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猿病棟

2015.08.19 (Wed)
小学校の臨時講師をしています。今年の4月から、院内学級の所属になったんです。
そこは、大規模な大学付属病院の小児科で開設していて、
入院している子どもたちは、大学病院のある地区の小学校、中学校に転校する形になります。
そこの教師として、小学校は私、中学校は男の先生が派遣されてきます。
これが専任なんです。だから病院内での勤務が終わればそのまま帰宅できます。
部活動の顧問もないし、面倒な事務もほとんどなく、
最初のうちは楽な仕事だと思っていました。
でも、すぐにそうではないことがわかりました。
長期入院している子どもたちの表情は暗く、勉強を教えるということよりも、
励ましたり、子どもたちの顔が明るくなるような面白い話をしたり、
そういうことが重要だとわかってきたのです。

院内学級では、小児科のある4階に専用の部屋を用意していただいています。
普通の教室の半分もない部屋ですが、そこに来て勉強できる子は多くはありません。
まず、当然ながら病院ですので、治療や検査の予定が優先されるのです。
また、病状がよくないために、ベッドから離れられない子もいます。
ですからどうしても、ベッドサイド学習と言いますが、
自学自習が多くなってしまうんです。私は、そうした子たちのベッドを回って、
漢字の書き取りの丸つけをしたり、次の学習計画のアドバイスをしたりしながら、
声をかけ、力づけるようにしています。
中学校のほうは、先生が一人で理科の免許しか持っていませんので、
ビデオ教材を活用した授業をしています。私も、教室に来られる子の学年はさまざまなので、
ビデオや教育テレビを見せることもあります。

4月の第2週のことでした。その日は朝から教室に行って、
あまり天気がよかったので、少し窓を開けようとしました。窓の下には森が見えました。
それは、病院から100mほど離れた大きな神社に付属したものです。
すると、その日病室から来ていた8人の子の一人が、
「先生、窓を開けないでください」って言ったんです。
「どうして?」と聞いたら、「ううん、なんとなく嫌だなって・・・」
まあ、病室は当然ながら空調が聞いていて、その時期は20度の室温に保たれています。
ですから開ける意味はあまりないし、その子の言うとおりにしたんですが、
その子が怯えた表情をしていたのが気にかかりました。
・・・ここの子どもたちは、あまり窓の外に関心を示さないんです。
むしろ窓際に来るのを嫌がっているみたいで、

その部屋は5人がけの机が3つありましたが、窓際には誰も座ろうとしなかったんです。
不自然なことはまだありました。小児科病棟は、入ってすぐナーステーションがあり、
その向かいに飲食もできる面会室、その隣がホールになっていて、
おそらく過去の患者さんが寄贈されたものでしょうが、
子ども向けの本が入った本棚が3つほどあったんです。
でも、そのホールに、子どもたちはほとんど入ろうとしませんでした。
理由を聞いても「なんとなく」と言うだけで、教えてくれる子はいなかったんですが、
低学年の子が一人だけ「飾ってある写真が怖い」とつぶやいたんです。
ホールには1m四方ほどの大きな額があって、中には彫刻?の写真が入っていました。
三匹の猿が横に並んで、それそれ口、耳、目を両手で押さえている木彫です。
古いものでしたが、けっして怖く見える形ではなく、私はむしろユーモラスに思えました。

親しくなった看護師さんに聞いてみましたら、その写真を撮られたのは先々代の院長さんで、
大学のほうを定年退職され、もう亡くなっているということでした。
その、いわゆる「見ざる、言わざる、聞かざる」の三猿は、窓下に見える神社の、
境内にある有名な彫刻で「病院から早くさる」という意味がかけられているとのことでした。
江戸時代の名人が彫ったものということで、県の重要文化財にもなっているのだそうです。
子どもたちが怖がることについては、釈然とはしませんでしたが、
子どもには大人とは違った感性があるのだろう、と思うことにしました。
病院側でも、ホールで子どもたちに騒がれるよりはいいからでしょうか。
あまり気にしている様子は見えなかったですし。
5月の連休後のことです。久々に子どもたちに会えるので、私ははりきっていましたし、
子どもたちもよろこんでくれているようでした。

病院の昼食をはさんで、午後の部が終わりました。
それから私はその日の授業記録を書き、最後に病室を回って、
教室に来れなかった子の、その日の学習を見ていました。女子の病棟で、
症状が重い子の個室に入ったときのことです。2年生の子の算数のドリルを見ていると、
その子が急に、両手を口にあてました。それから目、耳と、
あの写真の三猿の動作をものすごい速さで繰り返し始めたのです。
驚いてナースコールを押そうとした私の手をその子が押さえ、窓のほうを見て
「だめ!!」と叫び、私の手を握ったまま、タオルケットに潜り込んでしまったのです。
「看護師さんを呼ばないで、バレたら連れて行かれる」
その子は小さな声でささやき、「ばれるって、だれに?」私がそう聞きながら、
ちらと窓のほうを見たとき、ガラスにべったりと黒いものが張りついているのが見えました。

カエルが窓ガラスに張りついているのとよく似たシルエットでしたが、
もっとずっと大きく、黒く濡れた毛のゴワゴワした質感がありました。
猿、だと思いました。でも、病棟は四階です。それにいくら近くに森があるとはいえ、
猿が住んでいるなんて話は聞いたこともありません。
その猿は顔を後ろ側にのけぞらせていたのでしょう。あごのあたりしか見えませんでしたが、
私がそちらを向くとすぐ、四本の足を離して、後ろに落ちていったように見えました。
「私、だいじょうぶだから。このこと、誰にも言わないで。先生、約束して」
泣き声でそう言われ、事情がつかめないまま約束をしてしまいました。
看護師さんや、医師の先生に相談しようかずいぶん悩んだのですが、
その子との関係が壊れてしまうおそれがあったし、何か猿のようなものが窓に張りついていた、
ということを信じてもらえるとも思えませんでした。

ただ、それとなく「神社の森には猿がいるんですか」みたいなことを聞いてはみたんです。
大笑いで否定されてしまいました。まあ、そうですよね。
神社の正面は幹線道路に面していて、ひっきりなしにバスや車が通っているんです。
その後しばらく、何事もありませんでした。これは猿のことというよりも、
病状が悪化したり、退院したりする子どももいなかったということです。
7月に入って、一般の学校では夏休みに入るのですが、
院内学級はそれとは関係なく開催されます。病気の治療が最も大切で、
入院期間中に勉強が遅れてしまうのはしかたがないことですが、
退院して学校にもどったときに困らないよう、
できるだけ子どもたちに力をつけさせてあげたいと思っていました。
そんなとき、よいニュースが入ったんです。

小児ガンのために入院していた5年生の男の子が、苦しい2度の手術に耐え、
全快とはいきませんでしたが、退院して通院治療に切りかわることになったんです。
これは院内学級からも離れるということです。
そこの大学病院には県内全域から来ていますので、今、席のある私の所属する学校から、
地元へと転校することになるのです。それで、ごく簡単にですが、
当日、院内学級でも退院のお祝いをすることになりました。
院内学級に来られている子どもさんの保護者はみな仲がよく、連絡を取り合って、
前夜にはたくさんお祝いの品をもらっていたようでした。
その日、教室に出てこられた子は11名で、中には具合があまりよくないのに、
無理して来ていた子もいました。男の子が私服姿で前に出て、
たどたしくあいさつをしていたときです。急に、机にいた子たちの様子がおかしくなりました。

子どもたち全員が、イスに張りついて硬直した状態になり、背筋を後ろに反らせるようにして、
目、耳、口を順に押さえる動作を始めたんです。それもものすごい速さで。
あの2年生の子のときと同じです。思わず窓を見てしまいました。
・・・ガラス一枚に一匹、3匹の猿が、前と同じカエルのような形に張りついていたんです。
あいさつをしていた男の子が床に崩れて泣き出しました。
様子がおかしいことに気がついたのでしょう。
教室の外で待っていた男の子の両親が、中に入ってこられました。
それでも他の子たちは動作をやめず、何かに憑かれたように、目、耳、口を押さえ続けていました。
私は教室を走り出てナースステーションに連絡し、もう一度入ったときには、
窓の猿の姿は消えていて、子どもたちは机に伏せてみな泣いていました。
退院した男の子は病状が急変し、その3日後に亡くなったんです。






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コメント
 まず、子供の動きを想像して寒気がしました。物凄くおぞましい感じがします(褒め言葉)。誰かに説明された様子もないのに、子供全員がルール(?)を理解して、当然のように受け入れているのも不気味です。そして、「病院から去る」のは治ったときだけではない・・・と。
 私は今まで三猿自体に特別な感情は持っていなかったのですが、今後は目にする度にこの話がちらつきそうですw それほどのインパクトでした。
| 2015.08.28 20:26 | 編集
コメントありがとうございます
これは典型的な「シーン」から入る話で
子どもたちが「三猿ポーズ」を繰り返しているイメージが最初にあって
舞台が学校だと話が広がらないから病院にしよう・・・
という感じでできていきました
bigbossman | 2015.09.02 16:06 | 編集
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