでな、俺はそれ聞いて陰でにやっと笑ったんだよ。
それ以来やつの顔は見ていない。消息不明ってことだったが、
死んでるだろうと思うね、塗仏のたたりで。
ああ、木村を埋めたとこはもうダムの底だが、直前に掘り返して埋め直した。
すっかり骨だけになってたよ。位牌もこさえたし、毎年の供養もしてる。
あのとき財布にあった金じゃ全然足りないが、これも縁なんでな。
ま、死亡届も出てないから子孫の供養は受けられないだろうが、
これは勘弁してもらうしかない。俺もごらんの歳だが身寄りはねえんだ。
だからよ、木村と同じ無縁仏だ。それも近々のことだろうよ。







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コメント
 語り手氏は同郷者の死に対して静かに、しかし深く憤っていたんだと思います。止むを得ない打算によって公にはしなかったものの、きっちり「筋は通し」たわけですから。「細工」というのは、前回を読む限りでは額に・・・でしょうか。
 調べてみるとこの塗仏、詳細不明なんですね。死体がらみの妖怪にしたのは管理人さんのオリジナルのようですが、確かにルックス的には似合っている気がします。
| 2015.08.10 18:58 | 編集
コメントありがとうございまず
塗仏は黒ずんだ色と目が流れ落ちているところから
古くなった死体というとこまでは確かな気もしますが
その後はわからないです
bigbossman | 2015.08.11 20:38 | 編集
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